阻止!「共謀罪」衆院採決 闘争宣言★我ら大いに共謀せん!

私たちは「共謀」し続ける―歌手・労組・親たちからの声

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浪花の歌う巨人 趙博

政府与党は、過去三度廃案にされた悪法「共謀罪」の審議を4月19日に開始した。猛スピードで採決へ向かっている。共謀罪は、「あいつを殴りたい」「政府を許せない」と話し合ったりネットに書いただけで逮捕できる。実際に犯罪行為しなければ逮捕できない刑法の既遂処罰原則を、180度転換するものだ。政府は「テロ対策」を強調するが、私たちの日常を徹底的に監視し、政府への不満を根こそぎにすることが狙いだ。2013年の「秘密保護法」強行採決後、マスコミは法が適用される前に、安倍政権を批判することに及び腰となった。共謀罪の第一の狙いも、市民生活の萎縮にある。法案成立阻止が当面の課題だが、「共謀罪なんぞには萎縮しない」との表明も重要だ。各市民運動・労働運動の現場からアピールをお願いした。(編集部)

共産党の数千人一斉検挙特高警察に殺された小林多喜二…

 1928年2月に、初の普通選挙が実施されたが、無産政党の活動に危機感を抱いた田中義一内閣は、3月15日に「治安維持法」違反容疑で一斉検挙を行い、日本共産党(非合法、第二次)、労働農民党などの関係者約1600人が検挙された。さらに、1929年4月16日、共産党員の一斉検挙が行われ、その後の検挙も合わせて4942人が治安維持法違反で逮捕された。
 小林多喜二は「三・一五事件」を題材に『1928年3月15日』を発表するが、1933年2月20日に特高警察の拷問によって虐殺された。同年、「四・一六事件」を経験した共産党幹部の佐野学や鍋山貞親らは「転向声明」を出す。もちろん、その背景には共産党指導部に潜入した「スパイM」の存在があったのだが…。「治安維持法」とは、斯くの如き恐ろしくも強力にして狂暴な「法」であった。
 時代はいきなり「現代」に跳ぶが、「暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律(暴対法)」によって、山口組、稲川会、住吉会など22の組織が「指定暴力団」とされたことは記憶に新しい。1992年の同法施行以降、組織員は減少し、組事務所の撤去も進んだとされる。安倍政権が目論む「共謀罪」(テロ等準備罪)法案は、「治安維持法」の二番煎じであり「暴対法」の全社会化であると言っても過言ではない。
 刑法の根本精神は「犯した罪」に対する刑罰を定めることである。つまり「社会に有害な結果を生じさせた行為がなければ処罰されることはない」というのが、フランス人権宣言(1789年)以来の近代法の原則だ。「暴対法」はヤクザという属性(あるいは「身分」)を処罰の対象とするという、近代法の原則を踏みにじった悪法である。しかし「暴力団は恐い」という市民社会の「常識」が、同法への社会的合意を促したことは否めない。
 そして、「共謀罪」は、行為以前の「準備」だけで死刑をもふくむ罪に処すことを目的としている。また、「テロ等準備」と〈等〉をつけることで国家権力の恣意的判断で処罰できる範囲の拡大を狙っていることは明らかだ。それは「正当な活動を行っていた団体についても、目的が犯罪を実行することに一変したと認められる場合は、組織的犯罪集団にあたる」との統一見解に如実に表れている。

話しただけで罪にされる共謀罪はファシストの野望

 要するに、ヤクザというかテロリストというか、「アカ」というかは、その時々と所や場合(TPO)の雰囲気次第であって、国家権力からして不都合な輩、また、市民社会の排除の論理に叶う者どもは「処罰されて良い」という合意形成がなされるかぎり、暴力団対策も共謀罪も立派に、しかも「合法的」に成立するのである。それは「治安維持法」の経験が如実に証明している。
 さて、「良心(内心)の自由」とは何かを再度確認した上で、行論を進めることにしよう。仮に、私が「安倍晋三を殺したい」と思ったとする。そのように、私の心の中で呟いたとする。あるいは「銀行強盗でもやらかすか」と考えたとする。「稲田朋美とセックスしたいナァ、強姦してでもやりたい!」と夢想した(絶対しない!)とする。何であれ、私の心や頭の中で考えたり思ったことは「罪」ではない。これこそが「良心(内心)の自由」だ。戦前の治安維持法や「共謀罪」(テロ等準備罪)法案は、この「良心(内心)の自由」を真っ向から否定し、「犯罪」を思いついただけで、あるいは、それを何人かで話しただけで「罪」だとするのだ。
 かつて熊野川で「川エビ捕り」をしたことが謀議とされ、大石誠之介や高木顕明ら6名に死刑判決が下されたことを忘れてはならない。幸徳秋水をはじめとする全国の社会主義者や無政府主義者を逮捕、起訴、死刑判決を下した「大逆事件」は、「日韓併合」を前にした大フレームアップであった。事ほど左様に、今回の「共謀罪」騒動は、「戦争できる国ニッポン」への、ファシストどもの剥き出しの野望と策動である。「特別秘密保護法」でモノ言わぬ国民をつくり、「共謀罪」で反体制的な一切の動きを止め、以て、明文改憲から「戦争へ、戦争へ草木も靡く」ことは、火を見るより明らかだ。
パクれるもんならやってみんかい!我が身と仲間の連帯を頼れ
 ならば、我々は大いに共謀しようではないか! 悪を悪と言うことが罪になるのなら、我々は、堂々と誇りある罪人となろう。法秩序も立憲主義も無力と化すならば、頼れるのは我が身と仲間の紐帯だけである。国家権力が堂々と法を犯し、正義も人権もかなぐり捨てて民衆に襲いかかってくるのであれば、我々は何のためらいもなくテロリストを自認しよう。そして、「テロ等」云々という隙を奴等に与える前に、我々は内乱を先取りして闘うのだ。
 すでに「スパイM」も、「佐野学や鍋山貞親」も、この国と社会には多数存在している。故に、いまこそ我々は、その数倍、数十倍の「小林多喜二」を生み出さねばならぬ! パクれるもんなら、パクってみんかい、ワレ(怒!)。一万人、いや十万人、数十万人の逮捕検挙で留置所と刑務所を瓦解させ、バスチーユ監獄を現代日本に蘇らせるのだ。

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