歴史の書き換え、言論統制(目に見えない形や自主規制を含め)、息苦しさ、マイノリティいじめや迫害、軍備増強、でっち上げ逮捕、オーウェル的ニュースピーク、監視等々、ファシズムの特徴が顕著になっている。それはもう「事件」ではなく、「状況」として日常の中に溶け込み始めている。米国のトランプは、2020年選挙で敗北しても、平和的政権を明け渡さないかもしれない。クーデターか、壁問題でやったように「国家非常事態宣言」を発して権力の座に居直り、今度は本格的にファシズム体制建設を始めるかもしれない。シンクレア・ルイスが小説IT CAN’T HAPPEN HEREで書いたように、米国がファシズム国家になる可能性は十分ある。日本の安倍よりも本格的なネオナチ極右が世界中で誕生しているし、私が生まれたときの日本はファシズムの真っただ中だった。歴史の納屋で眠っている大昔の屑物ではないのだ。
以下もう一度ファシズムを見つめ直す意味で、私が若い頃にインタビューしたことがあるポール・スウィージーのファシズム論に言及した論文を紹介する。 翻訳・脇浜義明
スウィージーのファシズム論
ファビアン・ヴァン・オンゼン(米、テキサス州、ローン・スター大学哲学教授)
原典:Fabian van Onzen, Sweezy on the Rise of Fascism, MR online, Feb.20, 2019
最近世界的にファシズム運動が顕著である。人種差別や反動的思想の旗のもとに数千人の群衆を動員するばかりか、
政権獲得さえしている。ブラジルのジャイール・ボルソナーロ大統領政権が最新の例で、他にも米国、英国、ハンガリー、ポーランド、その他ヨーロッパの国々がある。(訳注1:ラテンアメリカと欧米だけでなく、アジア、アフリカでもファシズムや専制主義が台頭している)現代ファシズムの台頭背景を説明する文献も多くある。例えば、ジョン・ベラミー・フォスターの『ホワイトハウスのトランプ―悲劇と茶番劇』(John Bellamy Foster, Trump in the White House: Tragedy and Farce, Monthly Review Press, 2017)、マイケル・ジョセフ・ロベルトの『米国製ビヒモスの出現』(Michael Joseph Roberto, The Coming of the American Behemoth, Monthly Review Press, 2018)(訳注2:ビヒモスとは聖書ヨブ記に出てくる巨獣で、巨大で力があり危険なものを意味する)、エンツォ・トラヴェルソの『ファシズムの新諸相―ポピュリズムと極右』(Enzo Traverso, The New faces of Fascism: Populism and the Far Right, Verso, 2019)など。古典、例えばニコス・プーランツァスの『ファシズムと独裁主義―第三インターとファシズム問題』(NicosPoulantzas, Fascism and Dictatorship: The Third International and the Problem of Fascism,, translated by J.White)などが再出版され、研究されている。
こういう作品を読むことは大切であるが、ファシズム考察を始めるうえで一番よいテキストは、ポール・スウィージーが自著『資本主義発展の理論』(Paul Sweezy, The Theory of Capitalist Development, 1942. 邦訳、岩波書店、1967)の中で展開したファシズム論であると思う。何がファシズムか、何故台頭するのか、その階級的力学を分かり易い言葉で明晰に説明しているからだ。
スウィージーが『資本主義発展の理論』を出版したのは1943年、ドイツとイタリアでファシズムが権力を握っているときであった。この本は、マルクス主義の複雑な理論を破壊しないでマルクス主義を平易な言葉で説明する目的で書かれた。
