【フィリピン現地ルポ】民衆はドュテルテ大統領に何を求めているのか?
10月中旬にフィリピンへ行った。日本のマスコミでもドュテルテ大統領について多く報道されており、主には過激な発言や「麻薬戦争」による依存症者3700人殺害などが話題となっている。彼は何者なのか? 高い期待の背景になにがあるのか? (1)私自身のこれまでの現地での経験を交えつつ、(2)ドュテルテ氏の大統領就任前後の主な動き、(3)現地人権NGO活動家からのインタビューを掲載する。 (編集部・ラボルテ)
過激な発言から「フィリピンのトランプ」と評されたドュテルテ氏の大統領就任から3カ月が過ぎた。「麻薬戦争」によって、警察関係者や自警団などによる殺害で3700名以上が殺害されている。汚職撲滅と麻薬犯罪の撲滅が政策の中心軸で、「言いたいことを言ってくれる」「何かを変えてくれそうだ」と、支持率90%以上をキープしている。
同氏に対する主な期待としては、麻薬撲滅のほか、(1)行政内や政治家に対する反汚職施策の徹底、(2)貧困問題の解決への期待、(3)深刻な渋滞問題に対する国内インフラ整備強化、などが挙げられている。また、同氏はダバオ市長時代に、強権的姿勢によってフィリピン最悪ともいわれた治安状況を劇的に改善した実績をもっている。
実際、私の過去のフィリピン滞在の経験も含めて言えば、麻薬は一般的に流通しており、当時通っていたジムのインストラクターから「買わないか?」と声をかけられるほどだった。選挙期間中には、票買収の行列など汚職の現場をみることができるし、渋滞問題では、首都マニラから隣の市に行くまでに5時間かかるほどの渋滞で、深夜2時~早朝5時のみ渋滞の解ける時間帯となっている。滞在中に、タクシードライバーや路上で飲んでいる人などにドュテルテの評価を聞いたが、上述の期待が伺われた。
ドュテルテ大統領のこれまでの流れをみてみよう。大統領選では、ドュテルテ応援のために、セブをはじめフィリピン各地でバイク数千台による自主パレードが行われた。同地では「票はカネで買う」のが当たり前だが、人々の支持は強かった。大統領選(6月)では次点と600万票という大差をつけて圧勝。就任後には労働雇用省(DOLE)や社会福祉開発省(DSWD)などの大臣に左派系運動出身者を起用する人事を行った。
毎年7月には汚職・貧困・米軍基地問題などを訴えるフィリピン最大級のデモが施政方針演説(SONA)に対して行われ、これまでは大統領府付近(マラカニアン宮殿)で警察部隊との衝突が繰り広げられていた。今年、ドュテルテ政権初のSONAの直前にデモそのものを合法化し、デモ側もパレード的な祝祭ムードとなって3万人以上が参加。警察部隊幹部は警棒やシールドなどの武装解除を警備部隊に指示し、デモ主催者側と握手するなど、警察幹部・デモ主催者ともに「歴史的・平和的な瞬間だ」と強調した。
10月11日には、ドュテルテ大統領はフィリピン国内の貧困と飢餓をなくすために国家経済開発庁(NEDA)の25年間に及ぶ長期計画を採用する行政命令を下した。「2040年までにフィリピンを豊かな中産階級社会にする」と宣言している。11月4日には約5年間にわたる公共財の開発プロジェクトを打ち出している。主には道路、鉄道、橋、港湾、空港、公園などのインフラ整備投資を行い、同時に設備更新による大気汚染の削減、関連の財政出動を行うことによる数百万人の雇用実現を謳っている。来年度ではフィリピン国内総生産5・4%に当たる規模の予算が同プロジェクトに組み込まれる予定で、マルコス政権以来過去最高となる。
法手続きを無視した「麻薬戦争」社会活動家殺害も多発
フィリピンの活動家に、「麻薬戦争」によってもたらされる問題点を聞いた。
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──当たり前のことですが、政府や「自警団」による子どもなどを含めた「薬物中毒者」3700名への殺害は強く批判されるべきです。そもそも、「法に基づく適正な手続」を無視していることが、大きな問題です。私たちは、自らの政治・社会活動もそうですし、評価についても人権概念を基軸としています。警察は推定無罪の原則を遵守し、法的手続きに基づいた執行を行うべきですし、薬物依存に対して本来必要なアプローチは、リハビリテーションでしょう。対してドュテルテ大統領は、人権と法の手続きを冷笑し、暴力に寛容な姿勢をとり続けています。
また、政府は薬物依存に対して、「軍キャンプに入れて更正させる」「ズンバ(踊り)で依存を解消させる」という短絡的なことを言っています。命すら奪う政府の強権的な姿勢は、主に依存症者に対してであって、大手マフィアに対してはあまり行っていません。ただし、深刻な薬物依存問題を劇的に変えたことは事実です。いま、私たちが話しているこの街(セブ市内のスラム)でも、薬物の流通・使用は激減しました。
人権概念や法律に基づく行政執行を無視した強権姿勢がもたらしているものは何か? 最近では10月19日に、アメリカ大使館前の抗議行動で、国家治安部隊(PNP)が警棒で参加者に暴行を加え、さらに警察車輌が抗議隊列に突っ込む事件が発生しました。この流血事件では、約30人が怪我を負い、不当逮捕されました。国家治安部隊は「市民を保護する」のが使命ですが、警察内部など行政機関内ですら、「ドュテルテが言ったことなら何をやってもいい」という風潮です。国家治安部隊は、市民に対して公然と不法な暴力をふるいましたが、市民の正当な不満すらも薬物撲滅・犯罪の取り締まりの名の下に、暴力への寛容を促進してきたドュテルテ大統領の「成果」が表れています。
これは、「薬物中毒者」として殺されるのが、あなたや私自身かもしれないということです。実際に、「薬物中毒者」としてラベリングされ、犠牲になった例を挙げると、石炭火力発電の問題などを訴える労働組合活動家ミラレス(ケソン州)、グロリア(セブ州)、キャピタン(バターン州)が殺害され、農民問題を訴える活動家のフィゲロア(パラワン州)、先住民問題の活動家セイパン (コンポステラ・バレー州)は射殺されました。「薬物中毒者」として殺された3700人の遺族や親しい友人のほとんどが、警察への被害届も出さず、訴訟も行っていません。「反抗したら何をされるかわからない。報復が怖い」と思っているからです。これはまさに、「ドュテルテの言ったこと」であれば誰でも殺すことのできる、恐怖政治そのものではないでしょうか? 私たちはいま、遺族の声を集めている段階です。 ドュテルテ大統領に、人権を尊重し、法に基づく適正な手続を遵守するよう強く求めます。