「LGBTは生産性がない」-杉田水脈発言 「非生産的人間」を認めない日本社会の歪み

下衆にして外道、つまり人非人とはオマエ等のことだ!  浪花の歌う巨人・パギやん(趙博)

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殺戮者の手記で儲ける太田出版

 太田出版は、1997年に起きた神戸連続児童殺人事件の犯人「酒鬼薔薇聖斗」を名のった「少年A」(事件当時14歳)が32歳になって書いた手記『絶歌』を2015年に発売、発行後1カ月で25万部、3億7500万円を売り上げた。そしてつい先日、創出版は、相模原市「津久井やまゆり園」で入所者など46人が殺傷された事件から2年を機に、殺戮者・植松聖(28歳)の手記『開けられたパンドラの箱』を出版した。今度は、どれほど儲けるつもりだ?!
 「売れ筋の猟奇物」よろしく本を出す。その版元の出版社が如何に正義ぶって「意義」を唱えようと、筆者は断言しよう「元少年Aも植松も、ほくそ笑んでいるに違いない。その嗤いを知りつつ銭儲けに奔走する、オマエ等には言論人の矜持・誇り・名分など一欠片もないのだ」と。

根底にナチスと同質の福祉切り捨て政策

 2014年10月、「日本に女性差別は存在しない」と国会で発言して物議を醸した自民党の杉田水脈が、今度は「LGBTは生産性が無い」と書き、言い放った。言わずもがな、杉田の主張はナチスそのものだ。
 ナチス時代のドイツでは「健全な民族共同体」を創出するという名目で「出産奨励策」が実施された。「子どもを生産」しない男子同性愛者は、当然にもこの政策に違反することになる。そして、約10万人が逮捕され、その半数が刑務所や強制収容所などに強制収容された。
 優生学的に、つまり遺伝的に「劣等」と見なされた障害者たちの出生を防止する目的で「断種法」が作られ、その犠牲者数は40万人以上に上ったという。優生学は、社会改良の効果的手段として各国で受け入れられ、積極的に奨励されたという歴史を有する。優生学に基づく断種法が成立したのは、ナチス・ドイツ、アメリカ合衆国の幾つかの州、北欧の数カ国だけだったが、断種手術をこれほど大規模に行ったのはナチス・ドイツだけだ。
 しかし、日本も例外ではない。ハンセン病患者に対する断種がなされ、旧優生保護法(1946~96年)下で精神疾患や障害を理由に1万6000件に上る強制不妊手術が行われたことは周知の事実である。
 さらに、杉田の発言で見落としてはならないのは、「LGBTに対する支援や税負担は無駄だ」という点だろう。ナチス体制が成立する契機となった世界大恐慌の時代、障害者を対象とする福祉政策を切り捨て、財政的負担の軽減が図られた。断種法の経済的基礎は、ここにこそ存在する。その国民的合意は「不幸な子どもが生まれないように」というスローガンとキャンペーンで成立した。

「共犯関係」を断ち切れ!

 日本では、障害を持つ我が子を殺した親や、介護に疲れて身内を手にかけた者は必ず「情状酌量」の対象になるのが常套だ。かつて、横塚晃一は「…働かざる者人に非ずという価値観によって、障害者は本来あってはならない存在とされ、日夜抑圧されている」(『母よ、殺すな』より)と正鵠を射たが、この「価値観」を社会的に制度化したのが、他ならぬナチス・ドイツだった。「生きる価値のない存在」は抹殺の対象となり、ユダヤ人、スィンティ・ロマ、性的少数者、障害者、等々、「劣等人種」(あるいは「反社会分子」という烙印を押されて)は虐殺された。その結果、ヨーロッパで暮らしていた全ユダヤ人の68%が殺されたのだ。

病人・障害者・老人がいて当たり前だ

 ヒットラーが計画した「T4作戦」という障害者の安楽死計画に対して、ドイツ北西部の町ミュンスターの司教、クレメンス・フォン・ガーレンはこう非難した。
 「貧しい人、病人、非生産的な人がいてあたりまえだ。私たちは、他者から生産的であると認められたときだけ生きる権利があるというのか? 非生産的な市民を殺していいという原則が実行されるならば、我々が老いて弱ったとき、我々も捨てられるだろう。非生産的な市民を殺してもよいとするならば、今、弱者として標的にされている精神病者だけでなく、非生産的な人、病人、傷病兵、身体が不自由になった人すべて、老いて弱ったときの私たちすべてを殺すことが許されるだろう」。
 和光大学名誉教授・最首悟は、「いまの日本社会の底には、生産能力のない者を社会の敵と見なす冷め切った風潮がある。この事件はその底流がボコッと表面に現れたもの」(『朝日新聞』2016年8月8日)と分析した。そう、その通り。犯人・植松は「精神異常」でも「通り魔」でもない、「正気」なのだ。その意味で、相模原事件の共犯者は「日本社会そのものだ」と言っても過言ではない。
 元少年A、植松聖、杉田水脈…その延長上には、必ずホロコーストが待ち受けている。遠景には、ヘイトスピーチを煽る輩どもと、その親玉・安倍晋三が居並んでいる。筆者は断言しよう「杉田水脈も安倍晋三も、元少年Aと植松、それ以下の下衆にして外道、人非人」だと。読者諸賢よ、この下衆・外道・人非人どもとの「共犯関係」を断ち切るべし!

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