スウィージーは米国から、反ファシズム大衆戦線で活動している人々を対象にして書いた。反ファシズム大衆戦線というのは、民主主義制度を守り、ファシズムが権力の座に就くのを防ごうと、共産主義者が主導した大衆運動である。(訳注3:当時米国にもファシズムの脅威があった。シンクレア・ルイスは1935年にファシストがポピュリズムで政権を取り、独裁政治を行う小説『ここではそれが起きるはずがない』(It Can’t Happen Here)を発表して、米国民に警告した。)
スウィージーのファシズム論は、二人のファシズムに関するマルクス主義思想家、ゲオルギ・ディミトロフとR.パーム・ダットのファシズム論と重なる部分があるが、同時に彼独自のファシズム論を展開している。彼はファシズム出現を独占資本と帝国主義の発展と関連付けて論じている。スウィージーの理論に入る前に、既存のマルクス主義ファシズム論を少し見てみよう。
ゲオルギ・ディミトロフのファシズム論
1930年代の主たる反ファシズム論者の一人はゲオルギ・ディミトロフであった。彼は世界反戦・反ファシズム委員会の書記を務めるブルガリア共産党員であった。1933年ベルリンにいるときに、ドイツ国会議事堂放火容疑というでっち上げでナチによって逮捕されたが、自分が自分の弁護士となって(当時のドイツではそれができた)見事に検察を論破し、無罪放免を勝ち取った。
1935年のコミンテルン第7回大会で、彼はファシズムの台頭を述べ、それに対して労働者階級を動員して闘うことを提案する演説を行った。(訳注4:反ファシズム統一戦線戦略を提案し、採択された。後にスターリンが独ソ不可侵条約を結んだため、それは棚上げ状態となった。この戦略が機能したのはスペイン内戦のときであった)
彼の提案は重要である。何故なら、そこにはファシズムに対するコミンテルンの基本的思想ばかりでなく、コミンテルンのそれまでの姿勢への自己批判も含まれているからである。ディミトロフは提案演説の中で、ファシズムを「金融資本の最も反動的で、最も狂信愛国主義的で、最も帝国主義的分子による、公然としたテロリスト独裁主義」と規定した。彼は、ファシズムは中産階級、つまりププチ・ブルジョア階級にイデオロギー的起源を持つが、資本家階級の支持を得て初めてそれは支配的な勢力を持つようになると、その性格を説明した。
ディミトロフによれば、ファシズムの決定的特徴は、ファシスト政権の反動的政策を政府に先駆けて実行し、政権の基盤固めをやる大衆的基盤があることである。この大衆的基盤は主として中産階級/プチブルジョア階級から成る。小規模商店主、農民、小悪党商売人、若干の専門職など。経済危機になると中産階級は大打撃を受け、破産して労働者階級に転落する恐怖に襲われる。
ディミトロフは、中産階級が初期段階のファシズム・イデオロギーの代表者で、危機の責任をマイノリティや労働組合や共産主義者に押し付ける、と説明する。中産階級は労働者階級のような連帯性を持たないので、過激な民族主義や人種差別思想を発展させ、資本主義が生み出す矛盾を解決するために強い国家を求めるようになる。
ファシズムが社会にとって危険になるのは、資本家階級が能動的にそれを支援し、財政援助をするようになる時である。資本家階級がファシズムに依存するのは、経済的・政治的危機のときである。資本家階級がファシズムを支援して権力の座につかせるのには3つ理由がある、とディミトロフ。
