働き方改革関連法の波が、介護業界に
人材不足が慢性的な介護業界 実状を無視した残業規制
「この介護職員は、あと8時間は残業してもらえるかな」―早速今年4月から始まった「働き方改革関連法」の波が、介護業界に、そして私の会社に押し寄せているのだ(*1)。
私が支援する横浜市の介護事業所の女性管理者が、勤務表を見ながら溜息混じりにつぶやいた。介護職員の「時間外労働の上限規制」の導入に伴い、残業時間の厳密な計算が始まっているのだ。彼女が介護職員の残業時間の管理ができない場合、罰則規定が待っている。その責任は重大だ。
多くの介護事業所は、2020年から働き方改革関連法が適用されることになるが、私の職場は先行して始まった。働き方改革関連法がスタートして早1カ月。実状を報告する。
「働き方改革関連法」と言えば、介護業界の場合、冒頭に挙げた時間外労働の上限規制が一番重くのしかかる。他にも「同一労働同一賃金」(*2)や「年次有給休暇の時季設定」など、多くのテーマがのしかかる。が、人材不足が慢性的な介護業界では、時間外労働の上限規制はことのほか重い。皆が多少なりとも残業を行い、業務を成立させてきた介護現場では、サービスの維持を根幹から揺るがせかねないのだ。
介護現場では、勤務時間内で業務を終えることの方が稀である。デリケートで体調の変化が激しい高齢者を支える業務は、常にイレギュラーな業務が発生する。このため、常に1時間程度の残業が発生する世界ともいえ、サラリーマン社会とは一線を画する。多くの介護職員は、残業を受け入れ介護現場を支えようとする。それが職業として当たり前という感覚なのだ。
残業をせずに定時で切り上げ、休日とともに十分なプライベートの時間が確保できることは、理想だ。しかし、介護業界で今回の働き方改革関連法を歓迎する者はまずいない。誰からも「代わりに誰がこの介護業務を行なうのか。そして私がもらう給料を、私が休んでも保障してもらえるのか」という言葉が返ってくる。それは、介護業界の実状を無視し、改善策を見つけようともしない、働き方改革の弊害そのものを示している。
介護業界は人材不足であると同時に、低賃金など待遇の低さがメディアでも話題になる。実際、多くの介護職員にとって、残業代が苦しい生活費を補う源泉になっている。今回の働き方改革で残業が制限されることになれば、生活破綻につながりかねない。もちろん、残業を行う必要がないよう、業務の軽減と待遇改善が待たれるが、事態はさらに深刻になってきている。
介護職員の中にはダブルワークを行う者も多い。介護職員の募集を行うと、ダブルワーク希望者に行き当たる頻度も高い。その応募理由は、「少しでも多く稼ぎたいから」という、勤労者、生活者としては当たり前の理由だ。
しかし、今回の働き方改革では、先に始まっているマイナンバーで給与所得を管理するのと並行して、ダブルワークであろうとも残業を含め職員の1週間当たりの総勤務時間の管理を行う必要が生じる。ダブルワークの職員も、1週間当たりで一定時間以上の勤務ができなくなるのだ。私も、応募者にその説明を行うのが苦しい。もちろん、ダブルワーク希望者は、私の説明を聞くと、期待した生活の糧を得られなくなるのだから落胆する。
窮乏する介護職員は、ルールの間隙を縫い、収入を上げようと創意工夫を行う。しかしその姿を、国は無策なまま見過ごし、介護職員の工夫を切り捨てる。今回の働き方改革は、正に介護業界を深い闇に送り込もうとしているのだ。
「働き方改革」は、一見すると労働者間に公平感を持たせようとする社会民主主義的なイメージがあり、受容してしまいそうになる。しかし、そこには労働者に対する再分配のしくみはなく、賃金と格差の固定化を助長するだけだと気づく。
特に、介護現場に「働き方改革」の内容は適さない。私は、これまで以上に介護業界の現状のアピールを急がないと、この躁的な「働き方改革」の渦中に飲み込まれてしまいかねないという危機感を持つ。介護職員の健康で文化的な生活の維持が揺るがされている。
* * * *1:介護事業所の多くは事業規模で言えば中小企業にあたるので、2020年4月からのスタートになるが、筆者の現在の会社についてはその規模から今年4月より始まった。 *2:裾野の広い介護業務の業務内容を捉えて、介護職員各々のスキルを仔細に評価し時給設定を行うものだが、働き方改革では「介護業務」という大枠で業務内容が包含されてしまうので、給与体系の見直しを余儀なくされている。