イスラエル版「Jアラート」子どもに恐怖と憎悪をすり込み

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ジョナサン・クック 
「Mondoweiss.net」(2006年に立ち上げられたイスラエル内パレスチナ人問題に関する独立ウエブサイト)より
翻訳・脇浜 義明

 Jアラートは、朝鮮に対する恐怖と憎悪を煽る国民教育である。本当に朝鮮が日本本土を攻撃すると思っているなら原子力発電所を何とかするはずだが、原発を民衆の反対を押し切って操業させているのは、朝鮮の攻撃がないと安心しているからである。だから、Jアラートは国民操作の一つにすぎない。日本のイスラエル化と言われるが、Jアラートもイスラエル化の一例だ。(編集部)

武器で遊ばせ暴力映像を見せる

2月15日、パレスチナ自治政府のアッバス議長(写真)は、中東和平の実現に向け、あくまでもイスラエルとパレスチナの「2国家共存」を目指す考えを強調した。また、占領地での入植地拡大をやめるようイスラエルに要求した。写真は1月、ヨルダン川西岸地区のベツレヘムで行われた、アンジェイ・ドゥダ・ポーランド大統領との共同記者会見で撮影(2017年 ロイター/Mussa Qawasma)

 先週、数百人の児童に社会安全教育している有り様を動画で見た。交通安全、道に迷ったらどうするか、登下校中に不審な大人をみたら通報する、といった教育ではない。テルアビブ付近の公園で警官4人が反テロ演習をしている有り様をビデオで見せるのだ。4人の警官がオートバイで逃げる「テロリスト」を追跡、銃撃、道に倒れたテロリストの傍でオートバイから降り、残る弾丸を全部「テロリスト」の身体に撃ち込むという映像だ。
 これはイスラエルでは「仕留めの確認」と呼ばれているが、外国では「裁判なし死刑」とか「超法規的処刑」と呼ばれる。子どもたちは拍手した。
 昨年同じような映像を見たのを思い出す。ヘブロンで若いイスラエル衛生兵エロール・アザリアが、パレスチナ人障害者の頭部に弾丸を撃ち込むシーンだ。 今年2月アザリアは軍法会議にかけられたが、過失致死罪で18カ月の刑を言い渡されただけ。しかも、アザリアの差別的で野蛮な行為を反省する気配は、イスラエル社会にはない。政府のお偉方を含めほとんどのイスラエル人は、アザリアを英雄と呼んだ。プリム祭では子どもたちが、アザリアの姿を仮装して彼を讃えた。
 こういう例はいっぱいある。イスラエルの警官、兵隊、民間警備員は、日常的にパレスチナ人を「処刑」している。イスラエルの人権団体ベツェレムは、先週イスラエル警備隊がエルサレムの16才の女生徒ファティーマ・ハジージに弾丸の嵐を浴びせかけて殺害したことを非難している。確かにファティーマはチェックポイント近くでナイフを取り出したのは事実だ。しかし彼女は、その場で凍ったように立ちすくんでしまった。そんな状態の彼女は危険な人間ではなかった。殺す必要はなかった、とベツェレム。しかし、チェックポイント警備兵はこの処刑を後悔するどころか「若者に積極的な力を与える」デモンストレーションになったと、かえって自慢している。
 建国記念日には、各地でいろいろな行事が催される。戦車、銃、手榴弾等が展示され、子どもたちにそれを手に取らせて遊ばせる。軍犬が「テロリスト」を襲う映像を流し、家族がそれを見て喜ぶ。西岸地区の入植地では、軍が子どもたちの手足に爆弾傷を絵の具で描いたり、手足が切断されて血を流している人形を地面に転がしたりする。軍によると、これは通常の催しであって、「家族がそれを楽しんでいる」という。

アウシュビッツ訪問の悪用 自民族中心主義の植え付け

 多感な年齢の子どもたちにそんな暴力と殺害を見せる目的は、はっきりしている。それによってトラウマを抱えることになった子どもたちは、ユダヤ人以外は誰も信用せず、非ユダヤ人、とりわけパレスチナ人を恐れ憎むようになる。そういう子どもを作りたいのだ。そういう子どもは、将来軍に忠実で、上官の命令に従い、占領地でパレスチナ人を見たらむやみに発砲したがる兵士となるのだ。
 こういう子どもに対する情緒的・精神的虐待に自分も加担していると意識する教員は、まだ僅かしかいない。
 ホロコースト記念日にイスラエルの学校が生徒に伝えるメッセージは、異人種の人権を認め、虐げられる人々のために立ち上がろうというホロコーストが教える普遍主義的教訓ではなく、ユダヤ人以外の人間を常に警戒せよというメッセージだ。そして、非ユダヤ人によるユダヤ人虐殺を防ぐのはイスラエル国とイスラエル軍だけだ、と教えられる。
 去年、イスラエルで最高の名門校の校長ゼエヴ・デガニが、自分はもう毎年恒例のアウシュヴィッツへの修学旅行を止めると宣言し、物議を醸しだした。アウシュヴィッツ訪問は、イスラエル生徒にとって通過儀式である。それが悪用されていると、校長が見抜いたのだ。極端な自民族中心主義を生徒に植え付けるためにホロコーストを「病的に、意図的に悪用している」と判断したのだ。
 このアウシュヴィッツ訪問は、生徒の卒業寸前に行われる決まりで、それは卒業後すぐに3年間の軍務に徴兵されることと無関係ではない。イスラエルがホロコーストされないために強い軍隊が必要であることを伝えるためである。
 しかし、デガニのような数少ない教員のおかげで、徐々にではあるが、異なるメッセージが伝え始められている。デガニは、内部告発する兵士集団「沈黙を破ろう」を学校へ招き、戦争犯罪への加担経験を話させた。
 それを知った教育相で入植者政党の指導者であるナフタリ・ベネットは、「沈黙を破ろう」の学校出入りを禁止にした。さらに、ユダヤ人以外の人間を励ましたり同情する本や映画や演劇を生徒に見せることも禁止した。この処置が効果を発揮していることは、世論調査に表れている。今や生徒の方が親よりも極右である。パレスチナ人との和平をあり得ないと思う生徒は、80%を超える。
 生徒への刷り込みは、和平を破壊するだけではない。イスラエル国民であるイスラエル内パレスチナ人との共存をも否定する考えを育てる。国民5人に1人がパレスチナ人であるのに、そのパレスチナ人から選挙権を取り上げるべきだと思う生徒は50%。アヴィグドール・リーベルマン国防相は、パレスチナ人国会議員を「ナチ」と呼んで、ナチと同じ運命をたどるであろうと言った。
 この自民族中心主義が法制化され、イスラエルは世界中のユダヤ人の国家であって、国民の国家ではない、とする法律が成立したのである。イスラエル内パレスチナ人は事実上自分の故郷に住む外国人になってしまった。
 デガニたちまともな人々は、今や平和と和解を推進する教育では、残念ながら敗北している。
 現在の子どもが社会の担い手になることを思うと、イスラエル人とパレスチナ人にとって、未来は暗いと言わざるを得ない。

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