入管収容場問題 診療拒否、無期限拘束、ハンスト、自殺未遂…

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欧州や米国で移民・難民排斥運動が強まっている。日本では、難民申請者7千名超のうち認定者数27名と極めて低く、以前から排他的だ。実態はいかなるものか?
 永井さん(仮放免者の会)による入管収容施設問題の概説と本紙による入管収容施設面会レポートを掲載する。  (編集部)

出口の見えない長期収容被収容者の闘争が問うこと

仮放免者の会 永井伸和

 6月23日、大阪入国管理局に収容されたイラン人男性Bさんがハンガーストライキを開始した。納得できる理由の説明なく、「保護室」と呼ばれる独房に隔離されたことに対する抗議のハンストである。Bさんがこの事実上懲罰的と言える隔離処分を受けたことについて、同じく収容された仲間たちが入管側に抗議し、その過程でさらに2名の被収容者がやはり懲罰的な隔離処分を受けた。
 Bさんの隔離は5日間続いたのち27日に解除されたが、Bさんひとりで始められたハンストは、7月4日には新たに6名、同6日にはさらに7名が合流し、計14名による集団ハンストへと発展した。7月13日に解除するまで、Bさんは24日間、他の13名は約2週間にわたってハンストを続けた。

報道されない入管収容場の実態

 入国管理局は法務省の監督下にあり、全国に二つの収容所があるほか、東京・大阪・名古屋など大都市の局がそれぞれ「収容場」と呼ばれる収容施設をそなえている。しかし、こうした収容所・収容場が、どのような機能をになう施設であり、また、その実態はどういうものなのか、一般にはほとんど知られていない。
 入管収容施設の実態がマスコミで報じられることも、まれである。被収容者による集団ハンスト、あるいは医療ネグレクトによる被収容者の死亡事故があったときに、一部の新聞などで小さく報じられることがあるぐらいだ。
 大阪入管収容場では、この7月のハンストのほかに、2月にも44名が参加しての集団ハンストがあり、3月と10月にそれぞれ自殺未遂事件が起きている。また、6月29日には、右半身のしびれなど、脳梗塞を疑われる症状を訴えてきたにもかかわらず8カ月以上にわたって診療を拒否され続けたイラン人男性が、精神的苦痛に対する国家賠償と医師の診察の義務付けを求める訴訟を大阪地裁に起こした。まさに、尋常ではない事態がつぎつぎと起きているのだが、収容施設の内部の状況は、電話や面会を通じて被収容者が家族や支援者に話をすることによってしか、外部からは知りえない。
 私は、支援者という立場で、入管に収容された外国人との面会を続けてきた。被収容者からの聞き取りを通じて私が知りえた、入管収容施設の実態を報告したい。
 まず、その前提として、入管収容施設とは何かということをふまえておく必要がある。入管が収容するのは、不法残留(オーバースティ)や不法入国、あるいは刑罰法規違反といった入管法の定める「退去強制事由」に該当する容疑で入管による取り調べ中の外国人、あるいは取り調べの結果、退去強制(強制送還)の処分が決定した外国人である。
 重要なのは、入管がここで「容疑者」を収容して身体を拘束することにも、また、退去強制処分を決定して送還実施の日まで施設への拘束を継続することにも、裁判所による審査はいっさいおこなわれていないという点である。
 つまり、入管は裁判所の令状なしに逮捕し、その後も司法のチェックを受けることなく身柄の拘束を継続するわけである。たしかに、これは入管法に定められた手続きにもとづいているとも言えるものの、この「法」の規定そのものが、外国人の人身の自由をいちじるしく軽視する差別的なものなのだ。
 今年に入って大阪入管で2度も集団ハンストが起こり、また自殺未遂事件が連続したことには、いくつか要因が考えられる。それは、ひとつには、大阪入管が他の入管施設と比較しても被収容者への処遇が劣悪であることだ。とくに医療の面での劣悪さはきわだっている。他の入管施設でも、被収容者が要請をしてから診療にいたるまで時間がかかりすぎる(1カ月ほど待たされる)、あるいは、受けられる治療が限定的である(一時的に症状を緩和する以上の処置を受けられないなど)といった訴えを聞くことは多い。

