10月の韓国取材報告の2回目は、今年2月、ソウルで大学院生労組の全国組織が初めて発足したことをお伝えする。15万人ともいわれる大学院生の労働者性を問うとしている。組合員は200名足らずで、公然メンバーは3名だけだが、問い合わせが相次いでおり、地道な組織化が進んでいる。
「大学の企業化」は日韓共通の傾向で、日本でも非常勤講師の雇い止め問題などが頻発している。指導教官と院生という権力関係のなかで生み出されるアカハラ、セクハラ問題も含めて、高学歴フリーター化した大学院生の労働者性を大学に認めさせ、正当な報酬と権利を求めることは、企業化した大学を問う世界的課題といえる。成均館大で委員長と総務に経緯や課題を聞いた。 (編集部・山田)
可視化されない労働者性
―労組結成の経緯は?
大学院生は、講義の手伝いや研究員として、また大学事務員として働きながら勉学を続けていますが、東国大学で2016年、労働基準法以下の賃金で院生が働かされていたことが明らかになりました。院生会が大学総長を労基法違反で告発し、大学院生の労働実態が初めて可視化されました。
成均館大学では、文学部事務室で働く院生が「奨学金」として受け取っていた賃金が減額されることが起こり、抗議行動の末に減額は撤回させました。しかし労働の代価ではない「奨学金」ではなく「賃金」として支払うよう求める院生のネットワークが形成されました。
他にも、ソウル大学では院生へのパワハラ事件が起き、高麗大では「悲しい院生」という漫画が発表され、世論化が進みました。6カ月間の「勤労奨学金」がわずか100万ウォン(10万円)という実態、理工系では、タイムカードもなく実験室に泊まり込んでの実験に動員されてもいます。
こうして大学院生の労働実態が社会問題化され、使用者である大学当局を法的拘束力のある団交に応じさせるために、標準協約文を結ぼうとしています。
大学院生は孤立化してつながりがありません。学部生のような自治会もないので、労組の必要性を訴え、大学当局と団体協約を結ぶという課題に取り組んでいます。そもそも大学院生は、既存の労働法のなかでは、労働者として認められていません。労働者として可視化されてこなかった大学院生の労働者性を認めさせたいのです。
私たちは女性や性的少数者の権利を重視しています。女性の権利に加えて、「差別禁止」条項を追加すべきです。留学生のみを対象とした授業料値上げなど、差別的取り扱いや権利について、既存の自治組織は対応できていません。既存の法体系のなかでは包摂されていない留学生や、性的少数者や院生といった領域を重視しています。
―大学からの圧力や嫌がらせは?
身元を明らかにしているのは、執行部の3名だけです。組織を作る場合、一定の規模になるまでは、外からの圧力で壊れやすいので、しばらくは非公開の組織化を進めざるを得ません。
ソウル大学の匿名掲示板で、ある教授が「院生労組に加盟すると不利になる」ことをほのめかした書き込みを行っています。しかし一方で、新聞紙上で支持を表明し、支援してくれる教授もいます。
社会構造の歪みをただす鍵は現場の闘いにある
非常勤講師には既に労組が組織されており、「非常勤講師法」の立法化を求めて国会前にテントを張って闘っています。法律の骨子は、(1)学期毎の契約を3年契約にして雇用を安定化させること、(2)講義準備のために休暇中も研究を続けているので、休暇期間も給与を支払うことです。研究職をめざす院生にとって、非常勤講師は避けられない過程なので、非常勤講師労組とは当事者として連帯しています。
非常勤講師法が成立・施行されると賃金が上がるので、予算を削減したい大学は、専任講師の時間数を増やして非常勤講師を解雇することも考えられます。法の趣旨にのっとって、雇用を安定化し雇用条件をあげていくための現場の闘いがより重要です。
私たちは、非正規労働者の「正規化」を要求してきましたが、企業側は、子会社で雇用して派遣させるという方法を編み出しています。このため民主労総は、親会社の直接雇用を求めて国会前で座り込みをしています。
文政権は、非正規労働をなくすことを公約に掲げて施策を講じていますが、資本は法の穴を捜して利潤を追求します。
東国大学では、清掃労働者を解雇することが起こり、民主労総の支部が結成され解雇を撤回させました。清掃労働者の賃金は、月150万ウォン(約15万円)以下で、人件費としては小さいのですが、大学は、労使関係を避けたいために解雇して、下請け会社と契約しようとしたのです。
私たちは、非正規労働が自然化した社会に生きています。しかし、IMFの介入(1997年)以前、非正規労働は例外でした。資本は、労働者の価値を低く見積もることで利潤を上げようとします。議会制民主主義が資本と親密になりその意向を反映させることは、必然的なことであり、そうした積み重ねで現実が作りあげられています。
こうした社会の構造の歪みについて、議会や政権に解決を委ねることなく、現実を変えていこうとする私たちの闘争こそが鍵だと思っています。