中川恵一東大病院准教授の日経紙上での発言を検証する

放射線被曝20mSvは「一日三食、毎日コメを一年食べた場合の発がんリスク」程度とは本当?

LINEで送る
Pocket

市民と科学者の内部被曝問題研究会会員 渡辺悦司

中川准教授の発言要旨とその意図

 中川恵一東京大学医学部附属病院准教授は、11月10日の日本経済新聞紙上にて、次のように述べた。(写真参照)
 「(1)1日3食、毎日コメを1年食べた場合の発がんリスクを放射線被曝に換算すると、20ミリシーベルト(mSv)程度に相当する、(2)内閣府食品安全委員会は、『ヒ素について食品からの摂取の現状に問題があるとは考えていない』としている、(3)(被曝反対派が)『放射能は1ベクレルも許さない』と言いつつ、コメのヒ素は意に介さないとしたらバランスを欠く。リスクの比較をしながら全体を見る広い視野が大切だ」というのである。
 つまり、(1)政府の放射線被曝基準は年間1mSvではあるが、福島の避難区域において政府が帰還を目指している年間20mSvの被曝線量でも、「米を毎日3食1年間食べた場合の発がんリスク程度であるというのだ。(2)政府の食品安全委員会がその量の米の摂取を「問題がない」としているのであるから、年間20mSv程度の放射線被曝もまた「問題がない」と示唆しているのである。ここから、(3)被曝や帰還政策に反対する人々は「バランスを欠き」「視野が狭い」と批判する。
 ちなみに、中川氏は、11月18日青森県で「放射線と暮らしを考える」をテーマに講演する予定だ。

畝山智香子氏の議論がベースに

 上記(1)の部分から検討しよう。日経新聞の中川氏のコラムには、この点について、何の典拠も計算の根拠も記載されていない。明らかに不誠実である。
 実は、このような議論は、2011年10月発行の畝山智香子氏の著作、『安全な食べものって何だろう、放射線と食品のリスクを考える』(日本評論社刊)を端緒として、原発推進派によって繰り返し展開されてきた(畝山氏は国立医薬品食品衛生研究所安全情報第三室長)。今回の中川氏の見解もこの議論に依拠したものであると推測される。
 だが、それにしても、「1年間米を3食食べると20mSvの被曝に相当する」という中川氏の見解はかなり極端であり、はたして本当なのだろうかという疑問がわく。

中川氏、「生涯」と「年間」を取り違えか?

 畝山前掲書にも、専門家として、生涯リスクと年間リスクの混同に対して、「おコメの方はこれからもずっと食べ続けるという条件ですし、被曝量は緊急時の一時的な時期での1年あたりの値」であると注意喚起している箇所がある(前掲書77ページなど。もちろんミスリーディングな表現もある)。中川氏が、年間リスクと生涯リスク(成人50年間・子ども70年間)を取り違え、放射線リスクを50~70分の1以下に過小評価している疑惑が生じるのは避けられない。
 畝山氏は、米を毎日3食食べることによる発がんリスクを1.5×10のマイナス3乗(すなわち1万人当たりで言えば15人)と推定している(同75ページ)が、これは前後関係から明らかなように「生涯」リスクである。
 この数値は、この分野の専門家の一人である小栗朋子氏(現在国立環境研究所)の論文に掲載されている、「生涯リスク」と明記されている数字(表1)および白米の寄与度(34%)から計算できる数字(1万人当たり4.4~15.0人)の上限値である。

ICRPで計算して0.16mSv、実際には4マイクロSv程度

 では、前回検討したICRPのリスクモデルを使って、実際に、1年間の米の摂食がもたらす無機ヒ素による発がんリスク(A)と放射線による発がんリスク(R)の比較を試みよう。
 いま、Aについては、畝山氏の推計を採用し、生涯期間で1万人当たり15人とする。「1年間当たりではこの15人の50分の1すなわち0.3人である。Rについては、ICRP2007勧告(表2)に従うと、1万人・Svのがん発症リスクは生涯期間で1695~1956人(遺伝性を除く)である。
 つまり、1年間の無機ヒ素被曝による発がんリスクAは、放射線リスクRに換算して0.15~0.18mSvでしかない。中川氏の言う年間20mSvなどでは決してない。中川見解は125倍程度の過大評価なのだ。
 すでに本紙上で検討したように、これでも被曝リスクは過小評価である。ECRRをベースにすれば上の40分の1であり、年間0.004mSvすなわち4マイクロSv程度が現実に近いであろう。

「暮らしのリスク比較論」の落とし穴

 中川氏の主張する上記(2)と(3)の内容については、次のことを指摘しなければならない。
 第1は、現存リスクと将来リスクの混同である。「暮らしのリスク」例えばコメを食べることによる無機ヒ素の発がんリスクは、すでに「現存する」リスクである。年間20mSvの放射線被曝のリスクは今後の「将来リスク」である。両者を「比較」して、現存するリスクによって将来のリスクを正当化すれば、今後、生活の全てのリスクが2倍になる。
 第2に、放射線被曝による発がんと無機ヒ素による発がんは、たんに「2倍」という「相加」効果のみならず、喫煙と放射線の場合のように「相乗」効果を持つ可能性もある。結果は計り知れないのだ。
 第3は、いろいろな「暮らしのリスク」と「放射線リスク」を「比較」し、それによって各線量相当の「放射線リスク」をその都度「安全」「問題ない」として正当化していくと、放射線リスクが次々膨れ上がっていくことだ。そもそも、このような方法に何の正当性があるのだろうか。中川氏は、別な論文では、「毎日3合以上の飲酒は1Svの被曝、喫煙も1Svの被曝に相当する」と書いているが、これだと飲酒し喫煙する人の放射線リスクはすぐに致死量(4Sv程度)を越えてしまう。辻褄が合わないというほかない。

中川氏の虚偽主張と日経新聞の責任

 中川恵一氏の日経紙上での発言は全く虚偽の主張である。その責任は厳しく追及されなければならない。たとえプリミティブな計算違いであったとしても、許容される性格の間違いではない。また、これを事前にチェックせず、このような欺瞞的なコラムを、紙面とインターネット版に掲載し、広範な読者に誤った情報を配信した日本経済新聞の責任もまた、厳しく問われなければならない。

LINEで送る
Pocket