チャベス元大統領によって「ボリバル社会主義」が進められてきたベネズエラ。だが、チャベス死後にその路線を引き継いだマドゥロ大統領と、野党のグアイド暫定大統領の、2人の指導者がいる異常事態となっている。米国は、ベネズエラの社会主義を問題視する14カ国「リマ・グループ」を支持し、反米化したラテンアメリカの再編成を意図して軍事介入が画策されている。米国に偏った情報が氾濫する中、情勢をどのように見ればいいのか。一井不二夫さんに聞いた。(聞き手 編集部・吉田)
突如現れた極右=「人民の意志」米国の手先=フアン・グアイド
一連の動きの大きな要因は、ラテンアメリカの利権・資源を狙う米国です。政治的には米国の「裏庭」を自国影響圏に戻したい、経済的には中国の影響力を排除したい、という思惑があるのです。政治腐敗など、現政権に問題がないとはいえませんが、2002年以降、貧困率は確実に下がっており、評価すべき点は多々あります。
反政府デモを鎮圧するなど、マドゥロ政権に対しては「独裁的だ」という批判があります。しかしこれも、暴力的な野党の街頭行動を無視すべきではありません。
17年の制憲議会選挙は、住民投票で1票、それぞれの職場で1票を投ずることができ、場合によっては1人が2票を持つことができる選挙制度でした。野党からは「非民主的」と批判されましたが、与党からすれば、社会主義の見地から公正な選挙だという考えです。
日本語や英語で読める報道の多くは、米国のプロパガンダが含まれています。いずれにせよ、ベネズエラのことはベネズエラの民衆が決めるべきであり、他国の軍事介入は許されません。
ベネズエラは、2人の大統領がいる異常事態になっています。ニコラス・マドゥロ大統領は、ウゴ・チャベス政権のもとで副大統領を務めました。チャベス死後は、正式に路線を引き継ぐ大統領となりました。もう一人が、極右「人民の意志」党のフアン・グアイドです。暫定大統領として名乗りを上げるまでは、無名でした。従来の野党指導者は民衆の失望を招いていましたから、無名であることは、米国に都合がよかったのです。
ベネズエラは世界最大の石油埋蔵国です。かつてチャベスは、原油価格の下落を防ぐため、頻繁にOPEC諸国やロシアを訪問していました。しかし、彼が2011年に病気で外遊できなくなると、石油産出量をコントロールできなくなり、14年6月には石油価格が暴落しました。
ベネズエラで産出される石油の多くは超重質油で、輸入した軽質油で希釈しなければなりません。ところが、米国の経済制裁によって、できなくなったのです。
中国やロシアからの対外債務の増加は、ハイパーインフレを招きました。債務返済を繰り延べる交渉も、米国の経済封鎖のために困難になりました。
こうしてマドゥロへの支持は下落し、治安も悪化。ベネズエラからの移民は160~300万人になると言われています。
ベネズエラは地質的に食糧生産に向かず、多くを輸入に頼っています。そのため、石油暴落は深刻な食糧不足を招きました。ここに米国の「人道援助」を名目とした介入の契機が生まれています。
深刻な食糧不足につけ込む米国軍事介入目的の「人道支援」
2年前のベネズエラ制憲議会の時点で、トランプは「軍事介入はテーブルの上にある」と発言しています。2018年4月には、元CIAのポンペオが国務長官に、「戦争請負人」ボルトンが国家安全保障問題担当大統領補佐官に就任。さらに、イラン・コントラ事件で告発されたエイブラムスが、ベネズエラ特使に就任しました。軍事介入の準備は、昨年の段階で整っているのです。
昨年12月にはグアイドが米国を訪問し、政府高官と会談。今年1月、米国高官と電話会談をした翌日に暫定大統領になると宣言し、即時米国に承認されました。グアイドを支持しているのは、米国、EU、リマ・グループ、日本ほか50カ国です。
トランプは「軍事行動を行う選択肢がある」と言っていますが、欧州連合やリマ・グループは同調していません。マドゥロ退陣には賛成でも、軍事介入ではなく、選挙が必要だとしています。
現在は、米国務省・国防総省・国際援助局による「人道援助」を、ベネズエラが受け入れるか? が注目されています。米国はニカラグアやコソボなどで、「人道援助」を名目とした軍事介入を行ってきましたから、マドゥロ政権側はこれを認めないとしています。これに対しグアイドは、「米国の軍事介入を否定しない」と表明しています。
トランプは2月18日、選挙集会で「西半球において社会主義を認めない」と演説しました。ベネズエラを倒した後、彼はニカラグアとキューバを倒そうとしています。ベネズエラの問題は、米国のラテンアメリカ再編計画の端緒なのです。