新年連載 世界の抵抗運動 その思想 中東情勢

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新自由主義グローバリズムの進展による「IS的なもの」の広がり

  田原 牧さん(東京新聞記者)インタビュー

 トランプショックで明けた2017年だったが、激震は今も続き、出口のない混沌は、ますます深まりそうだ。「抵抗」をキーワードに世界を見ていくシリーズの第3回は、田原牧さんに中東情勢について聞いた。「枯れ草が燃えている現在は過渡期に過ぎず、新たな政治的主体を準備できるかが焦点だ」と語る田原さんは、中東と日本の構造的共通性も指摘する。それは「IS的な二元論・単純思考の広がり」であり、トランプも同類だと語る。レーニン主義的革命論を越える新たな社会運動の可能性とは? (文責・編集部)

エジプト 経済危機で不安定化

 アラブの春が頓挫した後、私は「しばらくは枯れ草が燃え続ける」と語ってきました。「枯れ草」とはムスリム同胞団のようなイスラム主義団体や軍事政権であり、「春」を担った主体の未成熟さからその後の政治的空白を埋めた既存勢力です。
 「枯れ草」が燃えている現在は過渡期に過ぎず、その間に新たな主体を準備できるかが焦点になります。
 「アラブの春」後の中東情勢を語る場合、エジプトが焦点となります。アラブ人の4人に1人がエジプト人という人口の多さもさることながら、IS問題にしても80~90年代のサラフィー・ジハーディスト(武闘派)運動はエジプトが中心でした。また「アラブの春」(2011年)はチュニジアで最初に火を噴いたわけですが、その炎が全域に広がる契機になったのはエジプトです。
 エジプトのシーシ政権は、経済政策で行き詰まっているうえ、警察権力を統率できていない実態も明らかになり、急速に求心力を失っています。
 日本では軍隊と警察は類似・同類のものと見られがちですが、共和国革命を経たアラブの国々では、革命の主体となった軍隊への信頼が高く、好意的に見られています。だが、軍人であったシーシ大統領は政権奪取後、強権的性格を強め、現在約4万人の政治犯がいると言われています。ムスリム同胞団をテロ組織と指定して弾圧するのみならず、アラブの春を主導した青年や左派活動家を用意周到に逮捕し、根絶やしにしようとしています。活動家が行方不明になる事件(警察による誘拐・暗殺)も増えており、人権NGOの活動すら制限しています。
 警察はアラブの春で厳しく批判されましたので、革命後はなりを潜めていたのですが、軍政のもとで復権しています。大方の市民は萎縮していますが、地方などでは青年による抗議デモも起きています。根底には失業への不満があります。アラブ全体では青年の3人に1人が失業状態です。デモが届け出制になるなど厳しい弾圧のもとでも、しぶとく抗議活動は続けられています。
 アラブの春の頓挫という経験もあって、デモが一気に全国に波及するとは考えにくいのですが、何かを契機に火を噴く可能性はあります。特に経済破綻は深刻です。エジプトポンドは大幅に下落し、二重レート状態。IMFの介入にも抗しきれないなか、政府はパンの補助金だけは維持しようとしています。77年の暴動もパンの値上げがきっかけとなっていますし、食糧問題が先に紹介した青年たちの抗議活動と合流するようなことになれば、情勢は流動化するかもしれません。
 しかし、そうした不満の受け皿となるような政治勢力が未だ形成されていないことも事実です。アラブの春ではムスリム同胞団がその役割を果たそうとしましたが、期待は裏切られ、新しい受け皿が求められています。
 アラブの春は政権打倒をめざしましたが、若者が求めていたものは「民衆自治の拡大」であり、「政治権力の奪取」ではありませんでした。だからこそ広がりを作り出すことができたのです。世界各地で同時期にオキュパイ運動も広がりましたが、これもやはり権力奪取を目的としていません。
 レーニン主義的な革命論の弊害は明らかで、かつオルタナティブ運動も壁に突き当たっています。次の歴史のページをどうめくるのかについては、誰も回答を持っていません。やりながら考えるしかないと思います。

パレスチナ 民族主体の統一が課題

 シオニストが極右化して抑圧を強めていますが、民族主体の分断が克服されていないために、パレスチナ解放運動は大きな困難を抱えています。ファタハとハマスの対立は10年経っても解消されず、占領地の内外で世代交代も進み、民族としての一体感は薄れています。統一をどう創るかは、シオニズムに対抗していくうえで最大の課題です。
 分断を克服し、民族の政治主体を確立していこうとするさまざまな動きはありますが、ファタハやハマスを巻き込んで一気に統一を勝ち取るというほどの力はありません。
 若いパレスチナ人にしてみれば、PLO自体が遠い存在です。PLOの解体を事実上、促したオスロ合意(93年)の時に生まれ育った人が青少年~成年期になっているわけですから、「パレスチナの唯一・正統な代表機関」という発想自体が夢のようでしょう。

 こうしたなか、ジャーナリストのムハンマド・キークは、行政拘留への抗議としての90日を越えるハンストを敢行し、大きな共感を生みました。当面パレスチナ解放運動は、こうした抵抗闘争による一体感を基礎にして国際政治に訴えるしかないわけですから、抵抗運動こそが民族としての一体感を生み出す基盤となることは間違いありません。

トルコ 強固な基礎誇るイスラム保守派

 エルドアン首相は、クーデター未遂事件を契機にますます強圧的な政治を展開していますが、公正発展党(AKP)などのイスラム勢力は貧困層への施し政策を徹底的にやっているので、政治基盤は強固です。食料・医療支援をはじめとするイスラム同胞団的な活動が貧困層に浸透しているので、インテリ層は反発していますが、上滑りしている印象です。
 イランの保守派が強いのも、同様の事情です。保守派は国家内国家としてさまざまな財団や企業を組織し、きめ細かく民衆の生活に浸透しています。軍隊ですら、正規軍より「革命防衛隊」の方が実力は上です。
 左派が飛びつきそうな反体制的知識人は相対的に裕福です。保守派が組織している貧困層は人懐っこく素朴で、そういう人が保守派を支持しているのです。日本でも、共産党の支持層のさらに下層に創価学会=公明党が浸透しています。
 中東やアラブと日本の状況を比べると、相似していることが少なくありません。中東は現象として派手に出てくるし、国際政治に与えるインパクトも大きいのですが、起こっていることの構造や原因は、日本と照らしても共通項がいくつもあります。

単純思考を越える主体づくりを


 バーチャルとリアルの区別がついていないような「IS的なもの」の広がりを危惧しています。日本でも「ポスト真実の政治」が定着していますが、これは要するに「嘘八百でも気持ちよければいい」という政治文化です。
 ネット上では、「なんで差別してはいけないの?」という書き込みを散見しますが、これは「なぜ人を殺してはいけないの?」という問いと同質です。左翼やリベラルの価値観が根底的に否定されつつある時代といえます。それは、近代的価値の否定であり、2元論の単純思考の広がりです。
 ISを敵視するトランプ米大統領はその意味で実にIS的です。この傾向は当分続きそうですし、新自由主義的グローバリズムの進展によってIS的なものがますます広がる気配を感じています。

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