安倍政権の棄民政策を問う

「自己責任」という切り捨てに抗し避難者の存在を認めさせる

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「Go West, Come West!!  3・11関東からの避難者たち」交流集会

 避難者、関西、全国の住民連帯の場
5月6日に、本紙1611号で詳報した「3.11関東からの避難者たち」の2回目の交流会と集会が行われた。大阪市中央区民センターには、関西への避難者と住民に加え、関東・名古屋・北海道など全国から計約80名が集まった。復興相を追及したジャーナリストも駆けつけた。午前の交流会は避難者が経験と現在の悩みを語り、地元住民が協力できることを探る貴重な場となった。午後の集会は、今村元復興相の暴言と復興政策、また福島県浪江町の山火事について怒りや危機感を表明した。その報告と、茨城からの避難者が市営住宅入居を勝ち取った体験をあわせて掲載する。(編集部)

津波からの避難を教えても放射能からの避難は教えない「国」

 午前10時からは、避難者と関西住民の交流会が行われた。子どもがいる母子避難者は昼間、昼間働く単身避難者は夜しか動けないことが多く、参加しやすい週末の午前に行われた。東京から大阪へ避難した石川春花さんが司会し、全員の自己紹介。避難者の体験などが話された。
 福島から京都に自主避難した女性は「辛いことはたくさんあったが、何とか乗り越えて今ここにいる。新たな避難者とつながりたい」と話した。避難者が入れる住宅を紹介してきた住民は、「関西は東日本と雰囲気も違うし、何より福島事故の被害が忘れられている。理解されず辛い思いをした避難者も多いのではないか。協力したい」と呼びかけた。次々と参加者も増え、福島と同時に関東からの避難者とその被害への関心が広がっていることが伺えた。
 午後は、「自主避難者は自己責任」と言い放った今村元復興相への抗議集会となった。まず福島県郡山市から大阪市へ2人の子どもとともに自主避難した森松明希子さんが、避難者の思いを話した。
「大型連休があり、関西にゆかりがあったから私は福島を離れることができたことを、この時期が来ると思い出します。昨日は子どもの日で、福島に残る夫と子どもたちが会えているので、父子水入らずの時間を過ごしています。 今村大臣は『自己責任』発言の前に三度失言をしています。『故郷を捨てるのは簡単だ』と。私たちは捨てていません。私も子どもも住民票をまだ福島に置いてますし、夫も残っています。ですが、福島の状況が帰還を許さない。私は国が避難の政策を行うと思っていましたが、何もしない。だから自ら避難を余儀なくされた。それを『自己責任』と言い放ち、放ったらかしている。まさに『棄民』です。
 原発事故は人災であり、国が推し進めてきた政策です。原子力に関わる大企業が莫大な利益を得てきたなかで、周辺住民が命を脅かされている。これへの対策を国は全くやっておらず、人の命が6年間脅かされている。このことを『復興』について考える人々は認識すべきだと思います。また日本人は『頑張ろう日本』などの美談が大好きですが、その『日本』がすでに放射能汚染されている事実に向き合うべきだと思います。

