「大阪の維新政治が全国に差別行政を発信している」 作家・目取真俊

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【沖縄】大阪府警「土人」「シナ人」暴言 10/24 大阪府庁・府警抗議行動

おかとん原発いらん宣言2011アラ還ほっとか連 松尾 和子さんインタビュー

 高江・米軍ヘリパッドの工事再開から約3カ月が経った。現地では10月18日に、大阪府警の機動隊員が「ぼけ、土人」「黙れ、シナ人」と罵倒する事態が起きた。19日には、松井大阪府知事が、SNS上で「大阪府警の警官が一生懸命命令に従い職務を遂行していたのがわかりました。出張ご苦労様」と擁護発言をした。これを受けて、24日には大阪府警・府庁前で緊急抗議行動が取り組まれた。
 今回、編集部では高江現地と大阪府警・府庁前での抗議行動に参加された松尾和子さん(64歳)に、(1)大阪府警前での抗議行動、(2)9月下旬の高江現地での抗議行動、(3)「土人」「シナ人」発言を意味するもの、についてインタビューした。 松尾さんの伯父は日本兵として沖縄戦に参加、1945年5月4日、沖縄本島、運玉森にて戦死している。「日本軍が沖縄の人々を盾にしたこと、強制自決などを思うと、生半可な気持ちでは沖縄に行くことはできなかった」、「けれど、昨年の安保法制が強行可決され、辺警視庁機動隊を派遣しての辺野古新基地建設強行を受けて、沖縄からの『辺野古に来てほしい!』の呼びかけに応えたい」と、今年1月に初めて沖縄に行っている。(編集部・ラボルテ)

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暴力的な工事に加担し続ければ差別的になっていく

──「土人」「シナ人」発言に対して、大阪府庁・大阪府警前での抗議行動に参加されたそうですが、動機については?
松尾…「大阪府警には早く大阪へ戻ってほしい」の一言です。大阪府知事松井一郎、大阪府警本部長村田隆 には、沖縄の人々に心の底から謝ってほしいと思ってます。
 ただ、それだけではなく、「大阪の文化、自分自身も含めて問い返さないとな」という想いとともに参加しました。

──高江ヘリパッドでの抗議行動にも実際参加されたとのことですが。
松尾…抗議行動によって、ヘリパッド建設のスケジュールを延ばしていくことが目的でした。抗議行動の参加者の多くは地元の高齢の女性です。本土から来ている人たちは思ったより少なかったと思います。私が参加したのは9月下旬の3日間だけでしたが、大行動が毎週水・土曜にあり、沖縄全体から集まってN1ゲート前で集会を行っています。
 私は土曜日の集会に参加したのですが、約200人が参加していました。その後私は、座り込み行動にも加わりました。その中で、剃刀状の有刺鉄線を沖縄の高齢女性たちが率先して越えていく姿に、基地建設阻止への想いの強さを感じました。
 当時、沖縄防衛局はN1ヘリパッド建設現場からHへの道を森を切り倒して作っていて、申請では幅4メートル以内であるはずなのに、6~8メートルの幅でした。「トロッコを走らせるので軌道用の道」という理由をつけているのですが、事実上は資材搬入用のトラックが通る道らしく、申請内容を大きく逸脱しています。
 抗議行動の最中、警察に囲い込まれたことがあったのですが、マイクのスピーカーに「大阪府警」と書いてあって、「大阪府警なの?」と聞くと「そうや」と即答しました。彼らに「どういう気持ちで来ているのか」「何をやっているのか分かっているのか」と問いかけ、「沖縄の人たちの気持ちをわかっていますか? 基地にはみんな反対していて、選挙でも表明されているのに、あなたたちのやっていることはひたすら命令に従うばかりだった日本軍と同じだ」と訴えました。彼らは目を合わさず、何も答えませんでした。

