見当はずれのターゲット

仏の対「イスラム主義テロ」戦争

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ラムジー・バルード(『パレスチナ・クロニクル』編集長)
7月27日 パレスチナ・クロニクル
翻訳・脇浜義明

 ニースでフランス革命記念日(7月14日)を祝う群衆の中にトラックが突っ込んだ事件から数日後、ダーイッシュ(自称イラクとレヴァントのイスラム国)が間接的関与を宣言した、とロサンゼルス・タイムズが報道。明らかに意図的な行為によって84人(多くの子どもを含む)が死亡、その3分の1がムスリムであった。グローバル暴力の拡大をはかるダーイッシュの性格から見て、「間接的関与」という意味は、同事件や犯人モハメド・ラフェジ・ブレルと何らつながりがないと判断できる。事実、ブレルのプロフィールは、メディアや「テロ専門家」が描く「ジハーディスト」イメージと一致しない。
 チュニジア出身のニース住民である31歳のブレルは、ニース警察によく知られている人物だったが、仏諜報部のテロリスト・リストには載っていなかった。今に至るまで彼をダーイッシュまたはその他の過激派グループと結びつける証拠は出ていない。にもかかわらず、フランソワ・オランド首相は、「フランスはシリアとイラクにおける軍事活動を強化する」と宣言した。どう解釈すべきだろう?
 ニースの凶行が仏国内の社会的ダイナミックスの産物であるならば、なぜイラク人やシリア人が仏軍の報復攻撃の犠牲者にならなければならないのか。ニース事件とオランド宣言をつなぐ証拠も論理もない。「仏はイスラム主義者テロの脅威に晒されている」というオランド声明は、意味曖昧であり、扇動的ヘイトスピーチだ。これは、15年前のブッシュ米大統領や政治家たちのテロとの戦争宣言と同じである―テロとの戦争が不安と混乱を生み出し、余計なテロを生み出し、今や中東を泥沼に陥れている。
 ニース事件については、多くの点が不明である。分かっているのは、人気低迷のオランドが2001年9・11事件後に米政府が採った間違った道を歩みだしたことだ。それは不毛で、事態をますます悪化させている。
 すでに、見当はずれの仏軍の報復攻撃のニュース、それによる民間人の死傷者多数のニュースも伝わってきている。無関係なイラク人やシリア人を殺傷することで、仏国内の暴力問題を解決できるのであろうか。

国内矛盾を国外の「敵」に転嫁

 仏の社会秩序の乱れは、仏社会の不平等、疎外、とりわけ北アフリカ出身移民の2世、3世フランス人が感じている社会的不満から発し、その社会的不満は仏政府の責任であり、シリア人やイラク人の責任ではない。
 いずれにせよ、近年の仏軍の外国での冒険が何をもたらしたか考えてみよ。リビアを圧倒的な混沌に落ち込み、今やリビア社会の各地がダーイッシュの支配地となっているのは、仏軍の空爆がもたらした結果である。イラクとシリアは言うまでもない。
 仏に関しては、マリの混乱の責任が重大だ。2013年の仏軍侵攻後のマリの悲惨な状態については、パペ・サンド・ケーンがアル・ジャジーラで詳しく書いている。仏のマリにおける対イスラム過激派作戦はマリに平穏をもたらさず、仏軍も撤退しなかった。ケーンによれば、仏軍は解放軍ではなく占領軍となった。ケーンは、マリ人は自ら過激派と長期戦を覚悟して闘うか、それとも旧宗主国仏と手を組む一部の特権層を満足させるために、自国の主権をないがしろにされ、自国の領土を占領されたり、勝手に分割されるのに甘んじるか、そのどちらかを選択しなければならない、と書いた。
 ダーイッシュは外国軍の介入や占領にルーツを持ち、占領軍に抵抗する民衆的反応の流れの一つの特別に野蛮な亜流にすぎない、という明白な真実に、西欧大国は目を閉じる。
 1999年に私はイラクを訪れた。その当時は、解釈の如何を問わず、聖戦主義原理を信仰するいわゆる聖戦士はいなかった。当時のイラクも平和な場所ではなかった。しかし、イラク国内で破裂した爆弾のほとんどは、米軍のものだった。イラク人が「テロ」を口にするとき、それは例外なく「アル・イルハブ・アル・アメリキー」(米国のテロ)を指した。自爆攻撃はまだ頻繁な現象ではなかった。すべてが変化し、狂い出したのは、2001年米国のアフガニスタン侵攻と2003年イラク侵攻以降であった。
 米国政府専門家が収集し、ワシントン・ポストが報道したデータによれば、2008年までの25年間に1840件の自爆攻撃が起きた。2001年から2008年までの間、イラクでは920件、アフガニスタンでは260件の自爆攻撃があった。2010年、安全保障とテロリズムに関するシカゴ大学チームの調査によれば、「自爆攻撃の95%以上が外国軍の占領に対する反応である」ことが明白で、「米国のアフガニスタン占領の頃に(自爆攻撃が世界的に増加)1980~2003年の約300件から、2004~09年の1800件に増加」とある。
 しかし、こういう調査はすぐ忘れられ、また忘れる方が好都合である。西側の評論家や政治家は、軍侵攻に対する倫理的責任や、それがダーイッシュのような妖怪を生み出す具体的経緯を考えるよりは、観念的レベルでイスラム主義テロリズムを論じる方が楽なのだ。
 ダーイッシュは、いつでも予告なしで、まったく別なものにブランド名を変える、単なる一つの名前にすぎない。不満の宗教の信者たちは、爆発物をベルトに詰めて身体に巻いたり、爆発物を車に積んだり、ナイフを使ったり、ハイスピードのトラックで突っ込んだり、あの手この手を、自分の選択で臨機応変に使う。本当に重要なことは、ダーイッシュが今や一つの現象であること、特定の集団に限定されず、正式な加入手続きも、会費も報酬も武器の提供も必要としない、あるのは曖昧な不満の思想または宗教だけになっていることだ。だから、ダーイッシュと闘うことは、それを生み出す思想や機構や制度と闘うこと、つまりブッシュやブレアやハワードのような人物の思想と闘うことだ。
 ダーイッシュの戦士や支持者がどんなに残酷な暴力を使おうとも、結局彼らは、追い詰められ、疎外され、方向を見失った、過激に走った怒れる若者で、命を捨てることになっても、自分を苦しめる世の中に復讐する若者たちなのだ。だから、英米仏の戦闘機がいくらダーイッシュの軍事施設を破壊しても、世界中の不満を持つ若者を絶えず駆り立てる思想・考えまで破壊することはできない。それは中東に限定されず、西側世界を含め、至るところに広まる。むしろ、故郷は西側の大都市だといえる。
 だから、「テロとの戦争」はまったく効果がないばかりでなく、戦争が続く限り、ダーイッシュは存在し続け、必要に応じて姿・形を変えるだけだ。
 仏は米英と同じ道を歩みだしているが、すでに仏が敗北していることは明白である。

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