(1)資本の労働支配に異議申し立てをする強力な労働者階級の運動が存在すること。1930年代のドイツ共産党は大きな政治勢力で、選挙では数百万の集票能力があり、労働組合運動に大きな影響力を発揮していた。資本家階級は共産党への対抗勢力としてファシスト勢力を使い、支配的政治勢力に仕立て上げるのだ。(2) 資本主義の存続を危うくするような深刻な経済危機の存在。ファシズムが資本主義の矛盾を解決することはないが、ブジョアジーは経済危機の一時的解決としてファシスト国家を認める。(3)ブジョアジーがファシスト政権支持に走るのは政治的危機のときである。政治的危機とは、資本家階級が合意によって問題解決をする能力を失うとき、つまり民主主義がブジョアジーの支配道具として機能しないときである。
ディミトロフは、選挙でファシスト政治家が勝利して一夜にしてファシズム支配が生じるとは考えていない。その成長は段階的である。働く人々の民主主義的権利を制限または剥奪し、共産党員や労働組合活動家を刑務所に入れて隔離し、マイノリティや移民を迫害する風土を作り上げ、既存の民主主義的諸制度を徐々に浸食するという形で、ファシズムが形成されていく。それを実行するうえで、労働者や知識人をも含むが主要には中産階級大衆に依存する。
権力基盤が固まると、国家作りに進み、拡張的帝国主義戦争の準備をする。反対派運動はすべて非合法化される。ファシスト国家機構が完全発展したとき、金融資本のテロ的独裁主義が確立する。
ディミトロフは、ヒトラーやムッソリーニのようなファシストが選挙で勝利することはあるが、それは決して必然的ではないことを力説した。彼はコミンテルンの演説で、労働組合、共産党、社会民主党等が違いを越えて結束し、ファシズムと闘うことを、切実に訴えた。ブルジョアジーがファシズムと組むときに、ブルジョア民主主義の基本的諸制度を守れと進歩的諸勢力に結束を呼び掛けたのだ。これが彼の反ファシズム統一戦線戦略であった。反ファシズム大衆運動を基盤にして進歩的政府を樹立する戦略論であった。
スウィージーのファシズム論
スウィージーの時代のほとんどの共産主義者はディミトロフのファシズム論を受け入れていた。ディミトロフ理論の大きな欠点は、ルイ・アルチュセールがディミトロフの書いたもの全体を「実践的陳述」(practical state)と呼んだことにも見られるように、理論的精密さに欠けることであった。しかし、それは欠点というより、ファシズムと実際に闘うための理論構築をしなければならないという圧力から生じたものである。スウィージーはディミトロフのファシズム論を土台にして、それを理論的にもっと首尾一貫したものに高めた。そういう形でファシズム論の発展に大きく貢献し、マルクス経済学という大きな文脈の中に包摂したのである。
彼はコミンテルンのファシズム論に歴史的分析という層を付け加えた。ファシズムは帝国主義の産物で、帝国主義は独占資本主義段階において発展すると規定したのだ。レーニンと同じように、スウィージーは軍国主義と再分配戦争を帝国主義の不可欠要素と見た。独占資本主義段階の資本家階級は剰余資本のアウトレットとなる投資先を見つけなければならないが、帝国主義の中心地は労働組合があって賃金が高いので、資本投資の利益率は一般に低い。
だから資本家階級は、地代や労賃が安く、投下資本から上がる収益が大きい植民地へと、資本を輸出する。剰余資本のアウトレットを確保しようと、帝国主義者たちの間で植民地獲得競争となり、そこから再分配戦争が生じる。スウィージーとポール・バランは共著『独占資本』で帝国主義の独特な働きを分析し、独占資本主義段階になっても資本主義の矛盾は解消しないという結論を導き出した。
スウィージーは、ファシズムは帝国主義と戦争という物事のつながりの中で誕生すると述べている。帝国主義戦争の後、経済的、政治的、精神的に打ちのめされた状態になる国がある。食糧難、住宅難、失業者の群れ、軍の内部分裂など、ブルジョアジーにとって深刻な政治的危機となる。敗戦国は植民地を多く失い、そのため国際的弱者となる。ロシアの場合革命運動があり、社会主義革命によって矛盾解決に向かった。同じ客観的状況がありながら社会主義革命がないところでは、資本主義的矛盾に立ち向かうのはファシズムになると、スウィージーは論を展開している。
