【時評短評 私の直言】「大阪中華街プロジェクト」神戸大学 原口 剛

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反ジェントリフィケーション闘争の最後の砦

 今年2月、「大阪中華街プロジェクト」が公表された。報道によると、西成区太子町・山王町の商店街に4つの中華門を建て、2025年までに中国各地の料理店など120店を出店するという。同地区は、西成特区構想が繰り広げられている萩之茶屋、つまり釜ヶ崎に隣接し、一部は釜ヶ崎の範囲内でもある。突如表明されたこのプロジェクトは、全貌も実現可能性も定かではないが、さらなるジェントリフィケーションの兆候となることは確かだ。だがその前に、述べておきたいことがある。  

ここ数年、釜ヶ崎近隣へのカラオケ居酒屋の増殖を背景として、「中国資本」という言葉が飛び交うようになった。概ね、「『中国資本』に釜ヶ崎一帯が乗っ取られようとしている」という危機として語られている。だが、なぜ「中国資本」に限って、その出自がことさら強調され、「外資」ではなく、「中国資本」と名指しで表記されるのか。そこに、「中国脅威論」の影が、排外主義的な心性が、見え隠れしていないだろうか。確かに、住民にとっては危機であろう。だが、住民の生活を脅かそうとしているのは、あくまで「資本」なのであって、「中国」ではない。「中国が西成を乗っ取る」というような、ナショナリスティックな図式で理解してはならない。  

この点を踏まえて正しく表現するなら、次のようになる。―釜ヶ崎を取り巻く一帯は、いまや不動産市場として注目されつつあり、資本が競って土地を奪い合うアリーナと化している。星野リゾート然り、中華街プロジェクト然り、である。―  

さらに、このような事態を招いた要因として、西成特区構想は無関係ではない。同構想は、各種メディアをつうじて、これらの土地が経済的ポテンシャルをもつことを幅広くアピールした。その発信は、「労働者の街」としてのイメージを拭い去ることで、ジェントリフィケーションの露払いの役割を果たしたのではないか。  

太子町・山王町一帯の地図を見ると、木造の低家賃住宅がひしめき、貧しい住民が暮らしている。北側には新世界、東側にはあべの再開発地が隣接する。もともと労働者向けのさびれた繁華街だった新世界は、2000年代の「昭和ノスタルジーブーム」を経て、若者や観光客でにぎわう観光スポットになった。あべの再開発地は、「あべのハルカス」を起爆剤とした開発の渦中にあり、地価上昇の著しい地点となった。西側では、西成特区構想が繰り広げられ、まさに、「労働者の街」の顔であった「あいりん総合センター」が閉鎖されようとしている。こうみると、太子町・山王町は、開発の波に囲まれながら、いまだ資本の手が伸びていない最後の土地だということがわかる。  

ジェントリフィケーションにとって最大の焦点は、釜ヶ崎の周辺地域かもしれない。地代格差論からみれば、最も標的となりやすい地域は、萩之茶屋ではなく、太子・山王町である。ここでは、資本の引揚げ(disinvestment)がキーワードとなる。資本の引揚げが、より長期化・深化しているほど、利益は大きくなる。釜ヶ崎の中心である萩之茶屋地域は、戦後2回(1960年代後半と80年代)、ドヤ街が大規模に建て替えられており、過去に相当の資本が投下されてきた。これに対し太子町・山王町は、戦災を受けず、戦前の区画や家屋が戦後へと引き継がれた。そのうえ現在まで、資本が投下されることなく、放置されてきた。つまり同地区は、ジェントリフィケーションにとって最大の標的であり、「最後のフロンティア」であろう。この地は、ニューヨークのロワー・イーストサイドのように、反ジェントリフィケーション闘争の「最後の砦」となる可能性が高い。  

大阪中華街プロジェクトは、太子・山王町へとついに資本が進出しようとしていることを告げる兆候だと考えられる。他方で3月末日、あいりん総合センターが閉鎖されようとしている。抗議の当日には、抗議者たちが座り込みを繰り広げた(4面参照)。その抗議の声は同時に、押し寄せつつある太子町・山王町のジェントリフィケーションへの対抗という意味をもつものとなろう。

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