【香港200万人デモの背景】北京政府を後ろ盾にした行政長官の傲慢 香港の民主主義犯す「逃亡犯条例改正」香港中文大学非常勤講師 小出雅生さんインタビュー

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 200万人を超える市民が立法会周辺を埋めつくした香港。発端となった「逃亡犯条例改正案」は無期延期(事実上撤回)となった。市民の勝利である。改正案が発表されて以降4回の抗議デモが行われ、当初10数万人程度だったが、瞬く間に103万人(9日)、200万人(16日)にふくれあがった。家族づれで参加する市民もいたという。デモに参加し続けている香港在住の大学教員・小出雅生さんに背景や若者の現状、今後の行方などを聞いた。(編集部・山田)

―若者が多数参加し、デモが巨大化した背景には何があるのでしょうか?

小出:「逃亡犯条例改正案」に対しては、中国と香港の1国2制度のもとで保障されていた権利が奪われていくという危機感があります。  

2014年の「雨傘運動」の後に、銅鑼湾書店の店長が拉致され本土に送られる事件があったわけですが、こういう弾圧が今後、合法化されてしまうとの恐怖が生まれました。条例改正の理由とされている殺人事件のご遺族の人たちも、「条例改正は必要ない」と反対を明言しています。  

雨傘運動の挫折以降、香港社会では息苦しさが強まっています。1年前にも香港大学学生新聞の社会風刺記事が、当局から問題視される事件がありました。以降、新聞編集部は事前に弁護士の法的アドバイスを受けてからでないと出版できなくなっています。  

経済発展の裏側で、香港のジニ係数は過去最高を記録しています。貧富の格差がとても広がっているのです。  

さらに、逃亡犯条例と同時に上程されているのが、国旗・国歌法の改正案です。国旗・国歌を改変し、ジョークのネタにしたら、罰せられます。実際、民主派の議員たちが、議場内で国旗を逆さまに立てたことが問題にされました。  

こうした背景のうえで、デモが盛り上がったことには、(1)警察の暴走、(2)行政長官の傲慢な態度、という二つの要因があります。  

6月9日のデモへの激しい弾圧は世界に報道されましたが、条例改正案審議入りが予定されていた12日、抗議をする市民に対する警察の暴力は、火に油を注ぎました。  

12日の抗議行動は、公安条例に引っ掛けられる可能性があったので、「立法会ビルの前をピクニックしよう」という呼びかけでした。  

9日のデモで警察は、立法会本部ビルと幹線道路の間に、警察車両を2重に並べて阻止線を張っていたのですが、12日は、警察車両の阻止線が取り払われ、午後4時過ぎには、全ての特殊機動部隊が立法会本部ビルに退避したのです。  

無防備な市民へ警察の暴力 メディアが放映 怒り広がる

このため若者たちは、残っていた鉄柵を取り除いて、立法会ビルの陳情区と言われる車寄せを兼ねたオープンエリアになだれ込もうとしました。その瞬間を狙って警察は、反撃に転じたのです。この時警察は、催涙弾・ゴム弾に加え、豆袋弾という威力の強い弾丸も使っています。  

この様子を間近で目撃した私は、警察の自作自演ではないかと思いました。「秩序を守る警察」vs「無法な暴徒」という構図を描いて、一気に法案通過を狙ったのではないかと疑っています。  

しかしメディアは、デモ隊よりも、警察のゴム弾水平撃ちや、倒れている学生への激しい暴行などを取材・放映しました。30代後半の女性が、警察の暴行に激しく抗議していたのですが、警察はこの女性にもガス弾を水平撃ちしたのです。こうした映像が放送され、警察の目論見は見事に外れました。14日(金)には、「香港ママの抗議集会」も行われ、会場に溢れる人が集まりました。  

批判の高まりに危機感を抱いた林鄭行政長官は、ニュース番組に出演し、「私も2児の母なので、お母さんたちの気持ちはわかる」と語って、涙を流してみせたのです。  

ところがこの映像は、市民の反感を増幅させました。彼女の2人の子どもはイギリス国籍で、香港の受験競争の厳しさなどを考えると、庶民とは隔絶した安全圏にいるのです。  

行政長官の背後に見える 独裁者習近辺への警戒心

彼女の涙は、その特権的立場と虚妄性を際立たせることになりました。私の知人も物凄く怒っていました。  今回の大デモは、警察の暴走と、行政長官の対応の拙さが重なり合って、市民の怒りを増幅させたと言えます。

―行政長官辞任要求も出ていますが。

小出:優秀な官僚である彼女は、北京政府から厚い信頼を得ています。発展相時代に彼女は、女性政策を推進し、行政長官になってからも育児予算を増加させています。現場をよく知り、民間団体とも太いパイプを持ち交渉力のある彼女は、市民勢力からも一定の支持を集めていました。北京政府は、こうした能力と実績を評価していたのです。  

ところが今回の事態では、彼女の傲慢さが市民の反感を招きました。雨傘運動の時もそうでしたが、若者たちは、丁寧にゴミ拾いを行っていました。ゴミを意味する「ラプサ」を行政長官の苗字である「林鄭(ナムジョン)」と言い換えて、「ナムジョンを集めますよ」と言いながらゴミを集める学生の姿をたくさん見ました。  

香港人は、哀しさや怒りをジョークに包んで笑い飛ばしてしまう気質があります。行政長官への怒りは、こんなふうにジョークに変えて表現されています。

―中国の習近平への評価はどうでしょうか?

小出:「独裁者」です。60~70歳代の人たちは、今回のデモに対して慎重な態度を崩していません。彼らは中国本土で文化大革命を経験し、香港に逃げて来た人たちです。公権力が力を振りかざした時に、どんな恐ろしい目にあうかをよく知っている人たちなのです。

香港人としての誇り 一体感取り戻す契機に

―ITを使った個人情報の国家管理についてお聞かせください。

小出:香港の法律で「暴動」は、重罰に処せられます。行政長官がデモを「暴動」と呼んだので、デモ参加者は、顔が写っていると暴動参加者として逮捕される危険を感じました。中国本土では顔認証技術が当たり前のように使われているようなので、若者たちは、デモに参加する際、マスクをしたり、スマホの位置情報やSNSの記録を全て消去するという防御策を取りました。  

さらに、香港市民は全員IDカードを持たなければならないのですが、接触型から無線型に変えられようとしています。香港警察が高機能のセンサーを使用すれば、デモ参加者の個人情報が集められるからです。

―今後の展開は?

小出:まずは、誰が混乱の責任を取るかです。北京政府は、行政長官を辞めさせることはないでしょう。2003年の50万人デモの行政長官も、全人代議員になるという、栄転という形で行政長官を辞任しました。  

警察の暴行を批判し謝罪を求める人たちは、今も集まり続けています。引責辞任を求められるのは警察長官ということになるのではないでしょうか。  

―今回の巨大デモの意義は?

小出:今回のデモでは、デモ隊に対して商店街の人やバスの乗客たちが手を振っている姿がよく見られました。タクシー運転手がクラクションを鳴らしてデモへの賛同を表したり、街全体が一体感に包まれました。香港人が大陸とは違う香港人であることの誇りを取り戻す、大きな契機になったと思います。

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