【いま欧州では】投票箱の妖怪─ 「カタルーニャ危機」の脈絡

カタルーニャ独立問題

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10月10日『ディセント』
ウィリアム・ハント
翻訳・脇浜 義明

 大雑把に言ってスペイン政治は、与党保守の国民党と野党第一党の社会労働党の二大政党制。これは独裁者フランコ死後、権威主義体制から民主主義体制へと「平和的移行」した「トランシシオン」が生み出した体制で、どちらも政権にいる間に自腹を豊かにするという腐敗システムを生み出した。カタルーニャもこの移行に参加、同州の自治が合意された。
 国民党はフランコ政権の内務大臣が結党したもので、現党首マリアーノ・ラホイは典型的なカタルーニャ嫌悪で、それで票を稼いだ。カタルーニャ人は彼を「フランコの亡霊」と呼んでいる。
 以下、オーウェル研究者のウィリアム・ハントが今年10月10日に『ディセント』に発表した論文「投票箱の妖怪─カタルーニャ危機の脈絡」の一部の第4章を紹介する。(脇浜)

 過去200年間、カタラニズム(カタルーニャ民族主義)の主たる目的は、スペインから離脱ではなく、スペインを中央集権的カスティーリア王国から多元主義的な「諸民族国家」に変えることであった。
 1932年に復活したジェネラリター(カタルーニャ自治政府)の初代首相で、近代的カタラニズムの生みの親であるフランセスク・マシアは、限定的自治であったが、「イベリア連邦内カタルーニャ共和国」を宣言した。彼の後継者でフランコに処刑されたリュイス・クンパニィスは、「スペイン連邦共和国内カタルーニャ国」を主張した。現カタルーニャ自治州首相のカルダス・プッチダモン(中道右派)は、独立を目指す住民投票を10月1日に敢行したが、結局そのあたりで落ち着くのではないか。
 ほとんどのカタルーニャ人にとって重要なことは、独立国というより自治権である。住民投票を支持した人々の多くは、もし無事に投票箱に辿り着いていたら、独立反対に投票したのではなかろうか。いつでも分離できる権利を持つが、将来の万一の場合以外にはそれを実行する気がないことを、中央政府が見抜けなかった点が皮肉な悲劇である。
 カタルーニャ人は自由意志で平等な資格でスペインと結合したいので、自治権を否定する中央政府から自治権をもぎ取ることに意味を置いていたのだ。
 今後の展開は不明だ。左傾化の傾向も見られる。カタルーニャ自治州の行政は、スペインの他の地域より福祉や教育に気前が良い。スペイン政府はそれが気に入らず、緊縮財政の名のもとにカタルーニャの福祉政策を止めさせようとした。ラホイのネオ・リベラル政策の押し付けに対する反発から、独立運動に火がついたともいえる。
 カタルーニャの進歩勢力─社会主義者、フェミニスト、エコロジスト、市政中心主義者、生活共同組合主義者─は、独裁政府への抵抗として住民投票を支持したが、独立に関しては懐疑的である。(訳者註・左翼に関しては、社会労働党もその友好党カタルーニャ社会党も二大政党制に賛成、安住している。一方、選挙連合〔ジュンツ・バル・シ〕内のカタルーニャ共和主義左翼は妥協派、人民統一候補は独立賛成で、足並みはバラバラ。人民統一候補は「大カタルーニャ」というセンチメンタルな幻想を抱いており、いささか危険。ポデモスやバルセロナ・エン・コムなどの新しい左翼党は、住民投票に賛成しているが、独立に関しては態度をはっきりさせていない。彼らは一般に「民族主義」に批判的だ。)
 カタルーニャ人は、スペイン中央政府が「国民統一」の名のもとでカタルーニャの富を搾取していると感じている。カタルーニャは豊かな州で、カタルーニャ人が治める税金がアンダルシアのような貧しい地域の開発に使われているとされている。
 それが気に入らないカタルーニャ人、あるいは、自分たちの税金の大半が政治家後援会ネットワークや利益誘導型公共事業に使われて中央政治家の権力維持に奉仕していると思っているカタルーニャ人もいる。

ラホイ首相のカタルーニャ弾圧 歓迎する政治家と批判する国際世論

 中央政府とカタルーニャの関係改善が進まないのは、与党国民党と野党社会民主党の事実上の癒着が原因の一つ。社会労働党は、ラホイと同様に国家統一を絶対的と考えている。党の支持基盤はアンダルシアで、そこの貧しさを克服するためには、カタルーニャの金が必要である。社会労働党の政治局員がアンダルシアの大地主や地方ボスを駆逐し、代わって彼らが党官僚として君臨、「男爵」と人々から呼ばれている。
 ラホイのカタルーニャに対する好戦的態度がスペイン国民に人気があるのも、不幸の一つだ。10月3日フェリペ6世スペイン国王はテレビ演説をしたが、カタルーニャ問題を対話で解決せよとは言わず、ラホイの武力弾圧への懸念も表明せず、事実上、彼の弾圧にお墨付きを与えた。スペイン政治家たちは、ほぼ全員国王演説を歓迎した。批判したのはポデモスだけ。ポデモスは有権者の約2割を代表する政党。
 「カタルーニャ嫌悪」はラホイの右翼政治の支持基盤だ。だから、カタルーニャ弾圧はラホイ支持者の間では歓迎されるだろうが、それは国内だけで、国際世論は、独立云々はともかく、弾圧を「酷い」と言っている。『ワシントン・ポスト』の論説が象徴的である。ラホイの兵隊にとっては国際世論などどうでもよいだろうが、彼を下支えしてきたグローバル金融機関にとっては大問題である。
 贅沢な絨毯を敷き詰めたEU殿堂からは軽い舌づちや口ごもった声しか聞こえてこないが、思いもよらぬところから提案が出てきた。シティバンクが、「スペイン憲法を見直す話し合いを始めたらどうか」「カタルーニャ人に自らの民族的未来に関する正式な州民投票を法律的に認め、もっと広い財政的権限をカタルーニャ自治州に移譲してはどうか」という提案をしたのだ。

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