国際原子力マフィアを打ち破る民衆の国際連帯を!

東京 福島「核と被ばくをなくす世界社会フォーラム2016」報告

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実行委員会 園 良太

 核と原発問題を中心にした「世界社会フォーラム」が、3月23~28日、東京と福島で開催された。海外からの参加者は、今も放射能被害に苦しむ福島・富岡町を訪問し、いわき市で討論集会に参加した。事故原因も特定されないまま、安倍首相は自らトップセールスを行って原発を輸出しようとしている。その多くが兵器産業でもある原発メーカーを救うためである。日本での開催を準備してきた園良太さんに報告をお願いした。被曝労働ネットのシンポジウム(2面)、対政府交渉(3面)も同時掲載する。

(編集部)

 世界社会フォーラムは、2003年から世界の南側で2年に一度開催される、戦争・貧困・差別・環境問題に取り組む世界中の運動が数万人規模で集まる反グローバリズム運動の祭典だ。
 創設者の一人であるブラジル人のシコ・ウィタケー氏が、福島を訪れて衝撃を受けた。日本が原発輸出を狙うアジアだけでなく、彼の住む中南米、中東・アフリカでも、東欧・西欧でも、世界中で新たな原発が作られようとしており、福島原発事故の惨劇が何も共有されてない。そこで、これまで日本から社会フォーラムに参加していた人々に対し、「原発を止めるために日本で核問題の世界社会フォーラムを開催しては」と、提案されたのだ。私たちも福島事故や核問題について国際連帯で闘う必要性を痛感していたため、取り組みを開始した。
 私たちは、15年3月にチュニジアでの社会フォーラムで相談会や福島報告会を開き、フランスや世界の仲間と連携しながら開催を決めた。昨年末には、パリの「COP21」に対抗する市民サミットに参加して、日本でのフォーラムへの参加を呼びかけ、ブース出展を行い、事故から5年目の3月開催へ機運を高めていった(本誌12月15日号で詳報)。私たちは英語、フランス語、ロシア語のできる仲間を増やしながら、受け入れ態勢を整え、各所で宣伝しながら、最終的に10数カ国の参加者によって開催を迎えた。
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入管が参加者を不当拘束

 まず3月23日、東京でオープニングフォーラムを開催し、各国参加者が発言した。ところが、発案者であるシコの到着が遅れた。成田空港で法務省の入国管理局と税関に4時間も不当拘束され、来日目的や行動予定を執拗に取り調べされたのだ。ビザ取得のため集会プログラムを事前に伝えているにもかかわらず、84歳の高齢者を監禁したことは許せない。日本政府が今回の海外参加者を調べたのは、原発事故の実態が世界に知られる事を恐れているからだ。
 会場に来たシコは疲れを見せながらも怒りの発言を行い、私たちの士気を高めた。「レイバーネットTV」も生放送を行った。また、会場前や新宿では、「2016年3・11~4・26(チェルノブイリ原発事故の発生日)までを国際的反核アピールの期間にしよう」というフランスの演劇家の呼びかけに応えて、映像作家や美術作家のアートイベントも始まった。

福島へ デモへ世界の仲間と共に

 翌24日からは、カナダや香港の人々も加わった30名以上の各国参加者に、福島原発事故の被害実態を見てもらうために居住制限区域の富岡町へバスで向かった。長年アジアの反核運動をつなげてきた「ノーニュークス・アジアフォーラム」(以下NNAA)のアジア各国の参加者も途中から合流した。富岡の駅前や商店街が無人のままの姿を見て回り、説明を聞き、線量を測った。NNAAにインドから来た活動家の「福島現地を見て衝撃を受け、絶対に地元に原発を作らせてはいけないと決意して反対運動を強化した」という言葉が頭をよぎる。
 いわき市へ戻り、労働福祉会館で集会を行った。最初に福島原発事故告訴団の佐藤和良氏が、東電が誰も責任を取らないことを伝えた。福島県大熊町の町議で会津若松市に避難した木幡ますみさんは、「日本政府が避難者を見殺しにしている」と、切々と話し、世界中から糾弾してほしいと訴えた。続けて作業員の労働相談を受け続けるいわき自由労組の桂武氏、ウクライナからのチェルノブイリ収束作業員のムィコラ・ヴォズニューク氏とヴァレンティン・ヘルマンチュク氏が、2つの大事故における原発労働者の惨状と待遇改善を訴えた。
 さらに、元フランス原子力・環境エネルギー庁高官のベルナール・ラポンシュ氏が、エネルギー政策に原発は不要である、と理論的に説明した。最後にNNAAのアジア各国の原発建設を地元で止めている人々が次々発言し、非常に熱気のあるものとなった。
 いわき市内の宿にみんなで宿泊し、翌25日、参加者はいわき市の市民放射能測定室「たらちね」を訪れた。チェルノブイリの収束作業員がここでホールボディーカウンターを受けると、今も体内で放射性物質が見つかった。翌日、多くの病状リストを携えて都内の病院へ向かったという。IAEAもICRPも被ばく被害の過小評価を進めるなか、今後は医療支援の国際連帯も必須だろう。