戦後ヨーロッパのある部分では、社会主義ではなくて過渡的形態の国家―高度な労働者参加を伴った超民主主義的装いのある過渡的国家が誕生した。スウィージーは、これらの過渡期的国家では労働者階級もブルジョア階級も支配権を持たない、一時的な階級的均衡が作り出される、とスウィージーは述べる。ブルジョアジーに対抗する強力な労働運動が存在したが、国家権力を握っているわけではなかった。労働組合や労働者政党の圧力で、国家は社会福祉拡大や食糧補助金支給や社会住宅拡充のための進歩的立法・行政を成立させたが、そういう働きをした国家そのものは、以前と同じように資本主義国家の官僚機構であった。質的な変化はなかった。
第一次世界大戦後のドイツ、フランス、イギリスにこのような過渡期的国家が存在した。このとき、多くの社会民主主義者や共産主義者は、労働者による権力掌握前には一つの段階としてこのような過渡期的国家が必要と考えていた。しかし、スウィージーはそれを間違いであるとした。スウィージーは、過渡期的国家は表面的に階級均衡を見せているが、表面下では実際的な階級闘争が闘われていたと指摘する。戦後という特殊状況の中で、階級矛盾と階級的不均衡が一時的に見せる現象にすぎないとする。
スウィージーは、「強力な労働組合や労働者運動の圧力による進歩的な社会的立法は、資本主義的生産にとって大きな重荷となり、資本家階級はその重荷を背負う準備もなければ、そうする意志もなかった」と述べる。戦争直後は生産手段の製造に巨額の投資が行われ、一時的に雇用創出ができた。戦争で破壊された工場、機械、住宅を再建することが経済的余剰の吸収経路となり、雇用も促進された。しかし、ある程度戦後復興事業が落ち着くと、今度は消費財生産と販売が必要となる。消費財投資が経済余剰のアウトレットとなるが、それがインフレーションを招く。まだ立ち直れていない中産階級や労働者階級にはまだ高水準消費は無理であった。
戦勝国のフランスやイギリスは植民地を増やしたので、植民地へ資本輸出する形で生産投資のアウトレットが成立した。しかし、ドイツのような敗戦国は、軍も弱く、資本輸出する植民地もなく、国内市場に活路を見出すのも困難であった。このため国家は中産階級―中小企業経営者、商店主、独立自営農民等―への課税で消費資金を作ろうとした。戦後の窮乏の中で預金もできない中産階級にとって、これは自分たちを狙い撃ちにした攻撃だと感じた。スウィージーは敗戦国の中産階級が自国政府から疎外されていると感じた有様を説明している。彼らには労働組合はないし、彼らの問題を取り上げてくれるブルジョア政党もなかった。さらに、経済的余剰の吸収ができないために、戦後数年経過すると大インフレーションと大量失業が発生した。労働者階級は労働組合や左派政党を通じて国家に要求を提出したが、中産階級には自分たちを代弁する階級的代表がなかった。従って、「階級的均衡の時代に最も悲惨な目にあったのは、まさにこの社会層であった」とスウィージー。
スウィージーは、ディミトロフやダットやトリアッティと同じように、ファシズム思想は帝国主義戦争の敗戦国で苦汁を舐めた中産階級から生まれたと考える。イデオロギー的には中産階級は労働者階級のような階級的連帯意識を欠くので、人種優越論とか強い国家論に傾きやすい。彼らは金融資本、組織された労働者階級、マイノリティに強い敵意を抱き、その連中が国の経済を破壊していると考える。彼らは強力な民族国家によって資本主義の矛盾を解消できると考える。彼らは人種差別・民族主義的感情に駆られて、暴力を使って共産主義者、社会民主主義者、労働組合指導者を攻撃する。
