【時評短評 私の直言】2018年夏の記録―関空崩落と9・11NYの共通性 神戸大学 原口剛

災害でむき出しになる支配層の利害

LINEで送る
Pocket

 今夏、日本列島は地震や台風が相次ぎ、関西も大きな被害を受けた。被災の経験は、私たちが生きる状況の真の姿をみせつけた。

 9月4日、台風21号が神戸に上陸した。観たことのない光景が、次々と映し出される。衝撃的だったのは、関西国際空港の連絡橋にタンカーが衝突している光景だった。孤島と化した人工島に取り残された八千人の人びとが、どれほど不安や疲弊に苛まれていることか。タンカーは航空機の燃料を運搬していたというが、燃油が流出しているのではないか。数々の不安が頭をかけめぐった。

 だが信じがたいことに、ワイドショーの司会者やコメンテーターが口々に強調するのは、関西空港が利用不可能になることによる経済的損失の「危機」であり、関西空港の世界的地位が低下するのではないかという「不安」だった。

 関空運営会社社長や安倍晋三は、まだ乗客や従業員が取り残された状態の6日の時点での会見上で、翌7日から国内線の運航を再開させる旨を公表した。関空の従業員がツイッター上で怒りの声をあらわにしたように、彼らの眼には、損失額の数字しか見えていなかったのだ。

 思い出されるのは、地理学者デヴィッド・ハーヴェイが、アメリカ同時多発テロによる世界貿易センタービル崩壊後の状況を述べた考察である。

 「ニューヨーク市ではいっさいが停止した。飛行機は飛ばなくなり、道路も橋も閉鎖された。3日ばかり経つと、誰もが、システムが再び動き出さないかぎり資本主義が崩壊することになることを理解した。そこで突然、ジュリアーニ市長とブッシュ大統領は公衆に呼びかけて、クレジットカードを使い、買い物に行き、ブロードウェイに戻り、レストランを利用するよう訴えたのである。ブッシュは、航空産業のテレビCMに登場して、飛行機に再び乗ってくれるようアメリカ人に呼びかけさえした」。(『〈資本論〉入門』作品社、2011年、34頁)。

 関空運営会社社長や安倍晋三の会見での言葉は、これと驚くほど似ている。危機の瞬間の中では、支配層の利害がむき出しになる。それは、何を犠牲にしてもインフラや流通の経済的生命をつなぎとめようとする企図である。

経済性に追い立てられる人々日常生活を変革するために

 これは関空にかぎった話ではない。被ばくの危険性を無視して住民は帰還を強制され、原発は再稼働される。災害にあった各地の被災地ではいまも多数の住民が仮設住宅での暮らしを強いられている事実をよそに、首都圏では五輪開発がすすめられ、高価なタワーマンションが次々と建設される。この夏の被災の経験は、これらの状況の異常さに気づくための、重大な機会だったはずだ。

 日々繰り返される日常生活の環境は、私たちの感覚を麻痺させる。たとえば電車が時間きっかりに運行することが当然とされ、労働や生活のスケジュールがそれを前提とする環境のなかでは、たった1日の運休が「大問題」としてニュースで報じられる。あるいは、電車が少しでも遅延しようものなら、激怒して駅員に詰め寄る人びとがいる。本当は、そうした強迫観念こそ、変革しなければならないものではないか。

 台風の暴風が吹き荒れるなかで、あるいは地震が起きた直後の状況下で、多くの人が職場に向かうことを命じられ、なかには自発的に職場に向かおうとする人までいた。だがいったい私たちは、何に追い立てられているのか。何が、私たちの〈生〉を拘束しているのか。立ち止まって、それを問うていかなければならない。

LINEで送る
Pocket