アメリカ大統領選の行方(前編)

サンダースとトランプに向かうベクトル

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ノースキャロライナ州立大学教員 植田恵子

 今回の大統領選は、誰も予測しなかった流れを辿っている。その動きを最も正確に表しているキーワードがanti-establishmentだろう。これは反体制、主流、既存政権への嫌悪、打開、変革とも訳され、現状はどんどん悪化していくのに何もしてくれない既存政治に対する国民の不満と怒りを象徴している。チョムスキーは、この現状打開を求める国民の怒りのエネルギーが、大統領選では両極端な方向へ向かっている、と分析する。つまり、サンダースに向かう、変革を希望への道標として支持する若者層と、絶望から破壊に向かってトランプ支持にまわる白人低学歴低所得中高年層にベクトルが向かっている、と。アメリカには、「ミレニアム」と呼ばれる若者層がいる。1980~2000年に生まれた8300万人の若者たちだ。選挙人口の3分の1を占め、数では団塊の世代である1946~64年生まれの7600万人を抜いた。彼らはさまざまな人種で構成され、リベラルな考えを持ち、同性婚、中絶の支持者である。
 2008年の大統領選でも変革を唱えて熱狂的にオバマを支持し、ネットを駆使した活発な草の根選挙運動を展開した。しかし、待望のオバマ政権は誕生したものの、オバマの提案した法案は悉く議会で否決され、若者の置かれた逼迫した状況を改善するには至らなかった。

貧困化する若者世代

 今の大卒は、平均約2万8000ドルの学費ローンを抱えている。しかも、職に就けなかったり、就職できても給料が低すぎて返済できず、逆に借金が膨らむケースも多い。ブーメラン世代と言われるように、卒業後は親の家に舞い戻り、自立できずにいる若者も少なくない。低学歴の若者たちは、最低賃金(7ドル台から)で酷使され、生活がなりたたない。また、子育て世代は、子ども1人に月1000ドル近くかかる託児所の費用にあっぷあっぷしている。そして健康保険。就職先で保険を出してくれなければ、自分で購入しなければならない。全てをカバーする保険だと年間保険料だけで6000ドルを下らないし、家族がいれば、扶養者保険もこの額である。その他、黒人に対する警察の人種差別も不満の種だ。
 今の若者は、家や車など物を所有することに興味を持たず、資本主義より北欧型の社会主義を支持するらしい。ミレニアムの56%が民主党を、36%が共和党を支持していると、ハーバード世論調査は伝えている。

「ありのまま」が魅力に

 こんなミレニアムたちが社会民主主義者を自称するサンダースを支持するのは、不思議ではないだろう。ミレニアムたちが望むのは、自分たちの声を聞いてくれる、自分たちの苦境を理解してくれる候補者であり、現政権のスキャンダルや垢に塗れた政治家ではない。特に候補者の一番大切な資質は何かという質問に対して、「正直さ、信頼に足る人物、清廉潔白」といった言葉が返ってくる。
 サンダースを象徴する言葉がAuthenticity(ありのまま)だ。スタイリッシュにきめた候補者たちの中で、74歳の小柄なサンダースが、寝起きのままじゃないかと思われる白髪を振り乱し、体に合わないだぼだぼのスーツをまとい、腕を振り回して、ブルックリンアクセントで、「ウオール街の1%の金持ちに牛耳られる社会はもうごめんだ!」と、ロックンローラーさながらに叫ぶ。ありのままの自分で聴衆と向き合い、直接対話する姿や真摯な言葉が、若者たちの心に響いたようだ。
 政治が学生一人ひとりの生活を直撃しているのだ。学費稼ぎのアルバイトに疲れ、十分勉強する時間も取れず、心を病む学生が後を絶たない。だから、サンダースの「大学の無償化、公的国民皆保険、医薬品の価格規制、富裕層への増税をはじめとする税制改革、世界平和」といった公約は、若者の心に真っ直ぐ届くのだ。
 そんなミレニアムたちは投票するだけではなく、ネットを使い、連帯し、ボランティア感覚で選挙運動を楽しんでいる。彼らは今の苦境をサンダースと共に明るい未来に変えたいという希望に溢れている。

トランプ支持する白人中高年層

 共和党支持者は保守的で、宗教的にはキリスト教徒が多い。特にバイブルベルト(聖書地帯)である南部は、新生(生まれ変わった/born-again)クリスチャンと呼ばれる保守的な白人の地盤だ。だが、サウスキャロライナの予備選で、保守キリスト教王国樹立を夢見るクルーズや保守中の保守であるルビオを抜いて、トランプがトップに踊り出たという結果は、最早「共和党=保守クリスチャン」という構図では語れないことを示唆している。
 それではどんな人々がトランプを支持しているのだろうか。
 総じてトランプの支持者は、中高年の低学歴、労働者中産階級か下(年収5万ドル以下)の白人男性が多い。リーマンショックや製造部門の海外流出で失業した、全く未来の描けない層だ。そういう人たちは、社会で孤立し、将来も老後の蓄えも希望も乏しく、無力だ。

