世界の抵抗運動とその思想(4)二大政党制を超える生産点からの階級闘争を

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プロレタリアの「むき出しの生」が危機に立つアメリカ

マニュエル・ヤン(早稲田大学)
「抵抗」をキーワードに世界を見ていく第4回は、マニュエル・ヤン氏(早稲田大学助教)。トランプ政権発足後のアメリカの社会運動について寄稿していただいた。同氏はブラジルで生まれ、神戸、ロサンゼルス、台中、ダラスで少年時代を過ごした。比較社会/思想史を専門とする気鋭の研究者であり、社会運動の同伴者でもある。(編集部)

トランプホテル移民労働者を搾取

 2016年9月、金の延べ棒のようにそびえ立つラスベガスのトランプ・インターナショナル・ホテルに宿泊した。シーザーズ・パレス、ベネチアン、ベラージオといったリゾートホテルが密集し、光と騒音と客でごった返しになっているベガス・ストリップの中心部からやや離れた北側にある、2008年にオープンしたトランプ・インターナショナルの特色は、全館禁煙でカジノがないことだ。
 部屋はやたら大きい。バスタブもそうだ。風呂に入って横になると体がズルズル滑り落ち溺れそうに何回かなった。窓の外を眺め下ろすと薄汚いストリップバーがあり、ハリボテの成金高級マンションに迷い込んだ「特性のない男」になったような気分だ。カフカが今日生きていたら、ムダな空間と贅沢感を蔓延させ、空虚な性を誇示するこうした建築物に引きこもる人間の不条理を綴ったことだろう。 
 トランプ・ホテル従業員の70%近くが移民労働者だ。米国屈指の移民労働者の州ネバダの人口の約5分の1が移民で、その半数以上が不法滞在者である。接客・小売・建設産業がとりわけ賑わうベガスのカジノ経済は、かれらの労働力で成り立っている。移民排外主義をあからさまに標榜するトランプ大統領の不動産業を始めた祖母エリザベス・クライスト・トランプもドイツ生まれの移民だし、彼女の夫フレドリックもそうだ。
 しかも、ニューヨークのマンハッタンに屹立するトランプ・オーガニゼーション社本店のトランプタワーの建設には、200人のポーランド人不法滞在労働者が携わっている。大統領に当選した2016年11月8日以来、反トランプデモが集まる拠点になったため、ニューヨーク警察署が3500万ドルもかけて厳重な警備を敷いた。
 マスコミに「ホワイトハウス・ノース」と呼ばれているトランプタワー(トランプが居住するペントハウスがそこにあるので、大統領しか発動できない核爆弾の引き金の「核のフットボール」装置を保管する軍事顧問のために、その一角を借りようと国防総省が現在交渉中)を建てたポーランド人労働者は、24時間体制であくせく働いたにもかかわらず、賃金や組合年金をピンハネされた。
 1983年にかれらはトランプ・オーガニゼーションに対して集団訴訟を起こす。だが、トランプは労組潰しに長けている弁護士を4人雇い、逆に1億ドルの訴訟で脅迫し、無数の法的手段を用いて合意まで16年間も裁判を引き延ばした。大企業やカネ持ちが一般市民や社会運動の裁判闘争を消耗させる典型的なやり口だ。

ベガスの労働者労組結成、勝利へ

 2015年12月、ベガスのトランプ・インターナショナルにおいても労働者の闘争が発火する。世界各地(とくにメキシコ)からの移民が働くベガスのホテル産業の98%以上は労働組合に加入しているが、トランプ・ホテルはその2%以下の例外に属する。メキシコ人移民に対する嘘八百の暴言を吐き散らす共和党大統領候補が所有する反労組企業の牙城で、従業員はさまざまなハラスメントや妨害を受けながら組合を作ろうと奮闘した。
 オルガナイザーの1人、マリセラ・オリヴェラは2012年からトランプ・インターナショナルでハウスキーパーの仕事を一生懸命やってきたが、労組に加盟している大多数のホテル労働者の平均時給と比べ3ドルも低い賃金を支払われ、健康保険や年金や労働契約さえない職場の劣悪な労働条件に憤激する。
 1960~70年代、カリフォルニア州モントレー郡の全米農業者労働組合闘争に参加したオリヴェラは、密かに行われたミーティングで「組合」という言葉を聞いたとたん、意識の中で運動の記憶と現在の状況が交錯し「これだ!」と思った。「わたしはそのリーダーよ。農業労働はホテル産業とはかなり違うけど、貧者は必需品のためにいつも闘わないといけない」と述懐する彼女はスペイン語、アムハラ語、タガログ語、英語のビラを同僚に1人ずつ配って話しかけオルグする。
 かれらが労組を結成する意を表明するや、ホテルの経営を任されているトランプの息子エリックは反労組コンサルティング会社ループ・クルーズ・アンド・アソシエイツを雇い、組合を揶揄するプロパガンダをばら撒き、労組と関わる従業員を首切りにする可能性をちらつかせ、不当解雇を行う。まさにこの親にしてこの子ありの反撃だ。
 ホテル労働者はそれでもめげず、6万人のメンバーを持つ調理人労働組合の協力を得、デモを行い続け、トランプ選挙キャンペーンのスローガンを巧みにひっくり返して叫んだ。「もしトランプが本当にアメリカをグレートにしたかったら、ここから始めろ!」。
 かれらの地道な努力は功を奏し、団交を拒絶するホテル経営陣が不当労働行為を行っているという判決を全米労働関係委員会から勝ち取り、ついに2016年12月に労組代表のもとでかれらは労働契約を結ぶことに成功する。

