【論説委員会】「消費者意識」が招く    民主主義の空洞化 論説委員 津田 道夫

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参議院選挙の結果から見えてくるもの

 8月の論説委員会のテーマは、7月に行われた参議院議員選挙の結果を踏まえて、今後の日本の政治情勢をどのように分析するのかというものだった。基調となる視点として、6年前の参議院選挙後に刊行された岩波ブックレットNO885、想田和弘氏による「日本人は民主主義を捨てたがっているのか?」を取り上げて論議をかわした。  

6年前の参議院選は、前年末の総選挙に圧勝して政権に返り咲いた安倍自民党が、憲法改正を狙って衆参のねじれ解消を掲げ、これまた圧勝した選挙だった。取り上げたブックレットは、1970年生まれの国際的に活躍する映画監督である想田氏が、こうした安倍政権や、橋下徹、当時の大阪市長が代表を務める大阪維新の会の台頭を支持する日本の政治状況に危機感をつのらせて書かれた3章の論文からなっている。  

第1章「言葉が支配するもの―橋下支持の『謎』を追う」、第2章「安倍政権を支えているのは誰なのか?」、第3章「熱狂なきファシズムにどう抵抗するか」。  

全体を通して、著者が問題としているポイントは、戦後、日本社会に制度として定着したはずの民主主義が大きく損なわれつつある政治状況に、なぜ、国民の多数が反対の声を挙げないのかという疑問だった。そして、想田氏は、こうした疑問への答えとして、「消費モデルで政治をとらえることの錯誤」を挙げている。  

現代社会に深く浸透した「商品」。教育や政治といった主体として自身が当然問われるはずの行為や関係までもが、全て「商品」を選択し対価を支払えば終わる消費者モデルでしか捉えられていないところに、危機の原因があるという指摘だ。  

そして、こうした風潮が社会全体に蔓延している状況を生活習慣病に冒されている身体状況に喩えて、著者はこう結んでいる。  

「僕の推論通り消費者意識が民主主義の空洞化を招いているのだとしたら、それはとても根深い問題です。恐らくそれはいまやグローバル化の流れに乗って、日本のみならず、世界中を蝕みつつある生活習慣病のようなものであり、いわゆる特効薬のようなものはないと思います。すでに民主主義の生命を脅かすほど病状は進行しており、もしかしたら手遅れかもしれません。(中略)いずれにせよ、まずは私たちが消費者的病理に陥っていることを認識し、一人ひとりが民主主義を作りあげていく、あるいは守っていく主体になる覚悟を決めることが、長い闘いの第一歩になるでしょう。逆に言うと、たぶんその一歩からしか、私たちは前に進むことができないように思うのです」  

では、こうした想田和弘氏の分析を基に、2019年7月の参議院選の結果を見ると、何が見えてくるのだろうか。まず基本的には、6年前の状況と、今回の参議院選挙の結果から見える日本の政治状況が大きく変ってはいないと言わざるを得ないという点。投票率48・8%は6年前の参院選の52・6%をさらに下まわっている。わずかに改憲勢力は参院の3分2を割り込んだとは言え、自・公政権は安定多数を確保し続ける結果となった。  

一人ひとりに責任強いる 民主主義

他方で、微細とは言え、変化の徴候も生まれている。自民党の単独過半数割れは、全体の自公連立のバランスに影響を及ぼす変化である。山本太郎率いる「れいわ新選組」の登場は、当選を果たした2人の議員の存在自身が「政治の消費者モデル化」を打ち破る意味を考えさせるものだと言えよう。もちろん、こうした変化の微候が、社会をより善き方向へと変える結果にむすびつくためには、私たち自身の身近なところからの持続した行動が不可欠であることは、想田氏が指摘するとおりであるに違いない。  

論説委員会の論議は、その後、こうした近代民主主義が直面する危機を歴史的に分析した政治学者福田歓一氏の岩波新書「近代民主主義とその展望」をテキストとして、現代世界の民主主義危機状況をどのように捉えるのかという大きなテーマにおよんだ。福田氏がいみじくも指摘したとおりに、民主主義はそれが民主主義である故に、ずいぶんとやっかいで一人ひとりの人間に必然的に負担を強いる政治システムに違いない。しかし、それのみが、人間が政治生活を生きる上で、人間の尊厳と両立する唯一のものであるとする福田氏の言葉を、私たちも、もう一度、心に刻むべき時代であるのかもしれない。

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