世界に広がる「アグロエコロジー」とは?(2)

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社会の底辺から 食の変革運動

 

オルター・トレード・ジャパン政策室室長 印鑰 智哉

結局は行き詰まるプチ工業型農業

 前回、アグロエコロジー運動が世界で急速に広がっている様子を見た。しかし、前回書いた簡単な定義では、アグロエコロジーとはどんなものかイメージをすることが困難だろう。エコロジーの原則を農業生産に適用する科学であり、実践であり、同時に社会運動であるとされるアグロエコロジーの実像を、具体的に描くのは難しい。地域が異なれば生態系も異なる。農民の伝統も異なる。地域により千差万別の形態を取るからだ。
 ここでは1つの例を紹介する。メキシコのチナンパ農法がある。ヨーロッパの植民者が入る前のアステカ時代から行われていた先住民族による農業実践であり、湖の湖岸で湖底の沈殿物や腐食した草などを積み上げた人工島を作り、その土地で行う農法だ。現在もメキシコシティの南のソチミルコで実践されている。この農業では生産性が極めて高く、1ヘクタール3・5~6・3㌧のトウモロコシ生産が古くから可能となっている。米国の近代農業では1955年の数字で1ヘクタール2・3㌧、ようやく65年以降になって4㌧を超す。
 戦後、世界で化学肥料と農薬の使用が当たり前になり始めた時、それらを使わずに古代からの伝統的な農法で高い生産性を上げることを実現しているケースが世界各地に存在していることを、学者が実証していく。科学としてのアグロエコロジーの誕生だ。その中心的な存在が、チリ人のミゲル・アルティエリ氏である。農民の伝統、主体性を重んじ、科学の知見を加えることで、さらに持続性と生産性を高める、というその提案に、ラテンアメリカ、特に遺伝子組み換え作物に襲われ始めたブラジルで大きな支持が集まった。
 ブラジルは世界でももっとも土地所有が偏り、1%に満たない1000㌶以上の農地を持つ大規模地主が44・42%、ほぼ半分の農地を占有している。半分近い数の農民が持つ土地は、全農地の2・36%に過ぎない。土地もなく農業労働者として大規模地主のもとで働く人びとの数も多く、その生活は困難を極める。奴隷労働も告発されている。
 ブラジル憲法では、生産に使用されていない土地は農地改革の対象となり、土地を分配しなければならないことになっているが、政治権力を握るのは大土地所有の議員たちであり、農地改革は遅遅として進まない。
 こうした中、土地なし農業労働者を組織し、生産に使われていない土地を見つけると、その土地を占拠し、農地改革を要求する非暴力直接行動をMST(土地なし地方労働者運動)が広げ、少なからぬ土地が実力で農地改革され、土地を持たない人びとに分配されていった。
 新たな土地を得た人びとがどんな農業をやっていくかが問題になる。当初は大地主のやっている農業を模倣し、化学肥料や農薬を使うケースも少なくなかった。90年代からブラジルでも盛んになった環境運動とMSTの運動とは、衝突する場面もあった。
 しかし、こうしたプチ工業型農業の推進は、すぐに行き詰まる。耕作を始める時に種子、化学肥料、農薬の購入に多額の費用がかかり、収穫時に返済できなければ結局、土地を失いかねない。返済するためにも市場で生産物を売らなければならないが、市場へのアクセスは困難なケースが多く、現金収入を得るのが困難だ。

科学・実践・運動が一つになって発展

 一方、70年代以降、ブラジルでも主に移民が有機農業の実践を始めている。その実践から有機農業の理想を学んだ人びとの中で、有機農業と農地改革という社会変革を組み合わせる農業のあり方を考えた人びとがいた。オルタナティブ農業と呼び、80年代後半からNGOが積極的に普及を始めた。そうした人びとの間でミゲル・アルティエリ氏の著作が紹介され、今後めざす道としてアグロエコロジーという農業・食のあり方が提示され、熱狂的に支持された。
 やがてアグロエコロジーを採用した農園の成功率の高さがわかってくる。病虫害に対応するためのノウハウの共有がない場合は継続が難しくなるが、そうしたサポートがあれば、支出が抑えられるだけでなく、農薬被害もない。そして安全な食を享受できる。工業型農業モデルを採用したケースでは、農家が債務で苦しみ、失敗するケースが多発し、さらに農薬による被害も経験することになる。
 さらに98年からは、ブラジルで非合法下に遺伝子組み換え大豆の耕作が始まり、環境や健康への懸念も一段と高まった。こうした中、MSTはアグロエコロジーこそ今後の進むべき道として、組織を上げて推進することを決定した。2001年以降、ブラジルでは全国的にアグロエコロジーを進めるためのさまざまなノウハウ共有、種子の交換・共有などのために、頻繁にアグロエコロジー会議が各地で開催されるようになる。
 2003年に政権を取ったブラジルの労働者党政権は議会の多数派の大地主層との共存を選択し、その結果、ブラジルは遺伝子組み換え農業など、大規模工業化農業が推進され、米国に迫る勢いで世界最大クラスの農業輸出大国となり、2008年には世界最大の農薬使用国となった。反飢餓政策などに進展はあったものの、地方では農地改革は止まり、小規模生産者には厳しい時代となる。
 しかし、アグロエコロジーはこのような厳しい状況の中でも着実に成果を出して発展を続け、実践は全国に広がっていった。ついにブラジル政府も2012年、アグロエコロジーを政策に取り入れることを決める。大学にはアグロエコロジー学科が作られる。
 科学、実践、運動が一つに発展し出した。この経験は周辺国のみならず、アフリカやヨーロッパにも伝わっていく。社会の底辺からの食の変革運動が、こうして世界に広がっていく。

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