弊紙編集長 不当逮捕 政治権力の一部と化した大阪高裁

審理しない控訴審 司法の独立を放棄

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 11月13日、山田編集長不当逮捕の控訴審が大阪高裁で行なわれ、多くの支援者が集まった。樋口裕晃、佐藤洋幸、柴田厚司裁判官を前に、橋本太地弁護士が一審判決の不当性を語り、検事に説明を要求。検事は「控訴は却下」とだけ述べ、裁判長は抗議した傍聴者に退廷を命じた。被告人尋問で編集長の発言を求めたが、却下された。「裁判結審。12月11日15時に判決」とだけ言って立ち去った。審議なしの暴力的な裁判であり、司法の劣化を印象づけた。続く報告集会では、「司法もマスコミと同じく権力に忖度し、専制化している」と分析。関生連帯労組や統一共産同盟の方々も、深刻な弾圧被害を共有した。本紙家宅捜索への国賠訴訟も始まる。国賠勝利、控訴審勝利に向け、12月11日14時集合、判決公判に向けたアピール、公判傍聴(大阪高裁201)に多くの参加とご支援をお願いしたい。(編集部・園)

有罪ありきの公判

 これが「裁判」といえるのか? 「閉廷する」という裁判長の声の後、傍聴席からはため息と怒号があふれた。3名のベテラン裁判官による大阪高裁最大の大法廷での審理は、検事側弁論なし、被告人である私の陳述・質問も「必要なし」として却下するという、極めて形式的な「審理」で結審となった。これだけで12月に判決が言い渡されるのだから、一審有罪判決が覆る可能性はほぼゼロだ。

 実質的な被害者がおらず、被害金額もゼロに等しい「詐欺」事件は、有罪判決が2度確認され、最高裁判例となることが確定したといえる。

 1審神戸地裁判決では、実質的に被害者のいない事件で2年の懲役刑を科す以上、それなりの判断基準が示されなければならなかった。送金のために家族や知人にキャッシュカードを渡すことは、よくある使い方と言っていいからだ。

 そもそも私は、レバノンで亡命生活を送る岡本公三氏への生活・治療資金を送るために銀行口座を開設した事実も、カードをレバノンに送ったことも、否定していない。事実関係を争っているのではなく、私の口座の使い方が銀行の約款違反だったとしても、被害者がどこにもいない「詐欺事件」が成立するのか?が、争点であったはずだ。

 1審判決は、この点について検討すらしなかった。振込詐欺とはどう考えても無関係な今回の事案について、「特殊詐欺防止」のために作られた銀行約款違反を理由に有罪にすることが許されるなら、その根拠を示し、誰が被害者か? どのような社会的損害が生じたのか?を示すことこそ裁判所の役割だが、それは放棄された。

 控訴した目的は、この点を明らかにすることだったが、大阪高裁は、審理すらしないという訴訟指揮で応えた。これでは裁判の意味がない。少なくとも私の事案について司法は、検察への迎合を超えて、政治権力の一部に同化し、司法の独立を放棄したといって差し支えないだろう。

警察国家へ向かう日本

 神戸地裁は、妥当性を欠く逮捕・起訴にお墨付きを与えてしまった。

 こんな有罪判決が確定してしまえば、警察はやりたい放題である。実際、大阪府警本部警備部公安3課は、統一共産同盟事務所ほか7か所を「詐欺罪」容疑で家宅捜索し、「犯罪による収益移転防止に関する法律(通称マネーロンダリング法)違反」容疑で大阪市内の個人宅も家宅捜索した。銀行通帳の第三者使用をもって、「詐欺罪」と「犯罪収益移転防止法違反」なる犯罪を捏造したのである。

 この容疑も、犯罪が成立するような要件(根拠)は何一つなく、この事案を犯罪とするならば、誰もが「被疑者」にでっち上げられ、不当な家宅捜索を受けることになる。それは、権力の恣意に依る法の適用を許し、「法の前の平等」という法治原則を破壊する。警察にこんなフリーハンドを与えることは、日本を、確実に警察国家にしてしまう。(編集部・山田)

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