多様な社会的可能性を秘めた300万人のウィメンズ・マーチ

 就任早々、トランプほど大幅な不評を買い、大衆デモの対象になっている大統領も珍しい。就任式が行われた翌日の1月21日、トランプ政権に反対する女性の行進(ウィメンズ・マーチ)が全国で一斉に行われ、300万人にのぼる参加者を動員した。人種やLBGTQや中絶の問題をめぐって長年いがみ合っていたフェミニズムの分断を乗り越えた女性たちが率いる大衆闘争は、ベトナム戦争反対デモ以来、最大規模のものだ。アメリカ史上、最大デモかもしれない。
 SNSを縦横無尽に用いて水平関係を築き、「プッシー(おまんこ)はただ掴み取ればいいのだ」というトランプの暴言を風刺するピンク色の手編み「プッシーハット」を被り抗議する群衆が路上を埋め尽くした。マイノリティの声がないがしろにされているという批判が寄せられると、黒人やパレスチナ系の女性たちが全米共同議長に迎え入れられ、より多様な運動が目指された。
 性と生殖に関する女性の権利、ヘルスケア、移民や労働者の擁護などを掲げた大行進は、公民権運動の最も大きく有名なデモとして知られる1963年ワシントン大行進と比較される(ウィメンズ・マーチの正式な名称は、半世紀以上前のデモへのオマージュを込めた「女性のワシントン大行進」だ)。
 メインスピーカーの舞台では、女優スカーレット・ヨハンソンが人工中絶を含めた女性のための医療サービスを提供するNGOプランド・ペアレントフッド連盟への支援声明を読み上げた。活動家・研究者のアンジェラ・ディヴィスは「人種差別、イスラム嫌悪、反ユダヤ主義、女性蔑視、資本主義の搾取への抵抗に加わるよう呼びかける包括的で多様なアイデンティティが交差するフェミニズム」が大行進の理念だと宣言した。
 さまざまな社会的可能性を秘めた壮大なスペクタクルである。1960年代に台頭したいわゆる「フェミニズムの第2の波」がメデイアや教育機関や企業に浸透しアメリカの主流文化の一部になり、LGBTQコミュニティを支持するポップ歌手レディ・ガガや、男優/女優間のギャラのギャップを批判するハリウッドスター、ジェニファー・ローレンスによって、近年ブランド化されてきたことが、ウィメンズ・マーチの下地を作った。
 イスラム圏7カ国およびシリア難民に対する入国停止を発令しムスリム登録を義務付けようとしているトランプ政権への批判の声が、リベラルからだけではなく、対テロ戦争を開始し拷問を制度化したディック・チェイニー元副大統領など新保守派からさえあげられ、下級裁判所が入国停止を差止め第9連邦巡回区控訴裁判所がそれに賛同しているのは、同じくアメリカの国民文化そのものが脅威にさらされている危機感に由来する。

リベラルの隠れ簑一切捨てる政権

 オバマは多元文化主義的リベラル民主制のイデオロギーを緻密に工作し、そのもとでブッシュ・ジュニアより25%も上回る250万人の不法滞在者を国外追放し、ネオリベ経済を継続し、ドローンによる暗殺政策を開発した。
 極右排外主義的大統領令を次々と発案している大統領顧問スティーブン・ミラー、首席戦略官スティーブン・バノン、国内政策協議会議長アンドリュー・ブレムバーグは、そうしたリベラル的隠れ蓑を一切合切かなぐり捨て、大統領政権を強硬な権威主義的なものに変えようとしている。それが成功すれば、少なくともここ70年間以上、アメリカ帝国のヘゲモニーを維持してきた国家暴力と構造的不平等を合理化し、大衆運動の要求によって拡張されてきた大義名分が崩壊してしまう。

