米連邦政府の一部閉鎖、ベネズエラの権力闘争、フランスのマクロンの危機、英国のブレキジット悪夢、イスラエル・イランの対立など、世界中は混乱と不安定で揺らいでいる。一方、富者と貧者の間の社会的・経済的格差が広がる文脈の中で独裁政治が民主主義政治と交替する現象も顕著である。現在世界を支配するのはどの国だろう。米国は相対的に後退しているが、ロシアも中国の世界を支配する力量はない。以下はそういう問題に関してポリクロニューがチョムスキーにインタビューしたもの。(翻訳・脇浜義明)
ポリ:35日間官庁を部分閉鎖したトランプは、国境壁予算を除く三週間分の国家予算に署名しました。シュールレアリズム的な現代米国政治はさておき、あなたはトランプの国境壁をめぐる民主党との予算争いの背後に何か隠れた政治戦略があると思いますか。
チョム:政治戦略はあると思いますが、隠れてはないでしょう。トランプのやることは何でも見え見えですからね。政治アナリストたちは絶えずトランプのパフォーマンスの背後に何か深い戦略地政学的または社会政治的な思惑を見つけようとしますが、私にとっては納得できないことばかりです。トランプの言動はちゃんと説明できます。彼のドクトリンは単純で、要するに「オレ!」だけなのです。
彼は自分にとって最重要な後援者、顧客を知っています。富豪と企業です。彼らの利益に奉仕しなければ自分は終わりだということを理解しています。富豪と大企業の懐を豊かにする仕事は主にポール・ライアン(下院議長)やミッチ・マコーネル(共和党上院内総務)のような連中にやらせています。その連中は見事にやってのけてきました。利潤はうなぎ上り、失業率が低いにもかかわらず実質賃金上昇はなく、資本家の貪欲を制限する可能性があった規制は廃止され、税金誤魔化しという立法で大金を金持ちと企業のポケットに注ぎ込み、そのために生じた赤字を口実にして社会福祉の諸手当を壊していったのです。この手口は世界的に見られます。
しかし、トランプは権力の座に居座るために必要な票田を維持しなければならない。そのために、憎むべき「エリート」から一般大衆を守るという態度を演出し続けなければならない(但し、政策の「主要な設計者」である商人や製造業者を表すアダム・スミスの言葉を借りれば、本当の「人類のあるじ」を絶えず覆い隠しながら)のです。そのお芝居を大衆文化次元で助けているのがラッシュ・リンボー(訳注:右派タカ派のラジオ・パーソナリティで、フクシマを茶化した発言で批判された)のような連中です。リンボーは数千万人のリスナーに「嘘の4つのコーナー、政府、学界、科学、メディア」と「堕落し欺瞞だけで成立している」制度や公共機関」に警戒せよと言い続けています。つまり、「オレ」だけに耳を傾けよ、というわけです。
一方トランプは恐るべき脅威から国民大衆を守るために立ち上がります。その脅威とは南から越境して、法に従って生活している白人キリスト教徒を殺害して盗み、強姦する連中、あるいは「イスラム・テロリスト」のだというのです。だから「素晴らしい壁」を作ろう―奴らのカネで、と約束したのです。それを実行しないのは国民大衆への裏切り行為であるばかりか、自分のエゴが許さない敗北だと思っています。
こんなことは前にもありました。ロナルド・レーガンはカーボイ姿になって、ニカラグア軍が出撃態勢にあるというデマを流して国家非常事態宣言をしました。トランプはそれをより進めたのです。彼の娘婿ジャレット・クシュナーはトランプの嘘を「オルタナ・ファクト」(もう一つの事実)という子供じみたレトリックで真実扱いしました。かつてディーン・アチソンという国務長官が政策責任者は「真実以上にクリーン」であるべきだと言った警告はもうゴミ箱に捨てられています。「もう一つの事実」レトリックがあると、「嘘の4つのコーナー」から解き放たれた人々は好き放題のことができます。
私はトランプに何か深い政治戦略があるという考え方を否定します。
あのパフォーマンスは当然の仕草、いや必要に駆られたものでしょう。ネオリベラルの民衆への攻勢の中で二大政党の右傾化が進み、民主党は労働者階級を捨て「共和党穏健派」となり(現在、新人社会主義議員のおかげで、それが前向きに変化しています)、共和党は富豪と大企業の懐にどっぷり嵌まり込んで、一般民衆の票を獲得するのが困難な状態になっていました。それはトランプの騒々しい反対パフォーマンスが受ける状況でした。それに、黒人や貧者の投票を制約する措置(訳注:有権者登録に関する諸条件や、投票の際すべての人が持っているわけでもない運転免許証やパスポートや写真入りの身分証の提示、事前投票期間の短縮や手続きの複雑化など)や立憲制度の逆行現象があって、少数の白人キリスト教徒地域ボスの政治支配がかなり容易になっています。この傾向が今後も高まって大きな政治的危機になるかもしれません。これについては別の機会に話しましょう。