しかし、スウィージーは、ファシズムがイデオロギーとしては中産階級から発生したものだが、多くは失業中で労働組合とは無縁で、政治的教育を受けていない未組織労働者を自陣営に引き込んだことを指摘している。ファシストは人種差別・民族主義を反資本主義と結合せた言辞を使って、未組織労働者や失業労働者の困窮を説明して、彼らを引き込んだ。また、ファシストは若者層を獲得した。若者は戦後の危機的状況の中で希望も機会も見通しも持てなかった。また、犯罪者も仲間に入れた。この犯罪者分子が後にファシスト組織の民兵部門を形成した。スウィージーはファシズムを労働者の一部、学生、種々のルンペン・プロレタリアートを引き込んだ中産階級発の大衆運動と見たのであった。
ファシストと資本家階級が政治的に連携するとき非常に危険となると見る点では、スウィージーとディミトロフは同じである。スウィージーのユニークなところは、資本家階級のファシスト支援を表層的な階級的均衡があった過渡期的時代と結び付けたことである。彼は、敗戦国の資本家階級が労働者の要求に応ずる力も、新たな帝国主義戦争を始める力もなかったことを指摘した。労働者から民主主義的要求を突きつけられるし、外部からは敵対的帝国主義勢力によって包囲されていた。ファシストは金融資本を攻撃するので、ブルジョアジーは最初ファシスト支援を躊躇したが、ファシストが共産主義者や労働組合を敵視するのを見て、やがてファシスト運動に資金を提供したり、選挙でファシスト政治家を応援したりして、その運動の発展に寄与したのである。
ひとたびファシストが政権の座につくと、ブルジョアジーは優柔不断で活力のない民主主義的な共和国の土台となっていた階級的均衡の破壊へと打って出た、とスウィージーは述べている。ファシスト政権はその大衆的基盤に依拠して政策―共産主義者の殺害、労働組合指導者の逮捕、労働者諸団体の非合法化など―を実行する。スウィージーによれば、ファシスト政権が成立し、その大衆的基盤が固まるときに、その強化された立場を使って新たな再分配戦争、つまり帝国主義戦争へと駒が進められる。ファシスト国家によってブルジョアジーの階級的力が回復したけれども、資本主義の矛盾が解決したわけではないと、スウィージーは説く。その矛盾は、例えばロジア、中国、キューバであったような社会主義革命によってのみ、解消されるのである。
スウィージーのファシズム論と現代
スウィージーのファシズム論の特徴は、ファシズムと第一次大戦後に現出した階級的均衡という過渡期的状況とを結びつけたことである。そういう状況でファシズムが現れたのは、複雑な階級的力学と独占資本主義独特の構造的矛盾が働く、まさに歴史的瞬間であった。この歴史的分析はドイツ、イタリア、スペインのファシズムに当て嵌まるだけで、現代ファシズムについては適用できないのであろうか。私はスウィージーのファシズム論で現代ファシズムを分析できると思う。それを証明するために、サミール・アミンに目を向けたい。
『世界的価値法則』(The Law of Worldwide Value, Monthly Review,2010)の中でアミンは、現代資本主義の主要矛盾は「周辺部の人民(プロレタリアートと搾取される農民)を帝国主義的資本に対立させる矛盾である」と述べている。この矛盾は、発展途上国、とりわけラテンアメリカでは、米帝国主義の後ろ盾を受けたファシスト運動の出現という形で作用する。最近ブラジルで公然とファシストを名乗るボルソナーロが選挙で政権を握った。ブラジル以外でも、例えばチリ、ベネズエラ、アルゼンチンなどでファシスト運動やその民兵組織が誕生、米国から支援を受けている。
これらの国々では、第一次大戦後のヨーロッパで現出した「階級的均衡」と似た状況がかなりの期間存在した。スウィージーが説明したのと同じ階級的力学が働いて、階級的均衡の上に成立していた左派または民主主義的政権がファシズムによって取り壊されていく。ここではブラジルの例を使って、階級的力学が世界の政治的状況を構造化する作用を説明する。
