ルネサンス研究所6月定例研究会 :梶大介と梶満里子、そして「山谷解放運動」:1960年代の山谷をとらえなおす


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6月11日(月)18:30開場 19:00開始(いつもより30分遅い開始です)
会場:専修大学神田校舎1号館4階41教室
資料代¥500
(報告):小美濃彰(東京外大大学院博士課程)
梶大介と梶満里子という名前に見覚えのある人が、果たして今どれほどいるのだろうか。山谷の戦後史に関心を寄せたことのある人ならば目にしたことがあるかもしれない。
 山谷といえば、戦後の東京において主要な日雇労働市場=寄せ場としての機能を担っていた場所で、現在も簡易旅館=ドヤが集中する「ドヤ街」としての姿を保っている。梶大介と梶満里子は、かつてこの場所で「山谷解放運動」に取り組み、「どん底」たる山谷の再生産を続ける社会の差別性を告発し続けた人物である。しかし、研究史上の言及は、およそ30年前の設立から一貫して寄せ場を研究対象としてきた日本寄せ場学会においてもほとんど無い。
 同学会が編んだ『寄せ場学会文献精読306選』(れんが書房新社、2004年)は、梶大介の主著『山谷戦後史を生きて』(績文堂、1977年)を紹介しているものの、彼の語りは「その後の寄せ場労働運動の大転換をもたらす背景説明として聞くならば、それはそれとして歴史資料としての価値はあるだろう」(p.230)と、70年代以降の労働運動(とりわけ、梶大介を批判した船本洲治や鈴木国男ら学生グループによって象徴されるような)との関係のみに関心を絞っている。しかし、梶大介や梶満里子が取り組んだ「山谷解放運動」は寄せ場労働運動という範疇におさまるものではなかった。たとえば、梶満里子がドヤに暮らす子ども達(ドヤっ子)のために山谷の玉姫公園で実践していた「青空保育」で、女性や子どもを含めた山谷での生活全体が課題とされていたように。
 梶大介と梶満里子の「山谷解放運動」を70年代以降に展開される寄せ場労働運動が大きく乗り越えていった面もたしかにある。ただ、それへの注視によって隠れてしまった視角を合わせていま一度山谷を捉えなおし、今いかに都市下層社会運動を構想するかということの手がかりになる報告ができればと思う。
主催:ルネサンス研究所

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