ポリ:アレクサンドリア・オカシオ=コルテス議員らのグリーン・ニュー・ディール運動(訳注:「サンライズ・ムーヴメント」という若者運動がすべての議員を個別訪問して、グリーン・ニュー・ディール政策の意見を聞き、ひどいのをソーシャル・メディアに掲載のせる、いわば進歩的政治家のリトマス試験紙のような運動。権力を持たない民衆にとって効果的な戦略だが、同時に、右翼や独裁政党の「アカ」とか「トロッキスト」というレッテル貼りの魔女狩りに似た社会的踏み絵という側面もあり、議論が必要。ネオナチのファシスト団体に対抗して「アンティファ」という若者運動があるが、それがファシスト団体と同じように暴力化している。魔女狩りに魔女狩り、暴力に暴力を対峙させる戦略は、民衆から恐怖の目で見られ、民衆の組織化にならないという心配がある)に対し、サラ・ハッカビー・サンダース大統領報道補佐官は、気候の問題を神に任せるべきという信じ難い発言をしました。21世紀にそんな発想が政府高官にあるというのは不可解で危険ではないですか。市民社会はどう反応するでしょうか。
チョム:サンダースの発想は新奇なものでなく、お仲間は多いですよ。上院環境・公共事業委員会の元委員長のジェームズ・インホフは、地球温暖化阻止の取り組みは神への冒涜で、「我々人間が神が気候に関して為さることに干渉するのは、常軌を逸脱する行為」だと非難しました。彼の発言は彼の出身州のオクラホマ州では効果的に機能しています。それ以外の州でも、キリスト教原理主義者社会では支配的な発想です。
おっしゃるとおり、不可解で危険ですが、共和党の半数が地球温暖化否定論者で、温暖化を人間が作り出したものと考えている共和党員が半数だという戦慄すべき現実があるのです。しかし、いいニュースもあります。元石炭産業のロビイストで新しく環境保護庁長官となったアンドリュー・ウィーラーが、地球温暖化は10中8,9の割合で真実だと指名承認公聴会で発言したことです。
ポリ:ベネズエラは内戦寸前です。ホゥアン・グアイドは米国の後ろ盾で暫定大統領を名乗り、ロシア、中国、トルコはトランプのベネズエラ干渉を非難しています。あなたはベネズエラで起きていることをどう思いますか。ニコラス・マドゥロの失政は明らかなのに、世界の左派の多くがマドゥロを支持しているのは何故だと思いますか。
チョム:マドゥロの失政に対して野党は勝手に大統領宣言したグァイドを担いでいます。グァイドについては、彼がブラジルのネオファシスト大統領のジャイール・ボルソナーロを賛美しているということ以外、あまり知られていません。グァイドは、例えばブラジルの軍事独裁政権はアルゼンチンの軍事独裁政権のように3万人を殺さなかったというボルソナーロの発言をあげて、「民主主義と人権」に献身する人物だと褒めるのです。
ベネズエラの災難は、経済多様化をしなかったなどのチャベス政権の失政に起因します。まだ原油輸出に全面依存する経済なのです。元バンク・オブ・アメリカのアンデス地域担当エコノミストでベネズエラ反対派エコノミストであるフランシスコ・ロドリゲスは、チャベスタ政権が原油価格が高い時に引当金を積み立てなかったために、2014年原油価格が落下したとき国際金融市場に翻弄されたことを指摘している。しかも、米国の制裁措置のために外国から融資を受けることができなかったこともあって、ロドリゲスの言葉を借りると、マドゥロ政権の「恐ろしい」経済政策失敗の結果、事態が悪化した。彼は『フォーリン・ポリシー』に、「ベネズエラが外貨獲得できずに経済的餓死に追い込む政策は、人道的危機から全面的な人道的破滅にベネズエラを追い込む危険がある」と書いている。これは、「経済に悲鳴を上げさせて」チリのアジェンデ政権を破壊したニクソン・キッシンジャー政策を、現在ベネズエラに適用していると言って間違いないだろう。
外国の介入を伴う内戦へと事態が移行しつつあるのは明らかです。自国内では敵対勢力間で交渉による解決の余地はなくはないけれど、危機が深まるにつれ、それはどんどん薄れていっています。マドゥロは交渉とか選挙による解決の努力をしていますが、米国は干渉を強め、こともあろうにレーガンのテロとの戦争で破壊の限りを尽くした人物エリオット・エイブラムズをベネズエラ特命施設に指名し、ボルトンとポンペオと並んで「トランプの悪の枢軸」を形成したので、ラテン・アメリカの人々は震えあがっているに違いありません。
