安倍政権の棄民政策を問う(2) 自主避難者が国会で証言 自主避難者が国会で証言

復興行政の根本的変革を――復興相を追及した記者から

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フリージャーナリスト 西中誠一郎
 復興相を追及して「自己責任」発言を引き出したのが、フリージャーナリストの西中誠一郎さんだ。「自主避難者」の住宅無償提供打ち切り問題を取材してきた。衆参両院で今村大臣の問題発言を巡り質疑が行われたが、支援打ち切り撤回には至らなかった。避難者の貧困や孤立は深刻化、自殺者も出ている。
 今村復興相が辞任し吉野大臣が就任。5月末の衆議院復興特で、郡山からの避難者が黒い喪服姿で意見陳述した。打ち切り撤回と、「原発事故子ども被災者支援法」の理念に基づく「避難の権利」を具体化する時だ。経過を西中さんにまとめてもらった。(編集部)

今村復興相暴言=政権の本音口封じとしての辞任

 「自主避難は自己責任」「裁判でも何でもやればいい」。さる4月4日、閣議後の定例記者会見で、今村雅弘復興大臣(当時)が筆者の質問に対して暴言を吐いた。
 「2017年3月末に、原発事故『自主避難者』に対する、『災害救助法』に基づく住宅無償提供を打ち切る」ということが2015年5月に閣議決定され、6月には福島県から公表された。以来約2年間、被ばくから逃れるために全国各地に避難した『区域外避難者』や、避難指示区域からの強制避難者、福島県内に留まって生活する人々が協力し、「住宅無償提供打ち切りの撤回」を求めて署名活動を全国で展開、政府や福島県との交渉などを繰り返し行ってきた。しかし福島県と政府は責任を押し付け合うばかりで、住宅提供の打ち切りを撤回しないどころか、打ち切り直前の3月に入ると避難元への帰還を露骨に促す今村復興相の発言が相次いだ。
 「故郷を捨てることは簡単だが、戻って頑張っていくという気持ちをしっかりもってもらいたい」(3月12日NHK「日曜討論」)。「これから避難解除されていない帰還困難区域においても拠点区域を整備して、何とかそこに手がかりを作って故郷を守っていこうということでやっていることを、もう少し分かってもらわないといけません」(3月14日の定例記者会見)、など。
 3月17日には、全国約30カ所で提起された、福島第一原発事故の損害賠償を国と東電に請求する住民集団訴訟の初めての判決が、群馬県前橋地裁で下された。津波予見性や国と東電の過失責任、避難区域内外を問わず避難の合理性などを認める判決だった。この司法判断に対しても、今村大臣は3月21日の記者会見で「(国としても)それなりにまだ言い分はあると思います」と答え、国は30日に東京高裁に控訴した(原告側も控訴)。
 4月4日の記者会見での今村復興相の「暴言」は、「原子力災害からの福島復興の加速のための基本指針」(平成28年12月20日閣議決定)の冒頭で、「避難指示の解除と帰還に向けた取組を拡充する」ことを掲げた政府方針に沿う内容に過ぎない。4月25日の自民党幹部のパーティー会場で「震災が東北のほうで、まだよかった」と発言し、翌日辞任に追い込まれた今村復興相だが、政府方針を遂行するために、政権の本音の口封じをされたと思われてならない。