民主党への吸収か自立した運動か

 リーマンショックの際、その原因である金融資本を経済救援した政府への不満として2009年に広まったティーパーティー運動が、翌年の共和党選挙の支持層として取り込まれたように、ウィメンズ・マーチはリベラル政治の正統性の危機の修復に終始する民主党の票集めの走狗になり、アメリカ帝国を再び強化する道具として使われるのか。それとも、トランプ政権の悪趣味な差別的国粋主義への道を築いた、オバマやクリントンの企業軍事リベラリズムの偽善を徹底的に暴き、選挙政治の幻想に騙されない自立した社会運動に成長できるのか。
 ヒラリー・クリントン支援グループ「パンツスーツ・ネーション」のフェイスブックページに掲載された招待状から爆発的に拡散したことが、ウィメンズ・マーチの端緒を開き、その共同議長タミカ・D・マロリーがオバマ政権と太いパイプのある活動家だということを念頭におくと、後者の可能性はきわめて低い。トランプ・インターナショナルと交渉を結んだ調理人労働組合も、過去の大統領選ではオバマそしてクリントンを支持する民主党基盤に組み込まれており、変化の兆しは何もない。
 トランプ・インターナショナルにちょうど泊まっていた9月9日に、アティカ刑務所反乱の45周年を記念するストライキをアメリカ各地の囚人たちが開始した。少なくとも2万人が参加した囚人ゼネストだ。最も蔑まれ、最も無力であるはずの人たちが、ほぼ抵抗不可能な空間でストを打ち、「アメリカの奴隷制に対する行動を呼びかける」と宣言。前日の9月8日、スタンディング・ロック・インディアン居留地のスー族と環境活動家が持続してきたダコタ・アクセス・パイプライン建設反対運動(NoDAPL)に連帯するデモがデンバーで行われ、翌月にはアメリカの19の市庁が同様の連帯声明を出した。
 オバマは陸軍工兵隊に測量作業を命じ、一時的に建設を中断させた。だが、スタンディング・ロックの運命を、乱開発を旗印とする次期大統領の決定に任せた。案の定、トランプが署名した最初の大統領令の一つはアクセス・パイプラインの続行だった。
 また、トランプは警察への暴行罪をさらに厳しく罰し、警察間の情報共有を促進し、不法移民の検挙を優先させるいわゆる「ブルー・ライブス・マター」大統領令を三つ発令している。「ブルー・ライブス・マター」つまり「警官の命を守れ」というスローガンは、2013年に開始した警察暴力反対運動「ブラック・ライブス・マター(BLM)」から取られ、警察を批判し行動制限することは警官の命を脅かし犯罪者を増長させるという国家権力の独我論に基づいている。

生産点からの階級闘争を

 囚人ストライキから1週間後の9月16日、オクラホマ州タルサで自分の車の横に立っていた無防備の黒人男性テレンス・クラッチャーは、警官ベティー・シェルビーに射殺された。4日後の20日には、ノースカロライナ州シャーロットの警官ブレントリー・ヴィンソンが、アパートの駐車場で自動車から降りたキース・ラモント・スコットを撃ち殺した。1週間後の27日には、カリフォルニア州サンディエゴ郡エルカホンで、元ウガンダ難民のアルフレッド・オランゴも警官に銃弾を数発撃ち込まれ死亡している。
 BLM活動家その他住民はタルサ、シャーロット、エルカホンで数日にわたる抗議デモを行ったが、現在極寒の吹雪の中で米国退役軍人が「人間の盾」になり連帯しているNoDAPL運動同様、トランプ政権下でかれらはますます弾圧され、「剥き出しの生」として苦難の道を歩かされるだろう。
 資本主義において「剥き出しの生」を強いられてきた「プロレタリア」の原語は、古代ローマにおいて子どもの出産を国家のために行う財産を持たない最下層階級「プロレタリウス」だ。ベガスのホテル産業、石油パイプラインが脅威にさらすインディアン居留地、マイノリティを過剰な暴力で襲う警察の蛮行が横行する路上、最下層プロレタリアの身体が拘束される刑務所は、それぞれ再生産労働の根拠地である。
 こうした地べたを這う生産点の階級闘争を具体的に接続し、二大政党およびそれを支えるアメリカ資本主義の権力構造と対峙しうるような勢力が登場しない限り、ベガスでよく言われる勝者の法則「カジノが常に勝つ」は、社会的事実としてまかり通り続ける。

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