イスラエルに暮らして 世界中の紛争に武器輸出し儲けるイスラエルを批判

人権弁護士イタイ・マックの挑戦

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イスラエル在住 ガリコ美恵子
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【スリランカ】
 1983年から2009年まで26年にわたって内戦が続いた。イスラエルは20年間、内戦当事者両方に武器輸出していた。その後90年代後半からは政府軍にのみ輸出。スリランカ政府は、市民運動であれ、労働者運動であれ、政府に反対するものはすべて「テロリスト」とみなし、警察や軍はテロリスト撲滅のために、あらゆる武器使用を認めた。
 2008年、政府軍はイスラエルから軍艦、軍用機、マラーティ(的を定める機械)を購入し、これらを用いて国連病院を含む数々の病院施設を攻撃。5カ月間で70万人の市民が虐殺された。
【コンゴ】
 60~70年代にかけてコンゴ人をイスラエル軍の訓練場で訓練し、現地での戦闘で銃を取らせ、武器を売った。また、紛争中のコンゴ東部に配置されている国連軍にも武器を売った。
【ラオス/カンボジア】
 米軍がラオス、カンボジアに侵攻した際も、同様に戦闘訓練し、武器を売った。
【チャド/ルワンダ】
 チャド、ルワンダの内戦でも2008年、同じやり方で武器を売った。
【ビルマ=ミャンマー】
 1948年にイギリスから独立したビルマ=ミャンマーでは、絶え間ない内戦が続いてきた。2015年9月、ミン・アウン・フライン最高司令官がイスラエルを訪問。空軍武器製造会社エルビットシステム、エルタシステム、国防省、海軍基地、ガザ地区戦闘で命を落とした兵士碑を訪れた。フライン司令官率いるブーマ派遣団が行ったツアー写真は、フェイスブックに掲載され、「武器輸入と兵士訓練について、イスラエルの代表者と会談した」と書かれている。同時にイスラエル軍事会社のウェブサイトは「現在、ミャンマーにて特別作戦実施中」と発表した。
【南スーダン】
 内戦が勃発する直前の2013年、南スーダンに数千挺の銃を売っている。

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 イスラエルの人権弁護士イタイ・マックは、ここ数年間イスラエルの武器輸出関連事情を調べてきた。エリトリア、スーダン、南スーダンなどの紛争国からイスラエルに避難した人々が、「国連発行難民証明証を持っているのに保護されないケース」を扱っているうちに、「紛争国とイスラエルの軍事貿易」に関心が向いていったそうだ。公開されたデータを調べると、世界中の紛争に、ほぼ例外なくイスラエルが関わっていたことがわかってきた。

イタイが確認したイスラエルの実態

 「1950年代から60年代にかけて、イスラエル軍はスーダン軍への軍事訓練を行い、同国への武器輸出も行った。訓練にあたったイ軍や武器製造業者は、ウガンダを経由して行った。
 ゴルダ・メイール(69年~74年のイスラエル首相)が外務相だった56~66年の間には、イスラエルはアフリカ各地で農業・建築事業を行った。ところが当時のシモン・ペレス国防相が、ゴルダ外相に「植民地から独立して必要なのは、イスラエル製武器だ」と、武器輸出を増やすよう説得した。これを境に、外務省と国防省の関係が強まっていく。
 しかし67年、イスラエルがパレスチナ占領を開始すると、多くの国がイスラエルとの関係を絶った。第4次中東戦争(73年)からレバノン侵攻前の81年にかけて、イスラエルは経済不況に陥った。そこで推進されたのが、「一石二鳥」政策(アラブ諸国やパレスチナで使う軍需品を開発し、同品を輸出する)だった。
 実際、南アフリカがアンゴラを占拠した際の戦略は、イスラエルのレバノン占領とそっくりだった。76年、イスラエルは軍人3名を相談役として南アフリカ軍部へ派遣したし、逆に82年、イスラエルがレバノンを占拠した時、最初に招いたのは南アフリカの軍人だった。
 彼らは本国に戻り、イスラエルの戦略・戦術を軍部に報告。イスラエル兵がどのようにチェックポイントに溢れるパレスチナ人の行列をさばき、反発するパレスチナ人に何をやっているかも報告した。その結果、85年以降、南アフリカでも反政権運動が「テロ」とみなされるようになった。
 イタイが確認した、世界各地でのイスラエルの主な軍事関与は左上の囲みにまとめた通りだが、その他にも、ルワンダ、ボスニア、シャンやカチン、反ロヒンジャ軍にも紛争時に武器輸出している。
 紛争中の国は財政困難状態だが、イスラエル軍が戦闘訓練を無料で提供すると、結果的にどの国の軍人もイスラエルの武器が欲しくなる。イスラエルの武器を買っている国は、他にコロンビア、チリ、南スーダン、セルビア、アルゼンチンなど合計130カ国にのぼる。

