【イラン・米】冷静なイラン指導部 合意離脱した米国に非あり鵜塚 健さん インタビュー

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軍事的緊張煽るメディア

 昨年5月のトランプ大統領「イラン核合意」からの一方的離脱に始まるイラン・米関係の緊張は、11月6日、ローハニ大統領の「地下施設でのウラン濃縮活動再開」の発表に至った。対立はエスカレートし、解決への道筋も見えてこない。  

イランに駐在経験のある毎日新聞・鵜塚健さんに、イラン側の事情、日本の役割などを聞いた。(文責・編集部)

鵜塚:緊張は続いていますが、米・イラン関係は、1950年代以降、波のように何度も対立をくり返しています。今回もその一つともいえ、とりわけ深刻とは考えていません。両国対立は、イランのモサデク首相による石油国有化(1951年)に対し、米CIAが関与した軍事クーデターが第1幕です。このモサデク政権転覆は、現代イラン人の米国に対する不信感・敵意の原点となりました。  

その後、イスラム革命(1979年)があり、同年11月の米大使館人質事件で国交断絶に至りました。  

さらに、イラン・イラク戦争(1980~1988年)で、米国はイラクを支援し、国際社会はイラクの化学兵器使用を黙認しました。これが米国と国際社会への根強い不信感の根拠になっています。こうした対立の歴史をふまえて今回の対立も考えるべきです。  

今回の緊張関係は、イラン核合意(JCPOA・2015年)を一方的に離脱したトランプ大統領によって作られました。イランは、ウラン濃縮活動拡大など「宣言破り」を徐々に進めていますが、問題はそもそも米側にあります。  

日本のメディアも世論も、欧米メディアに引っ張られて「喧嘩両成敗」、「どっちもどっち」的議論になりがちですが、時間をかけて一歩一歩積み上げてきた国際合意を一方的に破り、経済制裁を強化している米国に非があるのは明らかです。  

ただし、「ホルムズ海峡封鎖」、「今にも軍事衝突」という扇情的報道が一部ありますが、実態は違います。イラン指導部の対応は極めて冷静ですし、トランプ大統領も、ディール=損得勘定ができる人です。イランは、イラクとは比較にならない経済力・軍事力を持っています。イラク戦争を経験した米国は、イランとの戦争でどれほどのものを失うことになるのかはわかっています。経済合理性の観点からも、トランプ氏が戦争に向かうことはありません。

編集部:イラン国内の動向は?

鵜:イランは、「宗教独裁国家」のイメージが作られていますが、決して一枚岩ではなく、激しい議論や政治闘争が常に行われています。最高指導者・ハメネイ師は、日本の天皇のような存在で宗教国家の蓋のような存在で、政府は、大統領・国会・司法の三権分立体制のもとチェック&バランスの民主主義体制で運営されています。  

この他にも、軍・革命防衛隊がそれぞれ、独自の利害と主張をもって政治闘争が行われており、アラブ首長国連邦など他のアラブ諸国とは大きく違います。  

ローハニ大統領は穏健派で、国際社会との融和、合理的判断のできる方です。同氏就任当時の米大統領はオバマ氏だったので、国内世論をまとめることができましたが、トランプ氏の強硬路線に対する有効な手だてを打てず、経済状態も悪化するなか、保守派の反発は強くなっています。  

かつての改革派・ハタミ大統領VS強硬派・ブッシュ大統領の構図を彷彿とさせます。ハタミ氏は、成果を出せず世論と保守派の離反を招き、アフマデネジャドという強硬派大統領に政権が移ることになりました。  

米国は、「民主国家」を標榜しながらも金で選挙で動いたりする欠陥をもっています。一方、イランも、人権面での課題を抱えた民主国家です。両国はどちらも不完全な民主国家だと思っています。両国とも穏健派・強硬派が政権交代することで、お互いがうまくかみ合わず、対立と妥協がくり返されています。

編:経済制裁の影響は?

鵜塚:イランはイスラム革命以来、米国から何らかの制裁を受け続けています。私が駐在していた2009~2013年頃も、制裁の影響をひどく受けた時期でした。核合意(2015年)でいったん石油輸出・観光が少し伸びましたが、今回の制裁強化で格段に悪化しているようです。為替が1/3になったために、輸入品価格が急騰し、影響は甚大です。  

ただし、イランの経済力は中東諸国中トップクラスで、暴動が起きるような危機的状況ではありません。小麦はある程度輸入していますが、基本的農産物の自給率は8割以上とされ、パンや卵などの基礎的食料の価格は、低く抑えられています。  

輸入品価格高騰は、経済全般に悪影響を及ぼし、投機的商行為も加わって不安定化しているのは事実ですが、イランは、社会主義的施策のもと、国立大学はほぼ無料ですし、医療費も基礎的治療はきわめて低額です。ただし、輸入医薬品が高騰しているので、がんなどの患者が苦しんでいます。

イランとの長年の友好関係 生かせられない安倍外交

編:報道の自由度は? 

鵜:イランの新聞はある意味、日本より多様性があるといえます。主要紙だけでも20~30紙が発行され、それぞれの主張を展開しています。企業・自治体、お金持ちや革命防衛隊が資金を提供し、政策議論も活発です。横並びの日本のマスメディアに比べると、政権批判も意外に活発でリベラルです。ただし、イスラム体制を否定するような議論・論調はタブーで、発刊禁止措置も採られます。これは、天皇制批判がタブー視されている日本と似ています。

編:日本の役割は?

鵜:日本政府は、イランとも長年の友好関係を築いてきましたので、果たせる役割は大きいはずです。安倍首相は6月、41年ぶりにイランを訪問しましたが、米国の意向を伝えただけのようです。「訪問自体に意味がある」という評価もありますが、両国の面子がたつような仲介案を示すことを両国首脳も期待していたはずです。選挙を意識するトランプ大統領は、安易な妥協ができず、一方、ローハニ大統領も、保守派からの突き上げもあります。プライドが高いイランには、それなりの処し方が必要です。  

したがって、トランプ氏が提唱する有志連合に参加するなどは、とんでもない話です。欧州各国も距離を置いており、安倍政権が有志連合に参加しない決定をしたことは、至極当然です。イランに配慮してホルムズ海峡には踏み込まず、米国へも理解を示して「調査・研究」を名目に自衛隊艦船を派遣する、という中間案をうち出したに過ぎません。  

今回の緊張状態は、米国の一方的な合意離脱と経済制裁強化によって生じたわけです。日本政府は、米国から総額1兆円もの戦闘機を買い取って貸しを作る一方、イランとの長期的な友好関係を築き、ハメネイ師とも会える優位性があるのです。安倍首相は、米国に対してもっと厳しい態度で接することができるはずです。安倍氏の今回の中東外交は、日本の優位性を全く生かし切れていないと言えます。  

ローハニ大統領が「地下施設でのウラン濃縮活動再開」を発表し、これが4度目の「核合意破り」となります。ただ、米国の横暴なやり方をどこの国も止められない中で、イラン側としては何か外交カードを切るしかありません。イランは、北朝鮮と違ってスマートな国なので、本気で核兵器を製造して米国に脅しをかけようとまでは考えていません。あくまでかけひきの一つで、そこは冷静にとらえる必要があると思います。

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