遙矢当 @Hayato_barrier
「今月(=7月)介護スタッフに支払う給料のお金もないんです」―乾いた初夏のある日、私の元に一本の電話が入った。電話の主は、千葉県の成田空港にほど近い町に開設された、社会福祉法人の理事長からだった。発足からわずか2年しか経っていない社会福祉法人が経営破たん目前だったのだ。法人自体に公益性があるため「破たん」の話が聞こえづらい社会福祉法人だが、今回は特別だった。私はその一言に天を仰いだ。
しかし私は、この社会福祉法人の再生に関心をもった、自らも介護事業を経営する医師と共に、千葉へ向かった。
収益追求の誤算
その社会福祉法人は、(1)特別養護老人ホーム(小規模/地域密着型)、(2)小規模多機能型居宅介護、(3)介護付き有料老人ホームの3事業を運営していた。どこの街にもある介護事業の姿がそこにはあった。
「この時世で、首都圏で、老人ホームを展開すれば、必ず収益が上がる」とうそぶく経営者は多い。この法人も同様の甘えがあった。現地で面会した理事長は私に向かって、「この辺は年寄りが多いから、何とかなると思ったんですよ」と、楽観というにはあまりにも軽々しい言葉を披露した。
しかし、今回は安易に介護事業に参入した、よく聞く類の法人とは訳が違った。
この法人を設立した主要メンバーは、地場のゼネコンで、介護施設建設に不当に高い見積もりを計上し、相当高い値段で施工に入っていたのだ。理事長によると、そのメンバーと連絡が取れないという。その理事長自身も、主要メンバーが招へいしたコンサルティング会社からの出向という立場で、いわば、この法人を押し付けられた存在だったのだ。
私はこれを聞き、再び天を仰いだ。正直、新築なのに安普請とも言える施設の建物の中では、こんな経営者のふざけた話をつゆ知らぬ介護職員や看護師たちが、懸命に働いていた。しかし、入居者は少なく、介護職員たちの奮闘が空回りしているようにも見えた。
理事長は「この事業を引き継ぐにあたって、私たちの言うとおりに動いてもらえないもんでしょうか?私も守らなきゃいけないもの、私の上司の立場もあるんです」と、振り絞るように声を出した。
それを聞いて、私と共に訪問したた医師は「ふざけるな!」と一喝した。
それは無理もなかった。自分たちの不手際を棚に上げ、多額の支援金を携え、本来あるべき社会福祉法人として再生させようという立場の人間を面前に、理事長は言ってはならない発言をしたからだ。私は、とても情けなくなった。
この理事長は、自分たちの勝手な所作で、利用者と介護職員たちを投げ出そうとしているのに、最後まで保身に走るのかと。
保身に逃げる責任者
介護施設は建ち続けている。しかし、月額の費用やサービス内容、立地などがニーズに合わず、空室を抱える介護施設も目立ち始めている。特別養護老人ホームの待機待ちなどは、都市部の一部の地域に限られ始めているし、そもそも介護職員を確保できず、規定未満で開業できない施設も出始めている。
誰が何のために介護施設や高齢者住宅を建てるかと言えば、今回の事例のように、ゼネコンの案件確保のためという、露骨な一面が出始めている。特に国策で支援を受けている大手ゼネコンは、積極的に介護施設建設にまい進している。
その一方で高齢者の「住まい」の問題は、解決の糸口がつかめない。消費税が上がって、その金は本来得るべき団体や、支援を受けるべき個々人には届かない。この現実こそ今の介護施設や高齢者住宅の本質ではないだろうか。
千葉県の現地を発つ前に、「この建物の建設費用を、食べることすら叶わない高齢者の支援に使うことができなかったのか」とふと思った。