パレスチナ侵略・占領の「実績」で武器を売りさばく

 イタイは、イスラエルで軍事・保安見本市が開かれるたびに、仲間たちと会場前で抗議デモを行うようになった。彼は、2015年に「日本・イスラエル間の軍事協力関係が強まりつつある」と私に警告したことがある。
 その彼が昨年末、〝対ブーマ武器輸出に関する抗議声明〟を最高裁判所に提出した。ホロコースト記念日の4月23日には、オランダのアムステルダムで「占領で使う武器と軍事貿易・オランダにとって危険なイスラエル」と題して講演した。講演会ではPAX(オランダの人権保護団体)の軍事貿易プロジェクト・リーダーであるフランク・スリッジペールを会場に招き、対談も行っている。フランクは、国際軍需産業と軍事貿易を過去25年間にわたり研究してきた経済学者である。
 対談でイタイは、「イスラエル軍人は退役後、軍事関連会社を設立し、新兵器を開発して売る、または政府機関任務に就く。逆に、政府にいた人物が武器製造事業を始めるケースも多い。よって、イスラエル国防軍と政府トップや外交官は一対であるとみなせる。シモン・ペレス元首相、故イツハク・ラビン元首相、アリエル・シャロン元首相らは、政府任務に就く前は軍人だった。パレスチナ占領地で虐殺、人道的犯罪、戦争犯罪に使っている武器を『実証済』として宣伝し、売り出すイスラエルを、国際社会は取り締まるべきであり、輸入国は監察、調査を怠ってはならない」と、スリッジペール氏に訴えた。
 続いてイタイは4月27日、エルサレムのシネマテックで〝イスラエル軍需産業とパレスチナ占領の関係〟と題して講演+上映会を開いた。映画は、イタイの情報を基に、ジャーナリストのヨタム・フェルドマン(注)が製作したドキュメント映画「マアバダ」(実験室)だった。映画を簡単に説明する。
 「現在6800人の業者名と150件の業社名が公開されているが、実際には数十万人がイスラエルで軍需産業に関わり、輸出金額は年々上昇している。業者は占領地での経験を生かし、次々と新兵器や監視システムを考え出して、〝パレスチナで使う→海外で売る〟を繰りかえしている。ベンジャミン・ベン─エリエゼル(1999~2000年首相補佐、01~02年国防相、09~11年工業相)が開発・製造業者になり、アメリカ映画〝Wanted〟には、使われた新兵器(機関銃の中央が90度に曲がるため、路地から身体を出さずに、路地外で死角にいる敵を撃つことが可能)を武器見本市で売っている場面があり、『武器輸出はイスラエルの経済成長を促しますか?』とインタビュアーが聞くと、ベンジャミン・ベン─エリエゼルは答える。『大金がガッポガッポ入ってくるよ』」。
 この映画では、ガザのエレズ・チェックポイント、ラマーラのカランディア・チェックポイント、エジプト国境フェンス、シリア国境フェンスを建築した業者が、米国でメキシコ国境フェンスを建てたのは俺だ、と誇らしげに言う場面もある。
 イスラエルの文科相ミリ・レゲブは、講演会を中止させようとエルサレム・シネマテックを脅したが、中止にならず、かえって参加者は予想を上まる300名だった。イタイが講演会で最後に話した言葉を紹介する。
 「ダイエット商品を買って、50年使っても痩せないなら、商品価値なしと断言できる。いくら新兵器を次々開発しても、自由を願うパレスチナ人の想いを潰すことは不可能だ。効き目のない商品を50年以上、外国に売って、その度に虐殺や戦争犯罪が繰り返されてきた。僕は、国家と業者を裁判に訴える」。
 その後、『多くの民間人が虐殺の対象となっている南スーダンへ武器輸出する会社に対する調査申請に賛同する』署名用紙が配られた。身分証明番号が必要なので、これに署名すると当局から睨まれることになるが、私を含む計54名が署名した。イタイの挑戦は続く。
[注]ヨタム・フェルドマン
  ジャーナリスト。イスラエルの人権弁護士として最優秀と称えられるアビグドール・フェルドマンの息子。アビグドール・フェルドマンは、モルデハイ・ヴァヌヌの顧問弁護士としても知られるが、2003年にガザでイ軍のスナイパーに殺害されたイギリス人ジャーナリスト、トム・ハンダルの弁護をし、兵士に11年半の実刑、トムの遺族に対しイ軍が謝罪金を支払う判決を勝ち取ったことで有名。

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