代々木公園での集会・デモへ参加

 翌26日、「さようなら原発」代々木公園の集会とデモへ参加した。各国語の横断幕を掲げてブースを出し、インドやトルコで闘う仲間がステージから発言した。デモではフォーラムと各国語の賑やかな横断幕で渋谷へ繰り出し、「原発いらない! NO NUKES!」「we are unstoppable!(我々は止まらない) another world is possible!(もう一つの世界は可能だ)」とコールし続けた。集会自体も3万人が参加し、終わらない福島原発問題に取り組み続けるという意思と熱気を感じさせた。
 26日夜は、2つの集会を開催した。まずたんぽぽ舎で「クライメート・ジャスティス(気候の公平性)の観点からCOP21交渉と原発再稼働を考える」だ。パリのCOP21交渉の結論の不十分さを指摘し、気候変動対策で原発輸入を進めることも許されないことを、東北大学の明日香壽川氏やATTACフランスのジャクリーヌ・パルヴェ氏らがアピールした。
 同時に水道橋YMCAでは、映画『サクリファイス』の上映と監督のヴラディミール・チェルトコフ氏の歓迎会が開かれた。氏は、チェルノブイリ事故がどう隠ぺいされ、真実を追求した科学者が次々と弾圧、禁固刑、精神の破壊を受けたことを克明に告発し続けており、映像もトークも緊迫感に満ちていた。

多彩な集会で国際連帯を深める

 3月27日、本番の1日集会が水道橋YMCAで開かれた。まず午前は、「原発を輸出しないで! アジアの人びとの叫び」と題してNNAA参加者のメチン・グルブズ(トルコ・シノップ反原発プラットフォーム)、プナール・デミルジャン (トルコ・脱原発プロジェクトnukleersiz)、ラリター・ラームダース(インド・核廃絶と平和のための連合)、アミルタラージ・スティフェン(インド・反核運動全国連合)イ・ホンソク(韓国・エネルギー正義行動)、コラソン・ファブロス(フィリピン・非核フィリピン連合)などの各氏が、日本の原発輸出と現地政府の生活破壊、運動弾圧を熱く批判した。
 続けて午後は、私が司会を務めた『福島での犯罪と命の救済』。チェルトコフの『チェルノブイリの犯罪』をもとに題名を付けた集会は、飛田晋秀さん(福島を撮り続ける写真家)、松本徳子さん(郡山市からの母子避難者)、柳原敏夫さん(「子ども脱被ばく裁判」弁護士)が、福島事故を隠ぺいする日本政府の犯罪を世界の人々へ深く大きく訴えた。私は、国際社会が東京五輪まで開催して被害を隠ぺいする事実を伝える作業こそ、日本と世界中の核・原発をなくし、ひいては国家と資本が支配する世界のあり方を根底から変えると信じる。
 最後に夜は『エートス問題と国際原子力ロビー』が開催され、チェルトコフ、ティエリー・リボー、セシル・アサヌマ=ブリス、コリン・コバヤシ、松井英介の各氏が、福島事故を隠ぺいする国際的な力を告発した。問題の大きさに比べて日本国内ではまだほとんど追及されておらず、エートス発祥のフランスの対抗運動とともに追及していくことは必須であり、非常に意義深かった。
 翌28日は院内集会でアジアの人々が日本の政治家へ直接原発輸出反対を訴え、チェルトコフの『真実はどこに?』も上映した。午前の国際戦略会合では、(1)参加者一同が反核アピールを出すこと、(2)2016年8月のカナダ・モントリオールでの世界社会フォーラムで反核問題の集会やデモ参加を行うことが確認された。3・11の莫大な被害と世界中の原発建設に対し、今回できた国際ネットワークを生かして闘っていきたい。

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