中国 格差拡大・幹部の腐敗 待ったなしの構造改革

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トランプの米国に対抗する「一帯一路」構想

愛知大学名誉教授 加々美 光行

「アメリカの世紀の終わり」(西谷修氏)を印象づけたトランプ氏のアメリカ大統領就任。対立と抗争が激化するだろう世界が、どう動いていくのか? 2025年にはGDPで米国を抜き世界第1の経済大国となる中国の動向は、最も注目されるところだ。高度経済成長が陰りを見せ、構造改革待ったなしの中国は、どのような方向を模索しているのか? 加々美氏に、「一帯一路」構想を中心にしながら、中国の動向を聞いた。同構想は、トランプの米国を注視しながら、習政権が構想する世界戦略の核心部分のようだ。(編集部)

習近平
加々美…米国でまもなくトランプ政権が発足しますが、米中関係は、相当悪くなるだろうと予想しています。根拠は、トランプ氏が「アメリカン・ファースト」(アメリカ第一主義)を掲げ、中国からの輸入を締め付け、制限する方向に向かうことは確実だからです。その結果、米国との貿易取引が不利になり、対米関係を考え直さなければならなくなるでしょう。
 ただし、「アメリカン・ファースト」が軍事面まで及ぶかどうかは、不明です。「アジア・リバランス」というオバマ政権の世界戦略が、見直されることは確かですが、アメリカの軍事的プレゼンスが減少し、南シナ海における中国の拡張戦略を批判する、場合によっては軍事行動をとるというオバマ政権の姿勢を引き継ぐのかどうかは、まだはっきりしません。
 仮にトランプ新大統領が「アメリカン・ファースト」を南シナ海でも貫き、批判の応酬という事態になれば、外交上の危機的状況が生まれてくる可能性があります。ただし、戦闘にまで至る可能性はないというのが、現段階の見方で、私もトランプ氏が軍事面で過剰な行動を採ることはないだろうと予想しています。

中東関与を強化

 中国は、「一帯一路」戦略のもと、西方への関与を強めています。反テロを掲げてシリアへの関与を強化し、トルコとの友好関係も強めています。今年初め、ISで訓練されたウイグル人によるとされるテロ事件も起こったとされており、中国にとってウィグル自治区での反乱は深刻です。
 こうしたなか米国が、中東への軍事的関与を減少させていくことになれば、中国にはありがたいことです。南シナ海だけではなくて、中東でもアメリカとぶつかることは、避けたいからです。
 いずれにせよ、トランプの国際戦略、外交戦略が読めないことが、中国にとって最大の頭痛の種です。

経済成長の鈍化

編…中国の経済成長にかげりが見えていますが…
加々美…これは、習近平政権の未来にとっても最大の問題です。第19回党大会が、10~11月に開催されます。政権は世代交代の過渡期ですが、政権中枢に王岐山(中央常務委員)が入るでしょう。中央常務委のなかで第六位と地位は低いのですが、習近平が非常に信頼している人物です。今年、引退年齢である68歳を超えていますが、留任は確実です。逆に李克強首相は、経済政策で習近平と衝突しています。
 中国の経済成長率は6・59%に下がっており、6・3%まで下がるかもしれません。高成長政策を維持するかどうかは、大きな政治的問題です。高成長政策を採るならば、高速道路・港湾・高速鉄道などのインフラ投資が効果的ですが、公共投資に過度にお金が流れると、貧富の格差を拡大します。逆に福祉にお金を流せば、貧富の格差を緩和する方向に向かいますが、経済成長刺激効果は低いわけです。

