自らの差別性の自覚を 仲岡 しゅんさん(元・大阪市立大学部落問題研究会)インタビュー

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被差別マイノリティの連帯をめざす

弁護士として活躍しながら、人権問題に関する講演を行う仲岡しゅんさん。大阪市立大学の学生時代、「部落問題研究会」に入り、部落差別をはじめとするさまざまな差別について学んだ。   1960年から続く同校の「部落問題研究会」での活動を経験した上で、今、差別解消に何が必要と考えているかを聞いた。 (聞き手…村上)

被差別部落問題 部落解放闘争との出会い

――どのようなきっかけで部落問題に興味を持ちましたか。  

私は、子どもの頃からアトピー性皮膚炎を患い、「汚い」と、ののしられていました。そんななか、中学校の授業で被差別部落をテーマにしたビデオを観る機会がありました。被差別部落の人たちが「(差別されないよう)部落であることを隠そうとした」とか「出自をなかったことにしたいという気持ちがあった」と証言していました。  

それを聞いたときに私はシンパシーを感じたのです。自分の病気に対する感情と一致する部分があり、 抱える問題は異なりますが、「同じような気持ちの人がいるんだ」と気づきました。  

それまで私は部落問題というものを知らなかったのですが、「被差別マイノリティ」の枠組みで共感しました。  

高校時代に「部落問題って一体何なんだろう」と本で調べました。現在も続く差別問題を扱った本がある一方、共産党からは「差別はない」ことを前提とした「同和利権」の話が出てくるのです。両者の言い分が、私の中では整合性がつかなかったんです。当時から部落解放同盟の人たちは同和利権については言わないし、共産党の人たちは差別があることを前提にしていませんでした。  

そこで、百聞は一見に如かず、と被差別部落に関わろうと思いました。

――「部落問題研究会」での活動を通して何を学びましたか。  

大学の部落問題を扱った講義の中で、「韓国のペクチョンの仮面劇のイベントに行きませんか」と先輩から勧誘され、参加しました。それががきっかけで先輩と話すようになって「部落問題研究会」に入りました。  

当時は既に運動が下火で、部落問題だけでは人数要件が満たせず存続できなかったので、LGBTやコリア研究会など「被差別マイノリティの抱える問題」を共通テーマとし、協力し合ってフィールドワークや勉強会の開催などの活動をしていました。私は、ムラ(被差別部落)の中で、ヘルパーとして働きました。フィールドワークやアルバイトを通してムラの人たちと仲良くなり、多くのことを学びました。  

2000年代は、部落差別が表面的には見えなくなっていました。特に若者は、表面的にわからないものに対して関心を持ちにくく、部落問題だけでは人が集まらない。  

村の実態を見ても、差別があるにもかかわらず、表面的な街並みは他の地域と変わらない。例えば70年代であればバラック小屋が並んでいましたが、2000年代には団地が立ち並んでいます。  

ヘイトスピーチやLGBTについては人権問題に関心を持つ人の間では話題になっていますが、見えやすいからだと思うんです。ヘイトスピーチの場合、ネット右翼がギャーギャーやっている。LGBTの問題も目で見えるじゃないですか。  

ある人の受け売りではあるんですけど、「かつて部落に貧困が密集していた頃、部落問題を代表する問題であった『貧困』。しかし今では貧困が拡大し、部落だけの問題ではなくなった」と。

 「被差別部落の闘争の歴史や築いてきたものが今に受け継がれてる」ということを、若い人たちに知ってほしいです。例えば日本には革命の歴史もないし、独立運動に勝ったわけでもない。結局変化があるときは権力者同士の争いや、お上からの命令が中心。人民の側から抵抗した歴史は少ない。だけど被差別部落の解放運動は数少ない1つだと思うんです。

――部落解放闘争は、どのようなものを築いたと考えますか。  

社会に問題を投げかけていく場を作ってきた1つの柱だということは無視できません。たとえば教科書無償化闘争では、解放運動が大きな役割を果たしました。また、今では人権協会が主催となり、LGBT問題の取り組みを行っていますが、それらがあるのは、元はと言えば部落解放運動があったからです。

――これからの部落解放闘争には、どのようなことが求められると思いますか。  

被差別部落に住む人にも、そうでない人にも、ともに求められていることはマイノリティー間の連帯です。  

そして、連帯において必要なのは相互理解です。これまでの解放運動では性役割意識が非常に強い傾向があります。まずは部落解放運動もジェンダーの問題について学ぶ必要があり、他方でLGBT問題に取り組む人も、これまでにどんな経緯があって今の人権の土壌、自分が闘える土壌ができたのかというのを学ばなければなりません。  

闘いの歴史を知ること 差別社会に生きている自覚

今の人たちには「これまでの闘いの歴史を知る」っていうこと。また昔の運動を牽引してきたおじさんたちは「今の時代についていく」ことが求められています。「ついていく」というのは、発想や価値観を今の時代に合わせて更新するということ。  

人間は常に勉強だと思うんです。正直、解放運動のおじさんたちはLGBTとかジェンダーにうといですからね。相互理解が相互連帯の一歩です。私は、両方に関わりがあるので、橋渡しの役割を担いたいです。

――これから反差別に取り組む人に、メッセージをお願いします。  

物ごとはいろんな問題が縦軸横軸で絡んでいるから、その関係を把握してほしいです。たとえば、被差別部落の問題オンリーでやってる人はジェンダーの問題に対して疎い傾向があるんです。  

被差別部落には女性差別的な歴史がありました。あるムラの集会で、「壇上に上がるのが男性ばかり、女性たちは受付」と性差別的な役割分担がなされていました。これ、21世紀の話ですよ。  

私たちは、ムラの中で女性、さらにはシングルマザーやLGBTがどういう差別を受けてきたのかを知らないといけない。  

また、それらの問題は「他者の問題」とか「社会正義のため」ではなく、自分たちの生活に密着しているという観点を持ってほしいです。  

ある局面では自分たちは差別者だし、また別の局面では被差別者です。両面を持ち合わせていると思うんですよ。  

全く差別を受けたことがない人は少ないと思うんです。多くの女性であれば程度の差はあれ、美醜を価値判断の材料とされますし、女性であること=男女差別の構造の中に置かれているわけじゃないですか。  

私は障害者に対しては、自分を差別する側の人間だと思っています。健常者は障害者に対して特権的地位を持っています。当然のように街並みやシステムを享受することで、この差別が蔓延する社会を成り立たせているのです。  

自分たちが気づかないところで、誰かを排除する社会システムを黙認しているという観点を持ってほしいです。  

選挙を盛りあげるため、「投票した人は何割引」とする店が話題になっています。それって選挙権があることを前提にしていますよね。そこから弾かれてしまう人たちのことって考えたことある?って思うんですよ。  

常に自分は差別的な構図の中で生きることで、差別的な状況を黙認してる側だという強い自覚が必要だと思います。

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