中国 覇権国家への道進む

2020年 米国抜きGDP世界1の経済大国に 福祉国家への転換は可能か?

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愛知大学名誉教授 加々美 光行

 南シナ海への軍事進出、AIIB(アジアインフラ投資銀行)設立など、覇権国家への道を進む中国。一方で、環境問題・経済格差に対する「騒乱事件」が広がり、習政権は決して安定政権とはいえない。「少子高齢化を迎える中国は、覇権国家ではなく福祉国家をめざすべきだ」と語る加々美光行さんに現状を聞いた。(文責・編集部)

──中国が主権を主張する独自の境界線「九段線」に国際法上の根拠がないと認定したオランダ・ハーグの仲裁裁判所決定の影響は?
加々美:「九段線」は、中華民国国民党政権時代に引かれた境界線(十一段線)から2線を除去し、1953年に新たに書き直されたものですが、国際的に認められないのは、海洋地図を見れば明らかです。フィリピン・マレーシア・インドネシア・ベトナムの境界に比べ圧倒的に広い領海を主張するもので、隣国との領海線は、少なくとも中間で引くべきです。中国は明らかにごり押しをしています。
 ただし、マレーシア・インドネシアはこれを黙認し、フィリピン・ベトナムも多少異議を唱えている程度です。中国は、経済援助の提供で抑え込む自信があります。ベトナムが強く異議を唱えないのには、理由があります。ベトナムとロシアは、歴史的に強いつながりがありますが、ウクライナ問題で中国はロシアの主張に理解を示し、友好関係を築いてきたために、ベトナムも中国との対立を控えているのです。
 つまり「九段線」については、当該隣国が対立していないにもかかわらず、日本や米国のような第三国が、原則論を主張して騒ぎ立てていることになります。ただし、米国のオバマ大統領は死に体ですし、次期大統領になるであろうクリントン氏やトランプ氏も中国と鋭く対立することはしないでしょう。こうなると結果は明らかで、中国の主張が事実上黙認されることになります。
──習政権は、安倍政権をどう見ているのか?
加々美:中国経済は、高度経済成長から安定成長に向かいつつありますが、第20回党大会が開かれる2022年には、米国のGDPを追い抜いて世界第1位の経済大国になることは、ほぼ確実です。2009年に日本を追い越して世界第2位となった中国のGDPは、現在、米国の6割程度ですが、2020年頃には追いつく勢いとなるでしょう。安倍首相は、意図的にその点に触れませんし、主要メディアも無視しているのは極めて不思議なことです。
  鄧小平時代の中国は、アジアの貧しい第3世界の一員であり、自省を込めて「覇権大国にはならない」と宣言していましたが、もう「貧しい国」とは言えません。国民1人当たりのGDPは、現在日本の半分程度ですが、すぐに覆されるでしょう。
 問題は、中国の大国意識がさらに強くなることです。南シナ海への進出やAIIB(アジアインフラ投資銀行)による経済活動を見ると、覇権大国に向かっていることは明らかです。これには、国内的要因も大きく関係しています。中国国内で公共投資をすると、国内の経済格差が広がり社会不安が強まるだけでなく、既に投資効率が落ちてきて富裕層にお金が集まるようになってきたために国内需要が高まらないのです。このため習政権は、AIIBを作って対外投資特に第3世界のインフラ投資に向かいました。
 現在の中国は、世界大恐慌(1930年代)の影響を受けて不況に陥り、対外侵略を進めた日本と似ています。高まりつつある格差拡大など国内矛盾を外に向けることで経済発展を促し、さらに社会的安定も得られるからです。しかし、さすがに現代中国が他国を侵略することはできませんので、海外インフラ投資を活発化させることで同じ成果を得ようとしています。
 昨年発足したAIIBへの参加国は、増加し続けており、ほぼ中国の思惑どおりに進んでいます。習近平は、タカ派の軍部との軋轢などもありますが、覇権国家に向かっていることは明らかです。

環境汚染・労働争議・・・弾圧で応える中央政府

──習政権が抱える主要な問題としてある「騒乱事件」の現状は?
加々美:中国の国内問題は深刻です。経済格差は簡単に解決しませんし、大気汚染・水質汚染、土壌汚染などの環境問題も待ったなしの状態です。工場排煙や石炭燃焼による汚染は深刻で、全国主要366都市のうち約8割が中国のPM2.5(微小粒子状物質)の年間平均濃度基準2級(基準限度)を超過しています(2015年)。水の汚染も深刻で「水俣病」のような公害が、各地で起き、住民の騒乱が広がっています。
 また、東北部を中心に大規模炭坑の閉鎖が相次ぎ、炭鉱労働者のストライキが頻発しています。これは、エネルギーの7割を占める石炭から天然ガス、原子力やその他のエネルギー源への大転換を図っているからです。炭坑閉鎖で職を失った労働者が、不満を募らせ、大きな不安定要因となっています。
 こうしたことを背景に、中国の治安維持費は、軍事費と並ぶくらい巨額になっています。日本円に換算して軍事費=14~15兆円に対し、治安維持費=15~16兆円です。しかもこれは中央政府だけの予算なので、地方政府の治安維持費を加えるとさらに巨額になります。
 治安組織が最も力を入れているのは、水俣事件のような争議が省を越えて広がらないようコントロールすることです。というのも国土の広さが日本とは違うからです。例えば広東省で争議が広がれば、それは日本全国を揺るがす規模の争議であるからです。つまり争議が省を越えて広がるというのは、いわば世界的な規模の争議に発展するくらいのインパクトとなります。
 こうした国内矛盾を緩和するために習政権は、中央集権的手法で国内政治を統制下に置くと同時に、対外的にはAIIBを設立して第3世界へのインフラ投資を活発化させ、一方で南シナ海での覇権的行為を進めています。こうしたなかで「GDP世界一」という経済大国化がすすめば、中華ナショナリズムも強化されます。

少子高齢化見据え福祉国家をめざせ

──日中関係の今後について。
加々美:中国は、こうした経済成長主義ではなく、福祉国家をめざすべきだと私は提言しています。習近平も、2014年5月から成長率を下げて安定した経済のもと、第2次産業から第3次産業へ経済の中心を移す「新常態」という方針を示しています。
 第3次産業には、福祉部門も当然含まれています。中国は「一人っ子政策」の結果、猛烈な勢いで少子高齢化が進んでいます。経済格差を解消し、社会不安を緩和するためにも国内への援助を増大させて福祉社会をめざすべきです。この低成長安定の経済移行については、李克強と習近平の間で意見の相違があると言われています。
 中国が少子高齢化を見越した福祉社会への道を歩み始めて、環境問題の解決などにより力をいれるようになれば、覇権国家への衝動も自然と収まり、日本の積極的貢献も果たせますので、衝突も避けられます。
 安倍首相は、相変わらず中国の覇権主義を批判し、北朝鮮の危機を主張して軍事費を増加させていますが、こうした中国の近未来を見通すならば、外交的友好関係を築くことこそ「国益」に適っています。
 習近平は、内外に相当困難な課題を抱えながら政権運営を行っていますが、米国との正面衝突だけは避けたいと思っています。尖閣列島をめぐって挑発的行動は実効支配を既成事実化するために一定程度とるでしょうが、それ以上の冒険的行動はとらないと思います。
 日本は、中国の「覇権主義」的行動を戒めつつ、同時に友好関係を深め、環境問題などで協力を惜しまず福祉国家化への貢献を見通せば、対等で存在感のある日中関係を築くことができると信じています。

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