東西両にらみの世界戦略

編…習近平と李克強は方針が違うのですか?
加々美…これを、どういう按配でやるのかで意見対立が起きています。習近平は経済が失速しない程度に、インフラ投資を維持していく方向です。しかし限界も見えているために、インフラ投資を国内ではなく海外でやる。ASEAN諸国、インドネシアの高速鉄道やビルマの港湾建設に投資し、中国の駆逐艦、航空母艦が寄航できるような港を東南アジア、南アジア各地に造る。インフラ投資も南アジア、インド、パキスタン、アフガニスタンから、アフリカ・ヨーロッパまで拡大していく。それが、AIIBの根本的発想です。AIIBを主導した習近平は、国外でのインフラ投資で高度経済成長を維持するという考えです。
 一方李克強は、これに全面的に反対しているわけではないのですが、いったん経済を引き締め格差の是正など構造改革に取り組むという考えです。
 AIIBに見られる国際的戦略は、経済面に重点を置いたものですが、人民解放軍、特に海軍の影響力が強くなっています。南シナ海での刺激的行動や、東南アジア諸国での軍事施設建設は海軍の影響です。
 軍の「タカ派」が海軍を中心に強まっていて、習近平も抑えがきかなくなっています。ヨーロッパまで視野に入れた「一帯一路」構想は、中国の戦略が「東」ではなく「西」に向いていることを示していますが、「西」へ向かうことで、「東」に存在するアメリカにも強力なサインを送ることができると考えています。
 同様に、江蘇省連雲港から新疆ウイグル自治区・モスクワ、ウクライナ、さらに欧州、オランダのアムステルダムに至る「シルクロード」戦略も進んでいます。この陸路と海路という「一帯一路」戦略の核は「エネルギー」です。南シナ海の石油(一部天然ガス)、「シルクロード戦略」では、天然ガスです。中国は、国内に豊かな石油・天然ガス資源がありますが、絶対的に不足しており、その不足を補い、確保することが「一帯一路」戦略の重要な柱です。
 こうした戦略の中で中国は、トランプの出方を注視しながら、軍事的、経済的な進出を考えています。昨年12月、空母・遼寧が太平洋に入り、世界を驚かせましたが、潜水艦はハワイの東まで進出しています。尖閣列島を含む第1列島線を越え、グアムを含む第2列島線まで突破して太平洋に進出しようとしています。

2025年GDP世界一となる中国

 中国は、2025年までにGDPでアメリカを追い越し、確実に世界第一の経済大国になります。習近平は、今年の第19回党大会だけでなく、2022年の第20回党大会も視野に入れています。そのための基盤を作ることが重要であり、これに向けて国家監察委員会を新設しました。国家監察委員会は、公職腐敗、とくに国家内部の不正を徹底的に追求するのが任務ですから、経済的汚職も含めて粛清の嵐が吹くような人事になっています。

編…国内インフラ投資によって貧富の格差が激化するとの指摘ですが、海外投資では雇用効果もなく、矛盾がより激化するのでは?
加々美…中国の海外インフラ投資のモデルはアフリカのタンザン鉄道ですが、その特徴は、資本も労働力も経営も中国から持っていくというものです。現地採用の労働力は極力抑えて、中国本国から労働力も移転させるので、国内投資に比べて海外投資の方が矛盾は緩和されます。
 問題は分配権です。中国のインフラ投資は震災復興資金などを含めて単年度で40兆、50兆、何十兆円という規模で、日本よりもはるかに膨大です。その分配権を官僚が握っており、中央と地方の高級官僚が上前をはねていくことで、腐敗が蔓延しています。所帯が大きくて、習近平にも統制はできないのです。
 インフラ投資は貧富の格差を拡大するので、資金を社会福祉に向ければ、矛盾は解消の方向に向きますが、経済波及効果は低い。だから、分配権を持つ高級官僚は、福祉に回すお金を削ってしまう。そこに、問題と矛盾があるわけです。

烏坎事件と報道統制

編…国内での反乱は?
加々美…地方幹部の腐敗に対する反乱が、各地で起こっています。特に烏坎事件(2011年)の成功に刺激され、自分たちもと立ち上がった村も少なくありません。烏坎村にほど近い恵州市河下村では、烏坎村と瓜二つの土地問題に直面し村をあげての闘いに挑みました。しかし、同村の場合は、話し合いの糸口すら掴めず、厳しい弾圧をうけ20名もの逮捕者を出し、苦境に陥っています。烏坎事件は、習近平が政権の座に着いた直後の事件であり、習政権は、新しい争議・騒乱に対しては、徹底した報道規制を敷いています。以前は、インターネットを利用した写真や動画が流出し、記者が取材することができていたのですが、今は、取材そのものが不可能となっています。これは、習政権の危機感を如実に表しています。
 経済格差の拡大は、臨界点に達しています。年間20万件から数十万件に達すると言われる争議騒乱は、当然頻発していると推測できますが、実態は隠されたままです。高度経済成長が終わりつつあるなか習政権の、最重要課題の一つであることは間違いありません。
(注)烏坎事件
 村民委員会の不明朗な土地取引に端を発し、村民と警察が激しく衝突。警察は、村への水道、電気、食料の供給を断ち兵糧攻めを行うとともに、メディア取材も禁止した。汕尾市政府関係者が、村民の要求を受け入れる代わり、デモ中止を要請。2012年2月、村民が村民委員会選任の直接選挙を行えるようになった。

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