(1) 覇権再編の攻防
オバマ時代の米国中東外交政策をひっくり返したトランプ政権のために、2018年はイスラエルとサウジアラビアの暴政が続いた。エルサレムをイスラエルの首都として米大使館移転を強行したトランプ政権は、中東和平交渉を破壊し、イスラエルのヨルダン川西岸の永続占領のための急激な入植地拡大を支持し、パレスチナ人は激しい抵抗運動をしている。さらに、イスラエルは「イラン」を口実にシリア内戦に介入し、夥しい空爆を繰り返している。
彼らとともにイラン制裁の音頭をとってきたサウジアラビアは、イエメンでの無差別空爆で人道危機をもたらし、「カショギ殺害事件」でも近代以前の専制神権国家の姿を世界に晒しつつ、トランプ政権に護られて延命しようとしている。
パレスチナ問題でも、パレスチナ人抜きの会議が彼らの間で動きだした。「イスラエルとアラブ諸国の関係正常化は、パレスチナ問題を関連づけない」とする、パレスチナ人の当事者性を奪う動きである。
しかし、米の中東政策はイスラエルの拡声器と化し、アラブの信任はすでに失われており、新しい覇権が台頭してきた。シリア内戦問題はその象徴とも言える。アサド政権勝利という力関係の転換は、ロシアのイニシアチブのもと、イラン、トルコの新しい連携を浮かびあがらせた。トルコのエルドアンは、大統領制で権力を集中し、サウジに立ちはだかる新しい盟主として、中東覇権の再編の要となっている。
トルコ政府の第一の敵は、クルド民族の分離独立運動であり、クルド建国阻止のためには、米・EUとの対決も辞さない。イラクのクルド自治政府がイスラエルと協力しあったことで、アラブ諸国もクルド人には厳しく、対クルド問題では、トルコ、イラン、イラク、シリアは共通の利益に立っている。
トランプは12月19日にシリアからの米軍撤退を表明し、シリア内戦とイスラム国(IS)掃討で利用してきたクルド人の犠牲の上に、米国第一主義を貫くことを宣言し、マティス国防長官は反対して辞任を表明した。元々シリア内戦において米軍は不可欠な存在ではない。2019年もまた、シリア問題、イスラエル、サウジの動きを中心に緊張と混迷は続くだろう。
大英帝国支配体制の破綻アラブ民族主義政権の混迷
(2)歴史から辿る アラブイニシアチブ
大掴みにアラブ諸国関係をみると、それまでは英帝国に恭順することで護られて来たイスラーム王政国家群と、「世俗主義」のアラブ民族社会主義政権が、対立しつつ相互補完しあってきた。その体制が破産し、再編と覇権争いの混迷にあるのが現在といえる。
第二次大戦中1945年3月、英国がアラブ支配の装置として作りあげた親英王政国を中心とする7カ国による「アラブ連盟」は、47年のパレスチナ分割決議(イスラエル建国)以来、アラブ諸国の対イスラエル同盟の装置に転じた。
冷戦下ナセル革命を当初非難したソ連は、スエズ国有化などで支援を強化し、ナセルのエジプト革命は、アラブ民族社会主義路線を創出した。彼らは反帝反植民地闘争を闘い、アラブ民族主義革命が席巻し、イラク王政を打倒しカシム政権を生んだ。ヨルダンも革命に直面した。
その後、王政国家群は保身と自衛のために、「アラブ連盟」の枠の中で「アラブの大義」のもと、60年代以降、ずっと共存してきた。
アラブ民族主義政権(エジプト・イラク・シリア・アルジェリア)は、一党独裁の社会主義・福祉国家として、反帝国主義潮流やパレスチナ解放闘争を積極的に支援した。しかし、植民地からの独立以来イスラエルとの交戦状態にあり、これらの国家はソ連と同盟し、米・イスラエルの干渉を抑止しながら、国内では保安第一の人民支配を常態化させた。
米欧・サウジ・カタールの介入とISの成長
(3)アラブイニシアチブ の変質・崩壊
89年のソ連・東欧の崩壊は、アラブ民族主義政権の「抑止戦略」を無効化した。そして米国主導の新国際秩序の開始により、湾岸戦争~「オスロ合意」のサバイバルを強いられた。それは中東和平全体を停滞させ、パレスチナ解放勢力を分裂させた。
そして、米国への「9・11」攻撃に対する米軍のアフガン侵略、イラク侵略戦争は、激しい反米闘争を生んだ。イスラム勢力が主導権を取り始めた。また、グローバル資本主義は社会主義経済を破壊し、アラブ政権は長期独裁政権と化し、腐敗・縁故主義・人民抑圧が強まった。
そこで自由と生存を求めて民衆が蜂起したのが、「アラブの春」と名付けられた2011年の闘いだ。 しかし、エジプトでのクーデターと弾圧、バーレーンでのサウジ軍の蜂起破壊が続いた。これに乗じて米欧・サウジ・カタールらは、リビア・シリアの世俗的政権の打倒を企てた。リビアのカダフィを殺害し、シリアのアサド政権をアラブ連盟から追放、金の力で連盟の支配を企んだ。アサド打倒に金と武器を注いでシリアを内戦化させ、ISの力を育てた。 だがサウジらにはアラブ諸国を統合する英知も能力もなく、破壊と混迷は拡大した。つまり、米欧は王制国家の野蛮な実情を知りつつ、一緒にソ連社会主義の残滓シリア・アサド政権打倒と、武器売買の好機として介入した。その結果、中東は秩序不全の戦場と化し、住民の難民化を強いたのだ。
東欧諸国から日本にも広がるBDS(イスラエルボイコット)運動
(4)破綻から再生へ
中東における国家関係の歴史をたどれば、破綻から再生への道は明らかになる。まず、「地域大国」による地域の安定・安全保障の枠組みを新たに作る必要がある。イラン・トルコ・エジプト・サウジ・シリア・イラク。地域当事国による政治対話の条件を作るため、国際社会が支援することこそ、新しい安定を作る道だ。
米軍がシリア撤退を実行するなら、その条件はより整う。ロシアの主導で行われている「シリア和平会議」を、その出発点にできる。これで、イスラエルやサウジの暴政を抑止することも可能となる。イスラエルがパレスチナに領土返還をすれば、地域安全保障システムの中で平和を享受する未来がありうる。
現在のイスラエル政権は、真逆の道を爆走中だ。だが地域大国の枠組み作りは、イスラエルを統制する力を育てるだろう。
一方、人民の闘いも続く。軍事暴力とバラマキで忠誠を強要する旧いシステムは、破綻しつつある。昨年5月にはヨルダン全土で政治刷新を求める闘いが広がり、今も続いている。パレスチナへの米・イスラエルの絶望的は仕打ちは、新しい人民の闘いを促している。地域住民の連帯も息を吹き返している。
再びのナクバに応えるBDS運動は、国際連帯を広げ、中東から米欧諸国で威力を発揮している。日本の市民も昨年12月に「BDSジャパン」を作った。こうした回路を通して、パレスチナ・中東の平和を闘い取る道に日本の人々も加わることができる。
※BDS運動…イスラエルが、(1)パレスチナ占領の終結、(2)イスラエルにおけるアパルトヘイト政策の中止、(3)パレスチナ難民の帰還権の承認という、3つの国際法上の義務を履行するまで、同国へのボイコット、資本引き揚げ、制裁を世界の市民・企業・政府に呼びかけている。