社会的弱者に矛先むけるアメリカ社会

 なぜこんな社会になったのか理解できない。そこに沸きあがってくるのは理不尽な怒りだけだ、とチョムスキーは指摘する(時代の波に置き去りにされ、おこぼれに与れなかった零細企業の経営者たちもこの範疇に入る)。そして、何故自分たちが滑り落ちるような社会になってしまったのかという原因を冷静に考えることはしない。ただ、彼らの不満や鬱憤は、その捌け口として、目の前にいる、自分より下の、恵まれない弱者(移民、難民、生活保護を受けている未婚の母親や生活困窮者など)に向けられる。その憎悪や恐怖や怒りをうまく煽り、利用したのが、暴言を繰り返す、民主主義の対極にいるトランプだ、とチョムスキーは分析する。
 アメリカにはPC(political correctness)と呼ばれるルールがあって、公で偏見差別に基づいた、人の人格を損なうような言葉を使ってはいけない。例えば、黒人、イスラム教徒、メキシコ人移民、シリア難民などに対する差別だ。
 「不法移民なんかみんなメキシコに送り返せ。メキシコ人は、犯罪者で強姦魔で麻薬を持ち込むやつらだ。国境に壁を築け、費用はメキシコに出させろ。イスラム教徒なんか追い出せ。シリア難民なんか受け入れるな。あいつらはみんなテロリストだ。テロリストなんか豚の血塗れの弾でもぶちこんでやれ!」-このようなトランプの罵詈雑言は、「あいつらのせいでわしの仕事が奪われた。よくぞ言ってくれた」と内心思っている支持者に、喝采をもって迎えられた。
 それに加え、トランプが政治家としての経験を持たないこと、一匹狼で既成政党とつるんでいないこと、自腹で選挙資金を出していることも、賞賛に値するらしい。
 チョムスキーは、トランプ支持を希望のない白人中高年低所得低学歴男性層として括った。さまざまなデータを調べると、移民の存在に職を脅かされているせいか、トランプ支持はとりわけ南部で強いのだが、彼らが必ずしも根っからの共和党支持者というわけではない。オバマ在任中に共和党が議会の上下院の多数派になった事実が示すように、民主党から共和党よりになった人々も多く、現在これらの人々がトランプの支持者の43%を占めているという。

閉塞状態から真逆のベクトルへ

 アメリカは格差社会がさらに進み、社会として弱体化し、不満と怒りというガスで爆発寸前になっていることを、改めて感じる。同じ閉塞状態から出発しながら、その原因をどこに起因すると考えるかによって、真逆のベクトル(サンダースとトランプ)に向かって人々が歩き出している現象は、実に興味深い。
 しかし、この二つの動きの中で欠如しているのが、果たして各々の候補者の公約は実行可能なのか、候補者にはそれを実現できる実務的な政治的手腕と経験があるのか、という点である。
 サンダースの言葉には、若者を酔わせる理想と希望がある。が、彼の公約は絵に描いた餅に見える。上下院共和党で占められ、オバマ叩きに終始した議会民主主義放棄の議会と、どう折り合いをつけるのか。民主党内でも、彼のリベラルすぎる主張に賛同しかねる議員も少なくない。アメリカは、オバマの8年を見てもわかるように、大統領の首をすげ替えただけで一足飛びに変るような国ではない。トランプにいたっては、その排他的な選民思想と独裁で、国や世界をいじられてはたまらない。

ミレニアム世代への希望

 候補者たちは、どうこの国の舵取りをするのか、具体的な青写真を見せてほしい。そして有権者もまた、選挙は人気投票ではないことを自覚すべきだ。
 アメリカでは、2010年生まれの世代から多数派と少数派が入れ替わり、多くの移民も交えて多様な人種が共存する社会へと加速的に移行する。その移行にトランプ支持者は不安を感じた。一方、ミレニアムたちは一握りが金持ちになるグローバル化社会に見切りをつけ、人々が安心して平和に暮らせる、寛容性のある社会作りに希望を見出した。アメリカも日本も、多くの若者が社会に関心を持ち、自分の問題として政治を考え、動き出したことに、頼もしさを覚える。ひょっとしたら、アメリカも日本も希望があるかもしれない。
 次回・後編は、ヒラリーと黒人票、そしてトランプを阻止できない共和党について検証してみたい。

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