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シェークスピアを通してパレスチナを学ぶ ある英国出身教員のパレスチナ学生との出会い

ヘブロン大学文学入門担当教員バヤン・ハダッド電子インティファーダ(8月12日)

翻訳・脇浜義明

 トム・スパーリンガー(英国ブリストル大学講師)は、アル=クッズ大学(西岸地区アブー・ディス)で英語を教えた体験記を本にした。『パレスチナのロメオとジュリエット』という本だ。パレスチナ人学生・教員との出会いと彼のパレスチナの政治/社会問題との取り組みを、13章にわたって記したものだ。彼の主な関心は、「イスラエル占領下で生活するパレスチナ人学生に、いかに効果的に英語を教えるか」という教育法であった。彼が英国で経験した教育法は必ずしも役に立つと限らないと発見し、学生のニーズを取り込んだ教育法を創作する旅に乗り出した。
 彼が直面した困難の一つは、多くのパレスチナ人教員が直面している問題、生徒数が過密な小さな教室と、学生が暗記学習に頼っていることであった。また、文学の軽視にも遭遇した。彼は、学生たちにカフカやマルコムXなどの著書への感想を質問することから、立ち向かった。
 さらに彼は、学生にシェークスピアの『ロメオとジュリエット』を自分の生活に則して再生させた。ある学生は、モンタギュー家をパレスチナ一家、キャピュレット家をイスラエル一家に喩え、和解はあり得ないと言った。ある学生は、このラブ・スートリーを西岸地区のIDを持つ者とエルサレムのIDを持つ者との間の恋愛に喩えた。-イスラエルによるパレスチナ人の行動を制限する占領体制のもとの状態である。結果、学生が文学に興味を持つようになったばかりでなく、スパーリンガー自身がパレスチナ人学生の生活を形作っている政治的・文化的現実を理解できるようになった。
 スパーリンガーは、学生に深く影響を与えているイスラエルの占領という現実を、授業の中で避けることは不可能だと思った。実際、大学の門から一番先に目に入るのはイスラエルが建てた巨大な分離壁で、それが大学とエルサレムを引き裂いているのだ。「道に立って眺めると、エルサレムは、上は空、下は分離壁の間に挟まれ、真ん中にアル=アクサ・モスクの屋根が見える、細長い線のように見える」と、彼は著書に書いている。

作品と学生の経験による錬金術

 スパーリンガーの父方の祖父母はシオニストであったので、シオニスト・イスラエルの占領が「生活をあらゆる面で破壊する」と語る学生の話を聞いて、正直なところ、あまりいい気分がしなかった。彼は自分の家系を学生に話さなかった。一つには、彼は「イスラエルの行動は、社会的公正を求め他者の苦しみを軽減する、というユダヤ教の伝統と無関係」と思っていたのと、「自分のユダヤ家系を話すと学生との関係が崩れる」と心配したからだ。「それは、学生に一つの要求をすること、私が彼らの状況を理解し、彼らのことを知る前に、彼らに私の家族の歴史を認めよと要求することになるからだ」。
 彼の本の目的は、この理解への旅の記述である。初めの方で彼は、「私が出会った学生や同僚に関することで、パレスチナや大学生活一般の話ではない」と断っている。しかし、彼はパレスチナ理解の葛藤が読者に伝わり、パレスチナの歴史的脈絡をもきちんと記述している。そのうえ、彼は、自分の見方や感じ方に満足せず、そのパレスチナの状況を何回も何回も考え直した。そして「自分には地元の人間の眼識が欠けている」ことを発見したのだ。
 彼は、自分が学生の役に立ったのだろうか、「もっと学生に提供できる実際的スキルがあったら」と、自分を疑ったものだった。しかし、学生とシェークスピアを読むことに「素直に楽しく思える」瞬間があり、シェークスピアの劇が学生の生活を映し出す機能を果たしてくれたことに感謝した。彼は、それを「作品と学生の経験が作り上げる錬金術」と呼んだ。
 彼は、「学生に恩着せがましい態度をとったり、学生に感性がないと思う」西洋知識人の態度を批判し、学生たちが日常生活で発揮する「創造性、勇気、ユーモア精神」に感嘆している。彼は、「我々が人文科学で抽象的観念として学習する思想を、学生は実際的に身につけている」ことも発見した。そこで彼は「ある種の経験を構造的に無視し、排除する」英国の高等教育制度を批判している。彼はパレスチナの学生は英国の学生に教えるべきものを持っていると述べている。

解放とは矛盾に向き合いながら、絶えず行動し続けること シカゴ・自由広場占拠

Truthout 8月7日号クリスティアーナ・ル・コロン(レッタスブリーズ・コレクティヴのディレクター)