労働者党(PT)は13年間にわたって政権を握り、労働者の生活をかなり向上させた。アルフレド・サアド・フィーリョが自著『ブラジル―ネオリベラリズム対民主主義』(Brazil: Neoliberalism Versus Democracy)で書いているように、ルイス・イナシオ・ルーラ・ダ・シルヴァが政権を取れたのは、主要には軍事政権後のネオリベラル経済20年間がブラジルにもたらした経済的破綻のおかげであった。ルーラは貧困を減らし、識字率を高め、雇用を促進し、労働組合をエンパワーメントするために新しい制度や機関を作った。ルーラは必ずしも完全な反帝国主義者ではなかったが、帝国主義者のブラジル支配を弱め、BRICSを促進する諸機関を新たに立ち上げた。
サアド・フィーリョはルーラ政権時代に機能していた階級的力学を分析した。それはスウィージーが第一次世界大戦後のヨーロッパで社会で働いていると分析した階級的力学と類似している。ブラジル共産党(PCdoB)も連立内閣に入り、党員を閣僚にした。労働組合も強い影響力を発揮した。それと同時に、石油企業ペトロブラスや建築企業オデブレヒトなどのブラジル国内ブルジョアジーも政権から支援を受け、ある程度の自立性を発揮できた。ルーラも継承者のジルマ・ルセフも、国内ブルジョアジーの協力を得るために、前政権が作り出したネオリベラル的制度や機構を変えようとはしなかった。この脈絡の中で唯一疎外を味わったのは中産階級であった。彼らは概して政府省庁からも排除されるばかりか、ルーラ政治から恩恵も受けなかった。
サアド・フィーリョは、ブラジル労働者党が資本主義的矛盾を社会から一掃することをしなかったことを指摘している。ペトロブラス社やオデブレヒト社などの国内資本家と連携したためであるが、他のブルジョアジーはほとんど買弁資本家で、彼らは米帝国主義と組んで絶えず労働者党政権の転覆を狙っていた。
彼らは傘下のメディアを使って汚職キャンペーンをはった。2005年から始まったキャンペーンで、結局2015~16年にルセフ弾劾に成功した。買弁資本家たちは中産階級と連携して、労働者党、労働組合、その他の進歩的勢力がブラジル社会の病弊の原因だと非難した。
不安定な階級均衡が揺らぎ、その矛盾を突いてファシズム運動が台頭、ついにボルソナーロが選挙で勝利したのである。ボルソナーロはすぐに階級均衡の転覆に着手、進歩的制度や機構を壊し、先住民を迫害し、買弁資本家による階級支配を再建した。古典的ファシズム運動と同じように、彼は彼の基盤となる大衆に依拠して、暴力とテロによる政策実行を行った。彼は直接的な再分配戦争を仕掛けていないが、環境保護政策を廃止し、アマゾン流域の森林伐採を進めるなどの拡張的政策を実行している。また、米国と組んでベネズエラの合法的政府を転覆させる陰謀に加担している。
結語
現在の歴史的状況はスウィージーが『資本主義発展の歴史』書いた時代とは大きく異なっているが、その本の中で展開しているファシズム論の核心は今でも有効である。彼の階級均衡論は帝国主義戦争直後の時期に開発されたが、その階級均衡は戦後期という特殊状況の中でのみ存在するというわけではない。
ブラジルの場合、ルーラ政権のときにそれが存在した。それはネオリベラリズム政治がもたらした経済的破綻の結果生まれたものである。この不安定な階級的均衡は物質的条件の改善を一部もたらしたが、資本主義的矛盾を全面的に解決するものではなかった。そのため、その背後に恐ろしい政治的状況を招く要素を内包していた。ブラジル労働者党は社会民主主義を越えて進むことをしなかった。ネオリベラリズムの基本要素を残したままであった。
その結果、買弁ブルジョアジーが帝国主義と組んで、矛盾につけ込んでファシストを政権につけたのである。スウィージーのファシズム分析を、後に彼が書いた『独占資本』と結び付ければ、現代ファシズムに関する洞察が深まるのではなかろうか。その意味で、帝国主義中心部と周辺部の両方でファシズムが猛威を振り始めた現在、スウィージーの再読が重要になると思う。