避難の権利を世界標準に

 私が避難したときは、全ての避難者に権利が保障される6年後を想像していましたが、保障は一つもない。被ばくから逃れる権利が世界標準で与えられることを望みます。また先日、強制避難区域が解除された浪江町で山火事が起きましたが、メディアで取り上げられていません。福島事故直後に自衛隊が原発に上から水をまきましたが、全く効果がなかったことを思い出しました。避難所で乳飲み子を抱えながらその映像を見て、『何て国だ。これだけ技術が発達したという国でも全く消化水が当たらない、でも避難もさせない』と驚いたことを思い出します。
 国はこうした状況に対し、避難区域の解除や住宅支援の打ち切りにより、公的な避難者をゼロにすることで隠そうとしています。憲法で保障される『知る権利』が妨害されています。それが妨害されたら、被ばくから身を守ることもできなくなります。今村大臣の暴言は、この国が被害者に何もやってこなかったことを端的に表現しただけです。つまり、放射能汚染と避難者がいるのに、その事実と存在、言論までをも封じ込めてしまう。その避難者が発言すると、『自己責任』と封じ込めてしまうということです。
 放射能汚染は県境で止まりません。関東の避難者や、母子避難以外のさまざまな避難者も、個々の経験を語ることが大事です。その総体が原発事故被害の全体です。しかし、国は避難者の統計を取ろうともしていません。
 もう一つ。『津波てんでんこ』という言葉があり、津波が来たら高台に逃げる知恵の伝承で東北の人々は命が助かりました。私は、この6年で『放射能もてんでんこだよ』という教育が行われ、放射能からまず人を逃がすと思っていました。しかし、津波てんでんこは教えても放射能てんでんこは教えないのが国の態度だということが、今の私の分析です。
 これは間違っています。災害は誰にも等しく訪れる以上、そこから身を守る権利も等しく与えられるべきです。特に人の命や健康に関わる権利なんです。よく『復興、復興』と叫ばれますが、復興するのは人であり、生きてこそ復興に携われるんです。私は6年間言い続けたし、今後も言い続けます。ともに考え、発信しましょう」。
帰還基準(20mSv)は世界の非常識
 続いて、本誌1611号巻頭で『東京圏の放射能予測』を書いた渡辺悦司さん(市民と科学者の内部被曝問題研究会)が、避難の前提となる東日本の放射能汚染状況を説明した。日本は事故6年、さまざまな御用学者を用いて「放射能は安全」のデマを系統的に張ってきた。だが、放射能汚染を過小評価するICRPすら、日本の20mSvを基準とする帰還政策を「理解できない。安全ではない」と批判した。

復興相追及した西中さんも参加

 さらに、福島の放射線測定器は人為的に低く操作されている疑惑があると指摘した。米国の測定器に比べて50~70%に過小表示されていると米国所線専門会社員が証言しているという。文科省が測定会社のアルファ通信に対し、「約7割ほどで表示せよ」と圧力をかけたと、『千代田テクノル』社員が証言している。
 欧州放射線防護委員会は、ICRPは放射線リスクを約40分の1に過小評価していると見る。日本もICRPも、放射線に感受性の高い人々の被害と人権を無視している。 そこで過小評価を補正し、『フライデー』誌が2015年3月20日号で公表した東京各地の放射線量に基づいて計算すると、東京圏全体で年間18万人の発がんと9万人の死者が増え、50年間では256万もの死者が予測される(1611号で詳報)。
 この恐るべき被害を暴き、知り、避難をするには『勇気』が必要だ。『ドン・キホーテ』を書いたセルバンテスは言う、『財産を失えば人は大きなものを失う。友人を失えばさらに大きなものを失う。だが勇気を失えば人は全てを失う』と。すなわち勇気を持てば人は失うものは何もないということなんです。ともに頑張りましょう」と締めくくった。
 さらに復興相を追及したジャーナリストの西中誠一郎さんが駆けつけ、住宅打ち切り問題を追い続けたから、復興相を許せなかったと報告。東京で福島や関東の子どもを守ろうと訴え続けてきた『脱被ばく実現ネット』の岡田俊子さんが東京から参加し、連帯発言を行った。また札幌から「北海道勤労者医療協会」で医師をされている方も集会のために来阪し、「札幌でも『関東からの避難者たち』のような集まりを作りたい」と話した。最後は、福島から京都に避難した『原発賠償京都訴訟』共同代表の萩原ゆきみさんも話し、避難者の連帯を深めた。参加者はその後も交流を続け、多数の自主避難者が自己紹介しあった。
 次回の交流会は6月3日11時~15時、京都・出町柳の「左京西部いきいき市民活動センター」で行われる。11時~15時、京都・出町柳の「左京西部いきいき市民活動センター」で行われる。

<全国の避難者と避難希望者へ>

私たちが獲得できたこと

(1)大阪市では今年度から若年単身の入居が可能になった。以前は、60歳以上や障がい者しか入居できず、非常に門戸がが狭かった。大阪市民の権利拡大につながり、単身避難者の批判のハードルが大幅に下がった。

(2)新しい住宅への入居(築10年、倍率数十倍)、浴室、3点給湯つき。

(3)敷金の猶予、分割払い。

☆市営住宅のメリット

(1)家賃減免制度 経済状況により、家賃が最大約5000円(8割減免)まで下がる。
例えば、これを利用してワークシェアすれば、一つの仕事で2人、3人の避難者受け入れも可能。

(2)家賃滞納時、分割払い(数千円から)が可能。市営住宅は福祉的側面が大きいため、家賃を少しでも払い続ければ、追い出されることはまずない。

 

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