研究者の卵を使い捨て
焼身自殺した非常勤講師
今から1年ほど前の2018年9月7日、九州大学キャンパス内の院生研究室で火災があり、同大学の卒業生の男性が遺体で見つかった。彼は、大学院の博士課程を卒業後、非常勤講師などを勤めながら生活していた。研究に関わる安定した職を得られず、教育ローンの返済に追われ、困窮した生活を強いられる中で、出入りしていた研究室に放火し、その命を絶った。
この事件は若手研究者の苦境を象徴する出来事として、新聞、マスコミにより報道され、注目を集めた。多くの大学院の博士課程の学生およびポストドクターが、彼に自分の行く末を重ねて見たのではないだろうか。研究を続けることを望み、有期雇用の非常勤講師を務めるも雇い止めにあう。教育ローンを返済しなければならないが、条件のよい就職は望めない。生活のために低賃金で不安定な職に就き、日々のやり繰りに身体的にも精神的にも疲弊していく。そこに見えるのは、「研究者」としての矜持を持ちつつも、差し迫る貧困の中で追い込まれていく労働者の生き様だ。
この背景には、1991年から国が主導して行った大学院重点化政策により、博士課程に進む学生数が倍増したことがある。しかし、大学の安定したポストは増えず、代わりに非常勤講師や有期雇用の専任教員が著しく増えた。
非常勤講師などの任用総数は、2016年の時点で約19万人である(ただし、専任教員が非常勤を務める場合が5万人程度おり、複数大学で非常勤を行う場合は勤務大学の数だけ計上されている)。現在、大学の講義の半数近くを非常勤講師が担当していると言われ、7割以上の教員が非常勤である大学も少なくない。さらに、非常勤講師の4割以上が専任職につけず、授業のコマ給とその他アルバイトなどの収入で生活している。
激しい競争のなか 雇止めされる研究者
コマ給は90分で6~8千円程度であり、月に3万円程度だ。一見、額面は高く見える。しかし、授業準備の時間がかかるため、時給換算すればそう高くはない。正規職に与えられる各種手当の支給もない。月に5コマ担当しても、15万円ほどの収入にしかならない。
日本の非常勤講師は、大学で定職を持っている教員が行うものとして想定されていたため、非常勤職のみで生活するのに十分な給与設定にはなっていない。これが非常勤講師が貧困となる一因である。
大学での研究職に就くためには、大学院を卒業したあと、非常勤講師などを務め、教育歴を積みながら研究をしなければならない。この過程で、研究業績や教育歴をめぐって、激しい競争と選別にさらされることになる。運よく専任教員になることができても、その多くが有期雇用であり、3年以下で雇い止めとなる。
研究職に就く希望を持ちつつも、低賃金で不安定な状態を抜け出せないまま歳を取っていく。少ないポストをめぐって競争させられたあとに残るのは、行き場のない無力感であろう。
もちろん、研究職以外の選択肢は開かれており、それを上手く選ぶことができれば比較的に安定した生活を営むことはできたはずだ。そもそも、博士まで進んだ学生の素質を活かすような選択肢が社会に多く用意されている必要がある。
しかし、重要なのは、自分の職業を自分自身で選び、勤める労働者の誇りだ。研究を仕事にしたいという願望・姿勢を尊重したい。