 自由広場占拠17日目。シカゴのウエスト・サイド、ノース・ロンデイルにあるホーマン・スクエア(シカゴ市警の倉庫みたいなところで、拷問や尋問し、記録を残さない)の向かい側を占拠した野営キャンプで、野外キッチンやテント、図書館、子どもの遊び場、政治教育室、戦術会議室などを備えている。
 占拠9日目に初めての暴力事件が起きた。自転車の無料修理、工芸品作り、地域への食事提供、政治的討論など実りある1日が終わりかけたとき、騒動がおきた。自転車をめぐって子どもが喧嘩し、大人が介入して、暴力事件に発展した。負傷した人たちが応急措置テントで手当を受けた。私は約30人を集め、騒動の報告会を開いた。キャンプに騒動が起きたら、問題を共有するアカウンタビリティ・ステップという制度がある。決して警官を呼ばない。
 自由広場が生まれたのは7月20日。黒人青年プロジェクト100の市民的不服従運動、ホーマン・スクエア座り込み封鎖への協力としてだった。黒人解放運動体「ブラック・ライヴズ・マター」の呼びかけた全国行動に連帯した。活動家たちがホーマン・スクエア入口を人間の鎖で塞ぎ、警察を封じた。「レッタスブリーズ・コレクティヴ」(「自由に呼吸しよう」の意味。差別と不正に闘うための活動を行う団体)は、シカゴ市警が22歳の黒人青年レキア・ボイドを殺害したオーバニー地区からホーマン・スクエアまでデモを行い、人間の鎖に合流。やがてホーマン・スクエアの向い側にある空き地を占拠し、自由広場に変えた。

「絶対安全の場」という発想は有害

 自由広場は、無料の店 - 本や衣服、生活用品が無料でもらえる- や文化活動ができる場だ。本来はシカゴ市が警察でなく市として用意すべき7つの資源を象徴するように、7つのテントが建てられている -修正的正義(加害者・被害者・地域社会が対話を通して関係者の肉体・精神・経済的損失の修復を図る手法)の場、教育の場、精神衛生の場、雇用相談の場、住宅相談の場、芸術・文化活動の場、栄養相談の場。支援交流にやってきたノース・ロンデイルの青年たちが泊まりたいと言ったことから、占拠を続けることになった。運動が自然発展していったのだ。
 レッタスブリーズのオルガナイザーは、少なくとも1日に一度はキャンプでブレイブ・スペース協定を検討する会合を開いた。同協定は元々娯楽や文化活動の場のために作られたが、今や共同生活を快適に過ごすための規定を話し合う場となった。いじめや盗み、喧嘩から和解に至るものを語り合う場だ。同協定は次のような形で合意された。
 このスペースでは、(1)自分と他人を愛すること、(2)自分の言動に責任を持つこと、(3)人種、性、年齢、同性、障がい者、階級差別、その他人間を傷つける諸制度に対して闘うこと、(4)スペースに贈り物を与え、スペースが与えてくれる贈り物を受け取ることに同意することを、掲げている。
 レッタスブリーズは、活動家が口にする「セーファー・スペース」(安全な場所)を超えて、ブレイブ・スペース(勇敢な場所)を築こうとしている。「絶対安全」という発想は、有害で幻想だからだ。実生活では、危害が100%防止できるスペースはない。我々は肉体的・精神的安全を求めて努力する。人々の争い、とりわけ暴力的争いを愛の力で勇敢に対処することこそ、革命が息づいているからだ。
 9日目の騒動後、アカウンタビリティ・ステップのサークルはブレイブ・スペース協定の4箇条を唱和、次いでホワイトボードに、次に喧嘩が起きそうになったとき、どうやって緊張を収めたらよいかと知恵を出し合った。争いを鎮める新しいスローガンを作り出し、喧嘩仲裁に入る人が心得るべき役割も明示した。喧嘩に関与した人たちを修正的正義セッションに参加させることに成功していないが、占拠14日目に、関係した子どもたちは仲良く遊んでいた。

決して警官を呼ばない

 自由広場は完全ではない。警察がいないコミュニティというポスターがオルガナイザーの事務所の壁に貼ってあるが、それは自由広場の活動家やノース・ロンデイル地域の人々の24時間ぶっ続けの反差別運動、内部化した暴力やトラウマから被差別社会を解放し治癒する闘いがあるからだ。我々は、自己変革への強い意志と運動内で遭遇するさまざまな暴力と正面から対峙するという勇気を持って参加した。
 解放は、政治闘争という電車が連れて行ってくれる遠くのゴールではない。解放とは過去の有害なシステム、我々がお互いに傷つけあっている日々の桎梏からの治療であり進化だ。市民的不服従はすべて抑圧システムに打ち勝つために行っているが、本当の運動創造は、ハッシュタグに短く抽象化される黒人若者が、美しくしかし矛盾を抱えながら、生き生きと動くこの占拠運動で生じるのだ。自由広場は単なる抗議のための占拠だけではない。それは、奴隷制廃止論者の政治がテストされる場でもある。
 我々は時にはつまづき、お互いに傷つけあうこともあるが、着実に勇気ある関係と解放の夢へと向かっている。お互いに癒やしあい、決して警官を呼ばない。

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