ベーシックインカムは人間を自由にするのか

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【講演】 第35回縮小社会研究会

 

国際NGOベーシックインカム地球ネットワーク理事・同志社大学教授 山森 亮

9月11日、京都大学にて「第35回縮小社会研究会」が開催された。テーマはベーシックインカム(以下、BI)。フィンランドでは導入に向けた社会実験が進められ、オランダ、スイスでも実現について議論されている。日本では社会活動家から新自由主義者まで、異なる視点からのBI要求がなされており、社会・経済政策として注目されている。
 講演者の山森亮さんのお話から、(1)フィンランドにおける「BI導入」の実情、(2)技術発展による失業とBIの必然性、(3)BIを要求したイギリスの女性解放運動からみた社会規範変革の必要性、についてまとめた。(編集部・ラボルテ)

BIとはなにか

 BIは「資力(収入)や稼働(労働)能力の活用の有無にかかわらず、個人単位で全ての人に無条件に定期的に行われる現金給付」と、私たちのネットワークでは定義しています。「毎月10万円がこの社会の全ての人に配られる仕組みの導入に賛成ですか? 反対ですか?」と質問すると、「働かなくなるのでは」と、多くの人は反対します。質問を変えて、「毎月10万円が振り込まれるとしたら、いまの生活を変えますか」と聞くと、半数以上の人は「変えない」と答えます。
 BIの考え方は、200年以上の歴史があります。全ての人に等しく現金給付を求める最古の文書は、1797年のイングランドの社会運動パンフレットです。当時のイングランドでは、制限民主主義の下で特定階層が議会を牛耳り、人々の土地の共同所有権を勝手に地主など特定階層のものへと書き換えていました。この土地収奪に反対する人々の運動の中で提唱されていたものです。

フィンランド「BI導入」の実情

 昨年12月に、イギリス大手紙の誤報「フィンランド、2017年にBI導入」が世界中に広がり、日本でもさまざまなメディアが報じました。導入は間違いで、「給付実験」に向けて進みつつあります。昨年春に成立したシピラ政権は、選挙公約に掲げていたBI給付実験を実施に移すと宣言し、政府内に委員会を設置しました。委員会は、研究報告書を今年3月に提出しました。報告書は、研究チームの提案として、予算上の制約と社会にさまざまな人がいることを踏まえて「いくらの額を、世代や所得など社会実態に近い形で給付するのか」を考慮したものです。8月26日のフィンランド政府発表によれば、現在は560ユーロ支給案で進んでいます。研究チームの提案との根本的違いは、税財源による失業給付受給者のみを対象にしたうえで支給する点です。コミュニティワークやケア労働などのアンペイドワークを視野の外に置いていること、失業者の雇用への復帰への障害を当事者のインセンティブの問題に矮小化する人間観などが、同国の長年のBI活動家からは、早くも批判されています。
 BIは、賃金収入の有無などにかかわらず全ての人を対象としている点が、既存の社会保障制度と根本的にちがう点です。フィンランドでは、1970年代からBIを求める社会運動がありますが、長年にわたって運動をしてきた人たちから大きく危惧の声が上がっています。 

人工知能AI導入による「仕事の減少」

 ダボスで開かれた世界経済フォーラムで「AI(人工知能)で仕事の未来はどうなるか」というシンポジウムがあり、AI研究者や経済学者が「BIは必要だ」と発言しました。二つの主旨があり、ひとつは「技術的進歩が社会を豊かにするので、貧困などの経済的問題が解決する」。もうひとつは、「技術的進歩は社会にある仕事量を減らす」ことです。
 これは、社会全体が豊かになる一方で、仕事の総量が減っていくので、賃労働以外の収入としてBIは必要だということです。この手の議論は、AIの進展によって「2045年ぐらいには仕事がなくなる」とか、オックスフォード大学のある研究者が「米国にある仕事の半数が近い将来に消滅する」と話しています。例えば、自動運転技術の導入によって、タクシー運転手の仕事はどうなるのか、など実感をもって感じられるような時代になっているのです。
 ケインズは『孫の世代の経済的可能性』(1930年)というエッセイを書きました。「技術的失業」という概念が初めて用いられ、「技術の向上によって仕事の効率化が急速に高まり、労働力の吸収という問題を処理できなくなっていく」ことを提起しています。
―長期的にみて人類は経済的問題を解決しつつあり、2030年には先進国の生活水準は1930年の4倍~8倍になる。余暇が十分にある豊かな時代がくると考えて恐怖心を抱かない人はいないだろう。人はみな長年にわたって懸命に努力するように育てられてきたのであり、楽しむようには育てられていない。なんらかの解決策が必要だ。
 ケインズが提起した解決策は、「残された仕事をわかちあうべきだ。1日3時間以上は仕事をしてはいけない。過渡期の心理的問題の後には、新しい道徳原則が立ち上がる。野の百合のように生きるようになる」と話しています。
 経済成長や技術革新について彼が言っていることは、当たっています。ところが、「1日3時間労働制」や「野の百合のように生きるようになる」ことは当たっていません。この答えのヒントは、イングランドの女性解放運動にあった要求者組合運動にあります。

社会規範を変えることが必要

 AI・BIを導入しても、現行の分配システムの変化が必要であり、システムの背景にある規範を変えなければいけません。
 ケインズは「いま現に賃金が支払われている労働の総量が社会的に必要な労働の総量」と規定していました。しかし、要求者組合の女性たちは、担っていたコミュニティワークやケア労働、「ほかの人を大事にする労働」が社会的に必要な労働だと考えていました。
 ある経済学者は「20世紀最大の発明はインターネットではなく、洗濯機だ」と話しています。洗濯機などが導入されることによって、家事にかかる時間が減少しました。しかし、技術革新のみによって、女性たちが労働市場に出られるようになったのか? あるいは自由な時間をもてるようになったのか?といえば、そうではありません。
 技術革新があっても、「主婦が家にいること」「空いた時間を何かで埋めること」を規範とする限り、女性は家事から自由になれないのです。電子レンジや掃除機などいろんな道具が開発されました。しかし、現実は「AIが家事労働を減らし自由にする」ことを反証しているのです。家事労働にかける時間を短くするためには、技術革新だけではなく価値観・規範の変革が必要です。
 BIはひとつの制度です。不平等の少ない社会にするためには、さまざまな制度を組み合わせなければいけません。BIには膨大な財源が必要ですから、累進所得税をはじめとして税の取り方を考えなければいけません。
 BIが適用される領域が国家なのか、地域なのか、国家を超える共同体なのか、適用領域に住む人がどのような在留条件で支給されるか、も考えていかなければいけません。
 BIが、私たちの望むような形で導入されるのか、敵対的なものとして導入されるのかは、私たち自身の選択にかかっていると思います。

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