時評・短評 職場という「闘争の場」

日常生活の場で向き合う

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片岡英子(龍谷大文学研究科博士後期課程・会社員)

 「研究内容を生き方に反映させられないのなら、辞めてしまいなさい」―それは、数年前に師から私へと投げかけられた痛烈な批判の言葉だった。その批判を受けたのは、大学院の修士課程を修了した後、一般企業へと就職したばかりの頃であったと思う。戦争責任について学んだため、戦後社会のなかの不条理な問題や日本人に通底する責任意識の希薄さなどについての批判的視座を持ちつつあった私は、一般企業にコミットできないことにしんどさを感じていた。
 会社の上司や同僚がアベノミクスに期待を寄せていた頃であったので、しんどさは苛立ちとして形を変えていった。まるでその感情に日々を蝕まれているような感覚であった。当時は苛立ちから解放されたくて、同じ価値観を共有できていた大学の研究室へと頻繁に足を運んでいたのである。今思えばあの頃は、異なる価値観を受け入れることのできない自分の狭量さを棚に上げ、愚民観のようなものすら抱きつつあった。惰性的に研究室へ赴き、温室のように易しい環境での議論によって日々の苛立ちと怒りを発散していた。
 そんな私の態度に、師は冒頭の言葉をもって批判を加えたのである。研究を続けることや、議論できる環境を批判したわけではない。ただ、「闘争の場」から背を向け、自己陶酔的に議論する浅はかな私のあり方に対する批判であった。師の提示した「闘争の場」とは、裁判所や路上でもなく、「闘争」の方法もデモなどの運動ではなかった。師が最も重要視していたのは、日常生活におけるそれであり、家族や友人、隣人、会社の人びととの関係の上に「闘争の場」を設定していた。
 もちろん、自分が是とできない環境や価値観に対して迎合・妥協せずに生きることは困難を極める。しかし師の厳しさは、私にそんな言い訳を許さなかった。否、私は師の言葉によって曝された己の浅薄なあり方に気づき、言い訳を考える余裕もなく、恥じることしかできなかった。
 それ以降、「闘争の場」を考えるとき、私はいつも師の言葉を思い起こす。それは痛みを含みながら、自身の立ち位置を批判してくる内なる声となって耳の奥に響いている。私が批判的にみる社会や人間の精神的なあり方を、私自身は克服できているのか。それに対して向き合えているのだろうか。そうして呻吟し、ひねり出した「闘争」のあり方をひとつ語ってみたいと思う。それは、会社員として働くなかで、「人権研修」を通して部落問題や在日問題、ジェンダーなど種々の人権問題に関心をもってもらおうと試みているものである。
 現在、株式会社の評価基準のひとつとして、企業内における「人権研修」の有無がある。今や「人権研修」を実施していない企業は、公共機関との取引資格すら認められない時代である。だが実際、「人権研修」は形骸化しやすく、名目上行われている企業が多いのが実態であろう。少なくとも、私が勤めている会社はそうである。
 私が上司から社内の「人権研修」の窓口担当者として任命されたのはちょうど2年ほど前のことであるが、その実、それは単なる「押しつけ業務」以外の何物でもなかった。もちろん、私は上司の意図がどうであれ、「『闘争の場』を得たり」と俄然やる気であったのだが、思うようにいかないのが世の常である。人権啓発用のDVDを皆で見る機会を設けても、辞退する人も多い上に、見ている人もやる気はなかった。なんとか議論に持ちこめたとしても、そこからがまた苦労した。部落問題に関しては、国による同和対策事業によって「好待遇」を受けた人びとへの反感、「寝た子は起こすな」論の肯定、「過去のもの」とする認識などを持っている人が大半であり、在日問題に関しては、さらに反発的で複雑な感情を抱えている人がいることがわかった。
 何より顕著に表れたのは、そうした人権問題を身近な問題として議論しようとすることに対する、感情的で条件反射的な嫌悪感であった。その嫌悪感が何に起因しているのかは判然としなかったが、若い女性が「差別しているつもりはないのに『差別してはいけない』と運動している人などに言われると、自分がまるで差別者にされているように感じる」とその嫌悪感をあらわにしてくれたのは印象深かった。彼女が率直に語った嫌悪感は、はたして取るに足らないものだろうか。私はここに運動のひとつの問題点が隠されているように思えてならない。これを運動する側の啓蒙的な態度や、彼女たちいわゆる「無関心層」と言われるような人びとに対する批判的な態度を敏感に感じ取ったがゆえの反発だとするのは、突飛な発想だろうか。
 こうした企業内の「人権研修」は、非常に理解の得難いものである。同時に、学校教育のように「教える」研修のあり方は反発を招きやすい。皆で同じ視点に立ち、同じく悩んだり、同じように「研修面倒だ」と嘆いたりすることで、ようやく話が進む。そうした遅々としたやり方のなかでも、私自身が研修を受けてくれている会社の人たちに教えていただくことは非常に多い。そうしたやりとりのなかで自分の狭量さに気づかされ、いかに自分の価値観のなかでの閉じた言葉と思考しか持ち得ていないのかと日々思い知らされている。いまだ「闘争の場」と言えるほど闘うことすらできていないのかもしれないし、自分自身が知らず知らずのうちに迎合と妥協の姿勢に堕しているのかもしれない。それでもなお、私が「闘争の場」として想起するのは、路上でも裁判所でもなく、職場であり、家庭であり、友人の関係上なのだ。以上、「闘争」とも言えない私なりの戦い方、抵抗の仕方を述べてみた。何度も言うが、企業内での「人権研修」は非常に困難である。私自身、もう辞めたい、意味がないと悩み続けている。今年度は研修枠や予算の拡大に成功し、研修が継続するので、再び四苦八苦しながら「人権研修」という「闘争」は続く。こうした研修内容についても興味深い反応が社員から帰ってくるのだが、それについての言及は、また機会を改めたいと思う。

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