大臣は交代しても避難者無視は変わらない

4月26日に福島県いわき市出身の衆議院議員吉野正芳氏が復興大臣に就任した。就任記者会見の冒頭で「被災者に寄り添い、各省庁の縦割りを廃し、現場主義に徹したきめ細かな対応により、被災地復興の更なる加速に向け、全力で取り組む」「原発事故の被災者の方々の心に寄り添い、福島の再生を成し遂げること。福島再生に向けた対策の復興庁への一元化を徹底するとともに、被災者の早期帰還の実現に取り組むことなどの御指示を(安倍首相から)頂きました」と述べ、続いて記者からの質問に「(今村大臣の)昨日の発言は、これは本当に許すことのできない、我々、東北の被災地にとっては許すことのできない発言」と答えた。
 しかし福島第二原発の廃炉について問われると、「福島県の意向は十分に承知しているが、政府の一員としては、廃炉するかしないかは事業者が決める問題」と述べ、従来の政府見解を繰り返した。福島第一原発事故の収束も全く未知数で、第二原発の廃炉も決められず、県内至るところに行き場のない放射性物質の除染土が詰め込まれたフレコンバッグの山が積み上がっている生活環境の中で、どうやって避難者の早期帰還の実現に取り組むというのか?
 また、吉野大臣は、避難区域外からの「自主避難者」の住宅無償提供打ち切り問題と、生活困窮に追い込まれた避難者への対応について問われると、「全国に26カ所ある相談窓口(「生活再建支援拠点」)で、住まい・就労・介護や医療の紹介、何でも相談できる」、続けて昨年12月に都内で開催された「ふくしま大交流フェア2016」(福島県、東京都の共催)での「ふくしま避難者交流会」に参加したことを挙げ、「自主避難をしている方々に対しては、国としてできることをきちんとやる。不十分であればさらなる支援を私はしていきたい」と答えた。
 しかし、福島県から全国26カ所の民間支援団体に委託された「生活再建支援拠点」は、相談窓口が週数回しか開設されていないことが多く、避難者の交流会などの企画が中心で、緊急を要する深刻な相談には応じられない「よろず相談所」(吉野大臣談)が大半だ。また、昨年12月に開催された「ふくしま避難者交流会」には、内堀福島県知事も参加した。その情報を知った「自主避難者」が会場に駆けつけ、「住宅無償提供の打ち切りを撤回して下さい」とプラカードを掲げて訴えたが、そのことには吉野復興相は全く触れていない。その後の記者会見でも、自主避難者の住宅問題や生活困窮について、同じ答えを繰り返すばかりだ。
 「住宅提供打ち切りの撤回」や「原発事故子ども被災者支援法」に基づく新たな法整備の必要性、避難者・支援者団体との公開の場での意見交換や避難当事者も参画した政策検討などについての要請に対する回答は、一切ない。

生きるための住まいを奪わないで!

 そんな記者会見での吉野新大臣の不毛な答弁が続く中、5月25日、衆議院東日本大震災復興特別委員会で参考人質疑が行われた。昨年7月に原発事故避難者と支援者が住宅問題や生活困窮問題に緊急に対処するために立ち上げた「避難の協同センター」共同代表世話人で、福島県郡山市から神奈川県川崎市に母子避難している松本徳子さんはじめ、5人の参考人がそれぞれ意見陳述し、与野党の国会議員からの質問に答えた。
 松本さんは、数週間前に自死した同じ母子避難の友人の思いを胸に、黒い喪服姿で参考人質疑に臨んだ。
 「国内難民になった私たちのような人間の中には、住宅提供を打ち切られたことによって、今まで頑張ってきた力も、心身共に疲れ果て、友人は自らの命を断つことで子どもたちを守る道を選びました。私の知る彼女は、ただ子どもたちと静かに生活することだけが願いでした。このことは決して忘れてはいけないと思っています。この理不尽な世の中で、私たちは我が子や子孫に何を伝え、何を残していけるでしょう?」と、涙を堪えて訴えた。
 そして「避難の協同センター」の支援活動の中で、日々深刻になっていく相談の傾向について、国会議員に配布した資料を元に語った。
 「『原発事故子ども・被災者支援法』があるにもかかわらず、実行されていないので、このような生活困窮に立たされてしまった。生活保護を受けたくても、障害を抱えた家族が車を所持していれば、生活保護を受けられない。生活保護を何とか受けられても福島県からの補助金が受けられないなど、国が避難者を貧困に追いやっているのです。生きるための住まいを奪わないで頂きたい」。
 15分間の陳述で、松本さんは3・11震災後、福島原発事故の緊急事態宣言が発動される中で、子どもを被ばくから守るために夫や長女夫妻と離れて避難する決意に至った苦悩や、たまたまメーリングリストで神奈川県の民間借り上げ住宅提供情報を知った経緯、松本さんの長女夫妻を含め多くの人が、避難時期が遅れたために住宅無償提供を受けられず、福島県や国が把握できない避難者がたくさんいる実態、母子避難での生活を支えるために福島県内に残って仕事を続ける夫が住む自宅の庭には、今も放射性物質汚染土が詰まった袋が積まれているのに「避難の権利」が認められない現実、避難指示区域外で多発する小児甲状腺がんと福島県医大が牛耳っている「県民健康管理調査」のあり方、口先では「避難者に寄り添う」と言いながら今村前復興相はじめ原発事故避難者の心を深く傷つける国会議員の発言が後を断たない状況、福島原発事故が収束していないにもかかわらず原発再稼働を強行し、2020年の東京五輪までに原発事故避難者をゼロにすることを目的にしているような現政権のあり方などについて、疑問と怒りと願いを込めて訴えた。
 最後に「避難の協同センター」からの「6つの要請」を提起して陳述を終えた。
(1)現段階で住まいが確定できていない避難者の正確な把握を急いでください。
(2)家賃支払いや転居費用などで経済的に困っている避難者の実態把握を急いでください。
(3)避難者の窮状を鑑み、住宅無償提供打ち切りを見直し、家賃支援など可能な経済支援を実行してください。
(4)生活保護枠に該当する収入世帯の避難者の生活保護受給および家賃支援の対象としてください。
(5)復興大臣が早急に避難当事者団体、支援団体からの意見聴取を公開の場で行ない、施策に反映すること。
(6)「原発事故子ども・被災者支援法」の理念を守り、その実現に力をつくしてください。

