声を上げさせない仕組みを問う

「関東圏の放射能被害」集会報告

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福島原発事故による健康被害者の会 園良太

 福島原発事故を経ても川内原発を動かし続ける日本への警鐘のように、4月14日夜に隣の熊本で大地震が起きた。ちょうどその時、東京・早稲田では「福島原発事故による健康被害者の会」が「関東圏の放射能被害」集会を開いていた。東京の反原発運動や国会前抗議で出会った中で、甲状腺異常、大腸がん、心臓疾患を発病したり、皮膚病や体中の痛み、食道炎、化学物質過敏症の悪化に苦しんでいる人々やその友人知人が集まった。これらに放射能被害が関係すると考えるのは、「事故後に突然発症し、理由も原因も不明で、一向に治らない」「これまでと同じ生活をしていたのに発症し、また若年世代が通常かからない病気となった」からだ。非常に衝撃と熱気に満ちた会となった。
 集会はまず、緊急入院で来られなくなった発言者の文章の代読から始まった。昨秋に38歳の若さで大腸がん(ステージ4、最も重い)と判明した松平耕一さんで、普段から非常に外食が多かったが、彼の若さで一気に重いがんになることには、セシウムなどで汚染された米や肉や野菜が外食に多い影響を考えなければいけない。松平さんは、自らの悲しみに基づき呼びかける。
 「私たちが次に取り組むべき反原発運動は、各自の『身体』へと焦点を当て返すことだ。街頭行動のような公的な場から、病人たち各自のプライベートな家庭の領域へと、反原発運動を拡大させなければならない。『空間』から『身体』へ、公的領域から私的領域へ。病人どうしが連帯しあい、声を上げることで、国際的な原発政策の基準の見直しを迫らなければいけない」
 続けて「東電前アクション」などで事故直後から抗議行動をしてきた34歳の筆者が話した。昨夏から狭心症と不整脈になり、3回に1回脈拍が欠け、今年は昼間も倒れこむことが増えた。心臓は放射性物質がたまりやすく、心臓病はチェルノブイリでも激増したため、被ばくが発病を促進した可能性を見ている。
 放射能被害の核心は「人体の免疫力を下げること」で、誰もが体力・気力が低下し、あらゆる病気にかかり、個々人の持病や弱い部分がさらに悪化する危険性がある。要因も表れ方もさまざまという意味でかぜと同様だ。かぜになった理由や症状は自分の生活歴を知る本人が一番わかっており、「それはかぜじゃない!」と他人に迫る人は普通いない。ところが「それは放射能と関係ない、証拠がない」という声がこれほど多いのは、決定的に不自然な行為であり、国家や県や電力会社が因果関係を否定し、被害者を分断し、抑え込んでいることの証明だ。
 これにより、被害者の病気も次第に悪化し、動けなくなり、連帯も防護も避難も要求できなくなる。そして、新たな被害者も「先輩被害者」と出会うことができず、被ばく被害だ、と理解する機会がなくなる。こうして、被害者が増え続けても、社会から存在を消され続け、社会運動にもならないという「死滅」の悪循環が始まっている。国や電力会社は、私たちが死ぬのを高見で笑って待っているのだ。これを逆転させる「飛躍」が、今こそ必要だ。関東でも、わずかの被ばくでも被害当事者だと、今こそ声を上げよう。

衝撃の「突然死」数

 続けて11年から福島の子どもの集団避難を求めて裁判を闘い続けてきた「脱被ばく実現ネット」の岡田俊子さんが、関東もチェルノブイリの避難地帯同様に汚染されている事実をマップで説明した。そして、福島と関東の「突然死」をまとめて報告した。衝撃的な数である。
 60代後半の男性3人が2014~15年にがんで亡くなった/16年初め、隣の60代の女性もがんで亡くなる/夫婦で15年6月、16年2月に脳血栓で倒れ、奥さんは手術して回復。ご主人は手術後半身不随でリハビリ中/12年 50代(男性) 心不全/13年 50代(男性) PTA会長 タクシーの中で亡くなる/13年 60代(男性) 朝亡くなっていた/14年 40代(男性) 教師 前日まで元気だったのに突然亡くなる/14年 40代(男性) お風呂で亡くなっていた/16年 60代後半(男性) 元気だったのに突然亡くなる/ボランティア仲間(女性)川崎在住 11年事故当時 心臓がチクチクした。その後3度頭髪が全部抜け、アトピー体質だったもののそれがものすごく悪化。ただ今保養中。(以上、関東の例のみ掲載)
 これを受けて最後に、会場の交流スペース「あかね」を運営するぺぺ長谷川さん(だめ連)は、「自分の身近な40代前後の中年世代も、3月に8人も死んだ。被ばく被害者もいるだろう。もはや放射能が身体を刺してくる戦争だ。反原発運動も社会運動も、そもそもは『命』の問題。今こそ被ばくの問題で声を上げよう。東京に住むことは、控えめに言ってもギャンブル。シャレにならない。意識的にこういう集まりをやっていかないと、世間の波に飲まれてしまう」と訴えた。みんな話せる場を求めているのだ。
 そこで、最後に以下が確認された。
(1)調査も補償も全くやらない国は、被ばく被害が統計化されることを最も恐れている。被害者の集まりを続け、仲間を増やし、病気要素としての被ばくを国家と社会に認めさせよう
(2)被害者と身近な人は、闘病だけでも大変だ。生活を支え合っていこう。
(3)放射能からの避難、生活補償、原発・核推進政策の抜本転換を要求し実現させていこう。
 5月5日(木・休)17時より第2回目の集会を開催するぜひ参加、注目をお願いします!

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