──大阪府警と対峙していて思うことは?
松尾…機動隊員の人たちには、「ひどいことをしている」という自覚があるんじゃないかと思います。
 だからこそ、相手を見下し差別感情に身を委ねないと、暴力なんかもふるえないでしょう。それで「土人・シナ人」発言がでてきたと思います。もしかしたら、警察内部でそういう教育を受けているのかもしれないし、一方で自分の仕事を全うするためには自分を正当化するために差別感情を心の支えにしているのかな、と思います。
 「ひどいことをするから」といって、人を罵倒することはしたくはありません。警察に対して罵倒する人も、その後に「思わず言ってしまった」という反省をみせていました。

非暴力の闘いは沖縄の未来を拓いている

──高江ではどんな抗議行動が?
松尾…10滞在2日目に、トラックの砂利運搬阻止行動などに参加していました。アクシデントは特になく、現地では「ひとりの逮捕者も出さない」ことが共有されていたのだと思いました。別の日には、参加者が先走ってトラクターの下に潜り込んだりする場合もありました。
 そんな時はリーダーが「コラ! そんなとこへ行くな!」などと必死で叫びます。けれども、その後で、ションボリしているであろう彼らに向かって「勇気あるみなさん!今日はあそこまでは行けなかったけれど、この次は必ずやりましょう。みんなでそこまで行きましょう!」と参加者の想いを汲んでくれます。参加者をとても尊重してくれているのだなと実感しました。それぞれができる範囲のことを大事にしているのだと思うし、これまでの運動の蓄積・厚みを実感しました。「戦術」だけではなく、命を大事にしていることが闘いに現れています。
 これは伝聞ですが、7月22日に機動隊が大量導入された際に、女性が抗議の意志をもって、自分の体を車に縛っていました。機動隊員が無理に引き抜こうとしたところ、首が締まり、気絶し泡を吹いてしまったことがありました。山城さんは取り縋って「これ以上はやめてくれ。私たちも降りるから!」と機動隊に訴えたそうです。誰かを犠牲にして運動を盛り上げる、というものではないのだと、心を打たれました。N1ゲート前集会の時にみんなで歌うのですが、歌の中で「ヤマトンチュが…」と出てきて盛り上がります。そこで「ああ、恨まれているんやな~…そりゃそーやな~」と感じました。頭のなかで考えているのと、こうして実際に聞くのとでは大きく違うなと思いました。うまくいえませんが、実際に聞く方が、ずっといいです。辺野古・高江のヘリパッド問題は今に始まったことではなく、島津藩の侵略や琉球処分、沖縄戦などの歴史を経て、脈々と続くヤマトによる琉球侵略支配の問題に繋がっているものと思います。

──「土人」「シナ人」発言に対して、どのように考えていますか?
松尾…「なんてひどい」ではなく、「言うやろうな」が正直なところです。でも、それを容認するような知事を選んでいる、大阪の人々自身の問題としてもあると思います。
 「大阪人」には東京にもの申す「反中央」の想いが漠然とあると思います。でも今、その中身について「ちゃんと考えなあかんのちゃうかな」と思います。大阪の「シンボル」である豊臣秀吉は朝鮮侵略などひどい支配者だと思うのですが、文化的に受け入れてしまっているような側面があって、私も含めて大阪の人々の身に染みついてしまっている何かがあるのではないでしょうか。
 反中央と維新を結びつけるものは、「支配者に取って変わりたいという欲」でしょうか。作家の目取真さんは大阪にこられた時の集会で、「大阪には雑多な民族がいるのに、差別が一番ひどい」と話していました。それは「土人」「シナ人」発言の前に言っていたのですが、大阪は「多様性」を謳っているけれど、一方で差別のるつぼなのかもしれません。維新政治を産み出し、今や差別行政を全国に発信しているように思います。
 高江から帰る前に、山城さんや目取真さんに「高江のことを大阪で伝えてください」と言われました。でも、それを伝えきれない私がいて、私自身に対して「なんでやろう? 自分が沖縄のことをまだまだ分かっていないからなのかな」という心境でいます。 高江の仲間3人(11月3日現在)の早い解放を願いながら…。

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