「よりそいホットライン」深刻化する避難者からの相談

 「一般社団法人社会的包括サポートセンター代表理事」で、元岩手県宮古市市長、福島県知事選にも立候補した医師の熊坂義裕氏は、東日本大震災後、被災地や広域避難者からの電話相談を念頭においた事業「よりそいホットライン」の運営に携わってきた。全国各地から寄せられる暮らしの中の悩み、9カ国語の外国人相談、性暴力やDV被害、性的少数者、自殺予防、そして震災や原発事故被害、広域避難者などの深刻な電話相談に、専門回線を設けて1年365日24時間体制で取り組み、詳細な報告書を作成し、関係団体と広範なネットワークを構築してきた。1日の電話件数は約3万件、1年で1000万件近いアクセス数があり、直接相談に繋がるケースは毎年25万件に上るという。
 「被災地や被災者から寄せられる電話相談は、精神疾患を抱え、自殺念慮を有するような非常に深刻な内容が多い。年代別では30代、40代が約6割を占め、被災地からは若年者の女性が自殺を求めるケースが多いので、専門の回線を設けた。震災以来パニック障害になってしまい、何回も転職したり、家族から働くように言われ、厳しい就活と家族の間でプレッシャーに押しつぶされるケースもある」。「福島県から避難した人を対象に、広域避難専門の回線を立ち上げたが、相談者は比較的若く、当初は疾病や障害の率は少ない皆さんだった。時間とともに疾病の割合が増加し、仕事もなく、多くが身近に相談できる人がおらず孤立している」。「就労と住居の確保が難しくなっている。3月に福島県が住宅無償提供を打ち切ったことが、被災者に深刻な動揺をもたらした。避難は『自己責任』ではないと、政策で示す必要がある。経済的困窮者に対する就労支援と、避難者の住宅確保の総合的な支援が求められていると思う」。
 緊急を要するケースでは、実際に面談し信頼関係を作る必要があるが、問題解決に結びつけるのは困難だ。半年、1年かかるのはあたり前だと言う。縦割り行政の弊害や画一的な窓口対応も、問題解決を拒む原因になっている。
 「原発事故の広域避難者の相談事例から見えてくるのは、孤立、経済的困窮、被災者というアイデンティティの揺らぎが、自殺念慮の原因ではないかと考えます。多くの相談者が、もう被災のことは話せないと感じています。いつまでも被災者ではいられない、と言う方もいる。これは、被災者が救済されるべき存在ではなくなり、社会から疎まれる存在であるという社会的な風潮があるからではないでしょうか? それが子どもたちへの『いじめ』にもつながっていると思います。震災から6年が経ち、ますます個別化、深刻化する避難者の詳細な実態把握とその可視化が必要です」。
 「復興の加速化」を強調し、避難区域の一斉解除や避難元への帰還を性急に促し、住宅無償提供の打ち切りの撤回を求める「自主避難者」の願いを無視して強行する「復興行政」のあり方を根本的に変える責任が政治にはある。避難者がその状況に応じて、自ら選択できるようなきめ細やかな法制度の運用と制定が、緊急に求められている。

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