心身を痛めつけて「自主的」な帰国へ追い込む

 ところが、大阪入管の場合、新たに生じた症状についての初診すら、なかなか許可されない。つまり、これは医師が患者を診る前から診療不要の判断を下しているということであって、病状の重篤さを判断するための診察すら拒否されるということである。
 医療や食事の質の低さ、狭隘な運動場など、大阪入管はそもそも長期収容の可能な施設ではない。以前は、収容が長期化する場合は、おなじ大阪府内にあった、処遇の比較的よい西日本入国管理センター(茨木市)に被収容者を移送していた。ところが、この茨木市の施設が昨年9月に閉鎖されたため、大阪入管での収容が長期化することになり、その処遇の致命的欠陥が表面化することになったのである。
 しかし、本質的な問題は、大阪入管に固有な要因というより、入管が収容の継続そのものを帰国強要の手段としてきたところにある。つまり、劣悪な環境下での収容=監禁によって自由を奪い、心身を痛めつけることで、被収容者の残留しようとする意思をくじくこと、これによって被収容者を「自主的」な帰国へと追い込むということが、収容施設の担っている事実上の機能なのである。
 大阪入管の現状をみても、送還の見込みの立たない人を出所させず、いたずらに収容を長期化させている。難民申請者や、退去強制処分の取り消しを求めて訴訟中といった法律上、入管が送還を実施できない人が、一時的に収容を解かれる措置の「仮放免」を申請しても許可されず、1年半、あるいは2年も過酷な環境下の収容場に留め置かれている。
 7月の大阪入管被収容者のハンストは、このような出口の見えない長期収容をやめるように求めたものであった。国外退去の命令に従わない者を、長期間かつ期限の定めのない収容で心身に苦痛を与えることによって、意に従わせようとする行為は、誇張や比喩ではなく拷問と呼ぶしかないものである。行政がこのような手法を現にとっているのである。これを許容してよいのか、被収容者の闘争は私たちに問いかけているように思う。

越境することがなぜ「犯罪者」なのか?

入管レポ 線引きの暴力と排除がみえる場所

 -生きていても仕方ない。帰国したら、何をされるかわからないし、知っている人もいない。出してもらっても、仕事できるか不安だから…。神様がいるなら、死なせてほしいと願っている。
 Xさんは終始、全てを「にこやか」に話してくれた。笑顔なのに、絶望が伝わってくる表情だった。
 先日、コスモスクエア(大阪市住之江区)にある入管収容施設を訪問した。同施設は、就労や留学、日本人・永住者の配偶者などの在留審査業務を行う建物と同じビルにフロアとして入っている。鞄やケータイなどの荷物を全て預け、施錠された部屋に入り、ゲート式金属探知器をくぐると、アパートの部屋のように、面会室の番号が各ドアにふられている。中はガラスで部屋が仕切られ、向かい側に面会を希望した被収容者のXさん、監視と記録を行う入管職員が座った。時間は30分。

フロントドアとサイドドア

 …治療を受けられないなどの施設処遇の酷さ、日本での「不法滞在」に至った背景、1年以上経ってもいつ出られるかわからないこと、ずっと閉じ込められていて気がおかしくなりそうだということ、他の被収容者が自殺未遂したこと、死ぬことに希望を見いだしていること。
 Xさんが「不法滞在」に至った理由は戦争から逃げるためだった。日本政府は何十年以上も、「労働力としての彼の存在」を黙認した。「労働力としての彼の存在」が不都合となると、「不法滞在者」とラベリングし、収容施設送りにした。政府は「人間としての彼の存在」を否定したのだ。帰ったら生命すら危うい場所に、「帰りたくなること」を政府は待ち続けている。
 日本における外国人労働者問題に通底することは、フロントドア(正面口)から人間として受け入れるのではなく、サイドドア(勝手口)から人間の労働力だけを切り取って受け入れ続けていることだ。例えば、技能実習制度から「不法滞在」を黙認することまで、さまざまな形で扱われている。制度や対象者が変わっても、「サイドドアからの受け入れ」は続くのだろう。普段は見えない国境のもつ暴力性が、入管収容施設での出会いを通して感じることができる。
 関心を持った方は左記まで連絡してほしい。社会の理不尽を変革する一歩だと思う。
(編集部・ラボルテ)

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