【韓国取材(1)】「ロウソク革命」後の社会運動の息吹

「私は臆病な兵役拒否者だ」軍事化された韓国社会への批判

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 韓国現地取材にあたって 編集長・山田洋一

 11月17日からの韓国現地取材を連載する。ロウソク革命、文政権成立後の社会運動の息吹を伝えたい。折しも、朝米首脳会談、南北融和が進むなか、韓国の民衆・活動家は、未来をどう見据えようとしているのか? 日本以上に非正規化と格差が広がる若い世代の現状と社会意識、さらに社会運動の世代交代や葛藤なども取材したいと考えた。

 取材の前半は、朝鮮半島最南端で起こった「麗水・順天事件  70周年追悼集会」を取材。同事件の遺族や事実の発掘を担った人々へのインタビューを行った。日帝植民地からの解放後、李承晩政権のもとで反共国家として出発した韓国で、「済州島4・3事件」(1948年)は、「共産主義者の反乱」としてタブー視されてきた。同地への鎮圧出動を拒否して、住民らとともに政府軍に殲滅された「麗順14聯隊反乱事件」は、韓国現代史の最後のタブーだ。同事件が民主派=文政権のもとで名誉回復された意義は大きい。

 後半はソウルに戻り、ロウソク革命後の新しい社会運動の現場を歩いた。大学内の清掃労働者を組織した若い活動家、大学院生労組のリーダー、ロウソク革命後の民衆運動の統一戦線とも言える「主権者全国会議」執行委員長へのインタビューも行った。韓国社会運動の層の厚さはいうまでもないが、若い活動家の突出力と地道な組織活動、さらに活動の思想とノウハウを伝えていくネットワークや仕組みも大いに参考になる。

 南北両政権は、10月22日、板門店の非武装化で合意した。韓国において、南北融和は議論の余地のない朗報である。民衆にとって分断国家の統一は積年の課題であり、韓国資本の利害にとっても経済交流によって新たな市場と労働力を獲得できる。朝米・南北融和に不信を表明し、議論が分かれる日本の「識者」や世論の方が奇異に感じる。

 取材報告の第1回は、「価値観と信念に反する」という理由で兵役を拒否した朴相旭さん(24歳)。韓国で兵役拒否はありえない選択肢で、「エホバの証人」信者か、確信的な活動家しかいないという。1年半の懲役刑を終え、釈放されたばかりの朴さんにインタビューした。
 朴さんは、2016年に兵役拒否を告知して裁判闘争へ。懲役1年6カ月の有罪判決を受け、今年10月に釈放された。まず、拒否する理由と未来の展望を聞いた。「臆病な拒否」と自称する朴さんは、徴兵制ゆえに過度に軍事化された韓国社会へのラディカルな批判をもとに、ジェンダー問題などに関与したいと未来を語った。 

軍隊経験者の教師や上司が「下の者への抑圧」を繰り返す

―家族的背景は? 

 母方の祖父は朝鮮戦争に従軍し、父親は14年間特殊部隊にいました。しかし、私自身が歴史を勉強するなかで、父が語る歴史は事実と異なると思うようになりました。また、なぜ父が家庭の中でも抑圧的なのかを考えると、14年間の軍隊生活が関係しているのではないかと思うようになりました。

 もう一つは、学校生活の記憶です。学校は、画一的な制服や教育制度のなかで、軍隊的なものが再生産されています。私はいじめの被害者にも加害者にもなりました。軍隊を経た人が教師となり学校を運営し、サラリーマンとなり会社を支配します。軍隊的なものは韓国社会全体を包んでいます。それは「下の者への抑圧」として現れています。
―迷いはなかったですか?

 召集令状が届いてから真剣に拒否を考え始めました。ネットで情報を集め、「戦争なき世の中」というNPOのなかに予備兵役拒否者の集まりがあるのを見つけました。

 秘密結社にでもいくように超緊張して行ったのですが、そこで出会ったのは、私のようなごく普通の若者でした。刑務所へ行って「前科者」として生活している人の体験を聞き、自分の人生をしっかり作り上げていることを知り、「兵役拒否をしたら人生が終わり」という恐怖はなくなりました。
―家族とは相談しましたか?

