伊方原発 無謀な再稼働

放射能とは共存できない今すぐとめろ みんなで止めよう伊方原発 7・24全国集会

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原発さよなら四国ネットワーク 酒肆 和子

 8月12日、市民グループ150人がゲート前で抗議するなか、伊方原発3号機が再稼働した。伊方原発は、日本最大の活断層=中央構造線の直近にある。熊本地震は、同構造線の活動によると考えられ、危険極まりない。地元紙「愛媛新聞」は、「原発から30キロ圏内の住民を対象とする避難計画では、命を守るという最低限の保証さえ得られていない」としたうえで、「再稼働に改めて強く異議を唱える」との社説を掲載している。最大需要期である夏の電力も十分足りており、再稼働を合理化する大義は何ひとつない。再稼働を間近に控えた7月24日、伊方現地で反対行動が取り組まれた。現地から報告が届いた。(編集部)
%e9%87%8e%e5%91%82%e3%81%95%e3%82%93  伊方原発3号機は7月17日、冷却ポンプの洗浄水漏れという事故があり、7月26日の再稼働は延期されました。同じ頃、愛媛県警が、伊方原発周辺数キロの地域道路全体の通行規制を通告をしてきました。目的は集会の弾圧以外考えられず、400人もの警官が動員されました。
 そんな厳戒体制下にあっても、「八幡浜・原発から子どもを守る女の会」の斉間淳子さんが、「こんなにたくさんの人が集まってくれたのは初めてです」と挨拶。全国から700人が駆けつけてくれて、集会は、原発道の駅・きらら館前道路を占拠する形で、東西に長い「人とプラカードと幟の波」を作りました。伊方原発反対運動が始まって50年がたちました。3・11のあの過酷事故を経験した日本なのに、なおも原発が推進されている酷い現実がありますが、少しもひるみません。
 新規制基準後、初の再稼働となった川内原発を抱える鹿児島の「ストップ川内原発!3・11鹿児島実委」の野呂正和さんの発言は、さすがに迫力がありました。反原発を公言する三反園訓新知事誕生の経過を聞くことができました。立候補表明当初は発言を避けていた三反園氏も、4月の熊本地震を機に、「原発を停止して点検」を主張し始めたそうです。反原発派は、三反園氏に「原子力問題検討委員会」設置の政策協定を求め、三反園氏が受け入れて候補者一本化に至り、知事選に勝利したそうです。来月には川内原発の一時停止を要請します。
 知事に、原発を停止させる権限はありませんが、10月には定期検査で停止するので、「以後の再稼働は絶対にさせない」と力強く語り、何度も「伊藤知事を落としたぞ!!」と声をあげていました。

沖縄と連帯して

 次のゲストは沖縄平和運動センター議長の山城博治さんのはずでしたが、参院選直後に始まった、沖縄・高江のオスプレイ離発着帯(ヘリパッド)建設工事再開を阻止すべく、高江で活動しています。緊迫した状況をみて、元県議の阿部悦子さんが伊方へメッセージを依頼したのですが、なかなか連絡がとれず、集会前夜に、13通のショートメールをつないでメッセージを届けてくれたそうです。「人の命をかえりみない異常な電力会社に負けたらいけない。高江では、これまでに見たことのない暴力が打ち下ろされた。しかし、沖縄は負けない、諦めない。諦めたら、もっと恐ろしい世界を見ることになるから。ともにがんばろう」と。インターネットで配信される高江の激しい闘いが思い出されて、胸が熱くなりました。
 きらら館での集会後、ゲート前への移動はマイクロバス数台でのピストン輸送の予定でしたが、バスが警察に止められ、多くの人は2キロ歩いてゲート前に着きました。警察はバスを一台ずつしか通さず、多くの人が集まるのを阻止する作戦でした。しかも、ゲート前200メートル地点で、なぜ?というくらいの厳重警戒。ゲート前を完全に封鎖して道路端に追いやり、さらに鉄柵と機動隊を前後に立てて威圧しました。
 狭いスペースでしたが、前段集会に続き力強いアピールと歌が聞こえました。名曲「ふるさとは原発を許さない」をみなで合唱しました。沖縄の闘いを思うと、どんな弾圧があっても、絶対に負けられないと思いました。「必ず起こる過酷事故!」はコールの一節ですが、本当にそのとおりだと思います。そんなのゴメンです。8月も緊張が続きますが、なんとしても再稼働を阻止したい。

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