【視点論点】反政府イラク民衆運動を 掻き消したトランプの暴挙 編集部 脇浜 義明

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 500人以上が殺害され、2500人以上が負傷したイラク民衆の民主化を求める闘争が、米軍によるソレイマニ革命防衛隊司令官殺害事件で、陰に隠れてしまった。そもそもイランの軍事司令官がイラク領内で活動し、別の外国軍が軍事行動として彼を殺害するという、一国の主権を無視した状態自体が異常だが、この「異常さ」を指摘しない欧米メディアも異常である。


 欧米メディアが伝える経過は、次のようなものだった。(1)小規模なイラク人シーア派民兵団が米軍基地を攻撃。傭兵米人1人とイラク兵を殺害。(2)これに対し、米軍がイラクとシリアのシーア派拠点をドローン攻撃、ソレイマニ司令官を殺害。(3)これに抗議する大衆と民兵が米大使館デモを行った、という経緯だ。


 この米大使館デモを、米・イラン対立の枠組みだけで見てはいけない。同抗議行動は、イラク民衆の民主化闘争と重なるものだからだ。


 元反フセイン活動家でカナダへ亡命したヨーク大学のタビット・アブドゥラ教授は、米のネット・メディア『リアル・ニュース』のインタビューで、その実態を解説している。彼によると、イラクの民衆反乱が米軍基地やイラク政権中枢部を脅かしているという。民衆は、イラクが米軍とイランの戦場となってイラク人の血が流されることに怒っており、その点をメディアは全く伝えようとしていないという。


 イラク民衆の民主化要求は5点。(1)汚職廃絶。現閣僚辞任と透明行政の確立。(2)民主主義的改革。民主主義的選挙への改革。(3)米国やイランの干渉や支配の排除と、真の主権の確立。(4)政教分離。宗教や政治的信条に関わりない国民的平等、つまり市民社会の確立。(5)富の再分配による社会的平等の実現。


 この包括的運動は、昨年10月から始まり、首相辞任、不正を続ける選挙管理委員会の解体、そして暫定政府設置の段階にまで達していた。このイラク民主化闘争は、その矛先をイランへも向けていたので、イランは国境緊張を起こして運動の矛先を変えたかった、とアブドゥラは分析している。


 「シーア派の国でもスンニ派の国でもない、イラク人の国を創ろう」が、運動スローガンで、宗派を越えた運動となっている。デモに宗派の旗はなく、国旗だけであるという。このため、米国が武力を使わなければ、「宗教色の強いイランよりも世俗的民主主義の欧米の方に有利になるはずであった」と、アブドゥラは語っている。


 さらにいえば、トランプが、まかり間違えば第三次世界大戦に発展するかもしれない無謀な攻撃に踏み切った動機は、大統領弾劾訴追で支持基盤の福音派の離反が見え始めたことだ。福音派は親イスラエルで、イスラエルの宿敵ヒズボラと、同組織を支援するイランを攻撃することで、福音派の支持を取り戻そうとしたのであろう。


 権力基盤維持のためなら平気で戦争を行うトランプであるが、日本が米国の同盟国であることは、中東の誰もが知っている。極度の緊張下にあるホルムズ湾周辺に自衛隊を派遣するという安倍首相の狙いは何か? 考える必要があろう。


 いずれにせよ、欧米メディアと米国政府・イラク政府は、世界各地で起きている民衆反乱がイラクでも起きている事実を隠し、イラン・米国対立にすり替えてしまったのだ。

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