 母親はカトリック教徒なのですが、拒否の1年ほど前に相談すると、強く反対されました。当初私は、社会科学的な説得を試みましたが、全く理解されなかったので、私自身が聖書を学び、聖書のなかから非暴力抵抗の意義を説くような聖句を見つけ出し、「イエスが今の韓国に生きていたら兵役に就くだろうか?」というような宗教的対話として母親との対話を続けるうちに、最後には、私の決断を支持してくれるようになりました。

父親「軍隊でも刑務所でも、生き残ることがお前の役目だ」

 父親は、やはり大変でした。兵役拒否を告げる当日になってその旨を伝えると、激しく怒りましたが、暴力を振るうようなことはなく、数日間、家出をしてしまいました。

 疲れた顔をして帰ってきた父親は、反対の意見を変えることはありませんでしたが、「軍隊に行こうが、刑務所に行こうが、生き残ることがお前の役目だ」と告げ、「一人の人間としておまえの決断は、尊重する」と言ってくれました。この時、父親と私は、親子という関係を超えて、自立した個人として対峙する関係へと変化したのだと思います。

 ―同年代の若者の間で「兵役」は、どのように捉えられていますか?

 20歳代の一番いい時期を軍隊にとられ、人生の継続性を絶たれてしまいます。しかもとても安い給料で、仕送りを受けている人もいるほどなので、総体的な剥奪感があります。たとえば公務員試験などにおける軍加算点制度に反対する女性の運動がありましたが、ベトナム戦争に従軍した退役軍人が激しく攻撃しました。それは、政府が兵士を使い捨てしているから、軍隊経験を過剰に意義付けせざるを得なくなり、「自分たちを認めろ」という心理で反対運動を攻撃をするからではないでしょうか?
―友人たちの反応は?

 私が参加していた研究共同体の人たちは、私に共感し支援もしてくれていますが、10歳代の頃の友達は、全く理解できないと思います。それは、周囲の男性はすべて軍隊に行っていますし、それを当然のこととして受け入れているからです。兵役拒否の選択肢は、思考の外だと思います。

韓国社会に広がる「暴力の予感」が兵役拒否に

 ―刑務所経験は、どうでしたか?

 刑務所は、明確な位階制が支配し、命令と従属の世界です。そういう軍隊的なものを避けるために拒否したにもかかわらず、同じような境遇に置かれたために、「何のために拒否をしたのか?」と矛盾を感じ後悔したこともありました。ほとんどの兵役拒否者はエホバの証人ですが、彼らは聖書を根拠としているため、聖書の中で描かれている女性差別的な価値観に対しては批判的になりえていません。軍加算点制度に対しても同様です。

 今後は、軍事主義やジェンダーについての勉強は続けていきたいですし、「戦争なき世の中」の活動も続けたいと思っています。理論と実践をつなぐ活動を続けたいと思います。自分が立っている具体的な場所から問題提起をしていくような生き方をしていきたいです。

 私の兵役拒否は、父親へのトラウマや学校のいじめ経験だけでもなく、韓国社会に広がっている「暴力の予感」(富山一郎)を感じていたのだと思います。拒否者には、大義を掲げている活動家もいますし、芸能人のように社会的メッセージを発する人もいます。しかし私は、どこにでもいる「臆病な拒否者」として、どのような線引きにも入らない生き方を探し続けます。
―代替役務制度については?

 今も拒否経験者と国防部が議論をし、代替服務が可能な範囲を決めようとしているようです。拒否の理由が明確な人に関しては、代替服務の対象者となりますが、これ以外の個人や理由が曖昧な私のような人は、対象外となる可能性があります。信念や良心の範囲を決めることはとても困難なので、議論を積み重ねる必要があります。

徴兵制そのものが問われ始めている

 「戦争なき世の中」は、刑務所行きを避けるために、とりあえず代替服務制度の導入を支持していますが、良心や信念の範囲をどう広げるかが課題です。将来、兵役が志願制となったとしても、経済的に貧困な若者や市民権が欲しい外国籍の若者が軍務に就くことになるという問題は残ります。志願制になったとしても、議論は続けていくべきだと思います。

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