ポリ:イスラエルとイランはどんどん全面戦争へ向かっているように見えます。シリアで両者がぶつかるのは何故ですか。
チョム:イランはレバノンにいる同盟勢力ヒズボッラーとともにロシアに加担してアサドに勝たせようとしています。イスラエルは定期的にシリアを空爆しています。4カ月前イスラエル軍は、2017年以降イランを標的にした攻撃を200回以上行ったと発表しました。その後も攻撃を激化しています。イスラエルは、浴びるほどの軍事援助をくれる米国との同盟関係を別にしても、中東では圧倒的軍事大国です。それに中東唯一の核保有国です。米国が中東を非核地帯にしようというアラブ諸国やイランなどの国際的努力を妨害するのは、イスラエルの核を守るためです。非核地帯にすれば、米国が想像するイランの核脅威もなくなるのです。しかし、そのためにはイスラエルの核の視察と廃止が問題となるので、米国は拒否するのです。
イランは米国の支配下にないので、敵なのです。それに米国とイスラエルが中東地域を武力で支配するうえでイランが邪魔な存在になるのです。だから米国とイスラエルは長年イラン攻撃をちらつかせてきたのです(「あらゆるオプションがある」)。それは国連憲章(それに米国憲法)違反になるのですが、圧倒的力を持つ無法国家には憲章も憲法もどうでもよいのです。トランプはイランとの核協定を破棄して対立をエスカレートさせました。実際のイラン侵攻はあまりにも犠牲が大きく危険ですが、なんとかヒズボッラーを制圧できた後(それはレバノン領の多くを破壊することを意味します)に、遠距離から攻撃することを考える可能性はあります。恐ろしい結果になります。
ポリ:ダボス会議で億万長者たちは米国議会に急進的民主党員が選挙に勝って参入し、「金持ち課税」を語っていることに困惑と恐怖を表現しました。今日の先進資本主義世界ではグローバル金融寡頭が民主主義に取って代わったのでしょうか。
チョム:もともと存在しないものに取って代わることはできません。しかし、ネオリベラル時代に国際経済の金融化で西側世界の部分的な民主主義が破壊されたことは事実です。西側民主主義の基礎を揺るがす怒りや恨み、誤って「ポピュリズム」というレッテルが貼られた大衆感情がその生まれ、それまで政治システムを動かしてきた中道政党が選挙のたびに数を減らすようになりました。アナリストたちは精神障害とか不合理という疫病などの理論でポピュリズム台頭を説明しましたが、そんなものはまったく的外れです。
「ごろつき」大衆が「上流階級」の資産を脅かすという恐怖は、17世紀の英国の初期民主主義革命のときも、米国独立戦争後に憲法を作った建国の父の間にもありました。少しでも民衆の力が強くなって支配権力を脅かすと、その恐怖が出現します。例えば、1971年の有名なパウエル・メモがそうです。(訳注:ベトナム反戦や公民権運動の後、1970年代に、それへの反動として米社会が右傾化していった。当時最高裁裁判官に任命されたパウエルが直前に友人や商工会議所宛に書いたメモで、当時の保守、右翼、資本家階級、富豪の感じ方や考え方が明確に表現されたメモ)このメモは、企業の圧倒的な社会的優勢を少しでも侵害する行為があれば事実上世界は消滅に近づくという警告をする内容のものです。このメモが出てから数年後に容赦ない反動的攻勢が始まったのです。
数人の若い民主党員が「ごろつき」大衆を奮起させているために、そういう恐怖がダボス会議で表明されたのは驚くことではありません。
国民大衆は金持ちへの課税を望んでいますが、実際には反対の金持ち減税が続いています。それで去年の中間選挙で当選した数人の若きマイノリティ議員たちが大衆の望むことを口にしているのです。オカシオ=コルテスが提起する金持ち課税率は、著名な専門家たち(例えばノーベル賞を受賞したピーター・ダイアモンドやエマニュエル・サエスなど)が米国経済にとって最適と見做した水準で、合理性に裏打ちされているのです。それを恐怖するのだか、まったく呆れ果てます。
最近のオックスフォード飢餓救済委員会の格差に関する報告によれば、たった26人の人間が世界人口の半数の人々の富を合計したものと同じ富を持っているのです。オカシオ=コルテスたちの提起は当然のことです。「人類のあるじ」たちを震え上がらすのはよいことです。