松尾 匡さん 1964年生まれ。専門は理論経済学。立命館大学経済学部教授
空転が続く国会を尻目に、安倍総理と麻生財務相は、外遊してゴルフに興じる。国有地のたたき売りに端を発した森友学園スキャンダルは、公文書改ざんを招き、首相の首が飛ぶ寸前まで発展している。これほどのスキャンダルでも辞めない首相の支持率は、急落したとはいえ3割を維持する理由は何か? 「レフト3・0」や「安倍政権に勝てる対案」を提唱する松尾 匡さんに聞いた。対案の柱は景気対策だが、「お金持ちがより豊かになる好景気なのか、庶民生活に恩恵がある景気対策なのか?という選択肢を提示することが重要」と語る。 (文責・編集部)
――内閣支持率が3割維持している原因は?
松尾:これほどのスキャンダルが次々と暴露されれば、あっという間に政権が吹き飛んで当然です。ところが安倍政権の支持率は、急落したとはいえ3割を維持してきました。特に若い人の支持率が高いのが特徴でした。
最大の理由は、景気への評価と期待があるからです。90年代末期以降、景気が悪く、リーマンショックも重なって、庶民は長い不況の被害を被りました。派遣切りや就職難で不安定・低賃金というギリギリの生活を生きてきた人々が、たくさんいます。自殺者も激増しました。とりわけ小泉政権時代の緊縮財政政策では公共事業を削減。特に地方経済が疲弊して、ロスジェネ世代は深刻な就職難に遭遇しました。彼(女)らには、政府が税金を使ってでも景気を良くしてほしいという願いがあります。ところが民主党政権は、「ばらまきはダメ」として財政再建路線を打ち出して景気改善に失敗しました。
一方安倍政権は、微々たるものではあれ景気を改善させました。ロスジェネ世代は、なんとか職を得て生き延びている状態です。「民主党時代よりまし」が実感でしょうし、最悪は脱しているので「現状を守りたい」という気分もあります。
若者は右傾化・保守化していない
野党に政権が移ったら、景気が落ち込んで再び悲惨な生活に引き戻されるとの不安もあります。若者にとって最大の関心事は就職ですから、景気に注目して、安倍政権を消極的に支持しているのだと思います。
したがって、安倍政権の支持率の高さを「保守化」のせいにしてはいけません。社会が右傾化し「若者も保守化している」との認識は誤りです。こうした誤解の元で支持を広げようとした維新の会や希望の党は、今や泡沫政党です。昨年5月の世論調査では、「9条改正」に対し、若い世代ほど「必要がない」と答え、支持率の世代分布に逆行しています。
「中国・韓国に親しみを感じるか?」という問いにも、若い世代ほど「親しみを感じる」人が多いのです。「若い人はネトウヨばかり。『嫌韓・嫌中』でヘイトばかり」というイメージとは逆です。つまり、若者層は「右傾化、保守化」していないが、アベノミクスへの期待は高いのが現実です。
問題は、経済政策なのです。昨年参院選の出口調査でも、「どんな政策を重視して投票したか?」について、「社会保障、景気」の二つが常にトップです。特に若者に聞くと、「景気」との回答がダントツでした。
野党はしっかりした景気高揚策を提示すべき
――「アベノミクス」の実際の成果は?
松尾:野党側はアベノミクスが「ハイパーインフレやバブルを招いて、そのうち大破綻がくる」と批判しましたが、現実は5年経ってもそうなりませんでした。野党側の批判が信用されなくなったばかりか、アベノミクスへの期待値を低めることで安倍政権を助けているのです。野党は、「少子高齢化が進むのだから、就職率があがるのは当たり前」と言えば良かったのです。
次に、景気の実態を観てみます。まず少子高齢化にもかかわらず、就業者の絶対数が増えています。労働者が受け取った賃金総額も増えています。一人あたり平均の実質賃金は上がっていないのですが、これは高賃金の団塊世代が退職し、代わりに初任給で働く新入社員が入った効果があるので、数字の見かけほど不満につながりません。
かつて就職を諦めていた主婦や高齢者でも働けるパートアルバイトの賃金伸び率も、高くなっています。正社員の賃上げは少ないのですが、初任給は上がり気味です。
日銀の景気感覚調査で、「景気がいい」と答えた人は少数派です。野党はこれを根拠に批判しましたが、それはいつの時代も少数派なのです。民主党時代に低迷していた好景気感が、安倍政権では少数派なりにジャンプしていますし、「景気が悪い」との回答は減っています。「就職ができた」「パートの賃金が増えた」という実感は、実態を伴ったものです。
野党は、事実を踏まえた批判や対抗策をたてないと、選挙で勝てません。庶民は、「野党に政権が移れば景気が悪くなる」と懸念していますので、しっかりした景気高揚策をうちださないかぎり、安倍自民党には勝てません。(次号につづく)