2017年4月に大阪生野コリアタウンに拠点を開いたNPO法人クロスベイス。「差別と貧困をなくし、ともに生きる社会をつくる」ことを理念に、小中学生を対象にした学習支援サポート教室(DO―YA)や体験活動事業(DO/CO)などに取り組んでいる。(1)クロスベイス立ち上げのきっかけ、(2)営利企業が行う学習支援事業との差異、(3)公教育の課題や保護者の変化について、代表の宋悟さんにうかがった。
民族差別・子どもの貧困に アプローチする拠点を作る
宋悟さんは20代から韓国の民主化運動支援や在日コリアンの人権課題などに取り組み、前職ではコリア系インターナショナルスクールの立ち上げや運営などに携わった。
「クロスはさまざまな領域の交差による価値の創造、ベイスには耕すという意味があり、交差する所を耕せば、子どもが勝手に育つ空間ができる」と語る。
――クロスベイスを立ち上げたきっかけはどんなことですか?
きっかけとしては2つあります。ひとつは、在日コリアンに対するヘイトスピーチが吹き荒れたことです。2013年に、中学2年生の子どもが排外主義の街頭宣伝で、「私は朝鮮人が憎くてたまりません」、「鶴橋大虐殺をします」とヘイトスピーチを言い放ちました。私が通勤などで利用している場所・生活空間です。「子どもにヘイトスピーチをさせる社会とは?」と自問したときに、「民主主義の底が割れた」ような、言い知れない不安感を感じました。
もうひとつは子どもの貧困です。7人に1人が貧困といわれていますが、生野区はそれよりも高いと考えています。私自身これまで、「時代・社会と自分の間の緊張関係」を考えながら生きてきました。民族差別と貧困の課題を、生野のコリアタウンを拠点にして、なにができるだろうか? と1年かけて仲間と相談するなかで立ち上げました。
――排外主義の高まりや子どもの貧困が広がるなか、なぜ「学習支援」に?
外国人と日本人の縦軸と、貧困層と富裕層の横軸があるとすれば、私は縦軸からアプローチし続けてきました。いま、生野区に住んでいる在日コリアンをはじめとした60カ国以上の民族的ルーツをもつ人でも、日本人でも、貧困や家族関係に課題を抱えて、生きづらさを抱えている子どもたちが生野で暮らしています。子どもたちが自らの人生の選択肢を広げていくためにも、学ぶ場の保障が必要です。
そのために、学習サポート教室を開いています。試験や進学のための学力だけではありません。子ども自身が学び続ける力を育むための経験として、体験活動のプログラムをつくり、エッジの効いた多様な大人と会う・会いに行く機会を設けています。
「教育とは他動詞で語るものではない」(哲学者・鷲田清一)という言葉があります。英語や数学を教えるのではなく、子どもが勝手に学んでいく空間や場をつくることが教育です。生野区で子どもたちが勝手に育っていく場になっていったらいいな、と。学習サポート教室や体験活動などを行うなかで、必然的に多文化や貧困の子どもたちの生活や家庭の話が出てきます。ここには福祉的な観点が必要です。教育・福祉・まちづくりを一体として展開していきたいですね。
――営利企業が学習支援事業に参入している例を聞きます。クロスベイスとの違いは何ですか?
平凡な言葉だけど、多様性だと思います。多様性の幅が広ければ広いほど、なにかに取り組んでいこうという創造的なエネルギーにつながります。例えば、体験活動でアメリカの超名門大学の留学生がクロスベイスにきて交流する機会がありました。そのなかで、不登校や多文化の子どもたちがゲームを一緒にすることで、楽しい時間を過ごし、お互いに刺激を受けあっていました。
加えて、学習支援事業が全国各地で行われていますが、そこでは公教育の特徴的な価値観が、場所を変えただけで再生産されている場合も少なくないでしょう。例えば、学校社会は子どもを点数で評価し、できないところばかりを指摘し、「失敗したらあかん」と教えています。子どもの自尊感情が損なわれ、失敗する場所もない。そもそも、子どもに自己選択権があると言われるけれども、日本社会では発揮できていません。
かつて、「メリトクラシー」という考え方がありました。個人の能力と努力が業績を作るという価値観です。努力すれば主流社会にいけるという、近代以降の価値観です。いまはさらに後退して「ペアレントクラシー」という考え方も登場してきています。
これは、親の富と願望が子どもの人生を決定するというものです。まったく身も蓋もありません。例えば、親が「~に行きなさい」と子どもの選択肢を奪っています。東大でいえば、入学者の約6割が親年収950万円以上です。多様性はなく、階級社会に逆戻りしています。
クロスベイスでは、子どもに「自分のことは自分で決めなさい」と伝えています。小さな選択も含めてたくさんさせます。もちろん、親や先生、クロスベイスの言うことを聞いてもいい。けれど、最後は自分自身が決めること。これは基本的人権の原点です。クロスベイスの空間が、子どもたちにとって違いを認め合い、安心できる空間でありたいと考えています。
成績向上だけにこだわらず、 多様性・自己選択を大切に
――保護者からの反発や保護者の変化はありましたか?
ある保護者から「『宿題DO―YA』(宿題のサポート教室)のあとは遊んでばかりだから、もっと勉強を教えてほしい」と要望を受けました。そこで、「テストで10点上がってどうなるのか」と問います。私たちは勉強も力を入れていますが、それは点数を上げるためではなく、子どもに自信を持ってほしいからです。自ら目標を出し、努力し、できた達成感の積み重ねが大切だと思っています。そこで点数が上がったことを褒めています。
保護者との雑談では、「数十年先に、日本の職業の半分はAIに奪われる」という話も出てきます。「漢字ドリルや計算だけやって、それでどうしますかね?」って問いを深めるわけです。大学生のボランティアも「私は民間学習塾で教えている。けれど、子どものことで、ここまで深く話している場面はない」と驚いています。最先端の問題を考えながらの、平屋の哲学カフェですね。保護者やスタッフと真剣な話ができる。そこがクロスベイスの面白いところです。
――保護者やボランティアにも波及して、学びのプロセスとなっているわけですね。今後の目標を教えてください。
6月30日に「IKUNO・多文化ふらっと」発足記念シンポジウムを行います。これは、多文化共生の生野区モデルを市民主導で作ろうとするものです。いま、みんなリアリティのある生活世界の話を、実は欲していると思っています。そうした拠点を地域でつくること。クロスベイスの考え方を、子どもたちだけではなく、親や周りの人たちにも少しずつ広げていきたいと思います。
インタビューを終えて
インタビュー後、学習支援の場に入った。「空気感」は洗練されていて、子どもたちは心地よく過ごしていた。筆者自身が「ここに居たい」と思えた。同化圧力が社会を覆いつくすなかで、希望を感じる時間だった。