2018年にプエルトリコを訪れたカナダの女性ジャーナリストナオミ・クラインは、災害資本主義がもたらした荒廃の中で苦闘する民衆の努力に一抹の希望を見た。資本主義的巨大企業が流通させる食料がないなか、有機農業が人々に食物を提供、停電が続くなかで地域文化センターのソーラ―・パネルが、住民に電気を供給していたからだ。
この対抗的食料・エネルギー供給は、キューバで実践されている災害に強い社会主義の実践である。(脇浜義明)
プエルトリコと同様にキューバも、ハリケーン=「イルマ」と「マリア」に襲われたが、被害は全く異なった。数世紀にわたる植民地主義的収奪に加え、革命後は米国主導の経済制裁・封鎖下に置かれたキューバは、人民の新しい生き方を創造してきた。
ハリケーンに対しても、事前に住民を安全な場所に移動させ、電力配給システムをいっそう地域自給できるように分散化。被害への取り組みも迅速で、回復も早かった。ハリケーンに襲われたキューバは、プエルトリコの被災者援助のために医師団と電気工事士団の派遣を決定している。これは驚くべきことだ。
米国による経済封鎖への対処と、エコロジー社会主義への深い関心の影響で、1980年、キューバはエコロジー会議を開催、環境保護・天然資源保存全国委員会を立ち上げた。
キューバは、アグロ・エコロジー原則に立脚した全国的プロジェクト(1)生物農薬を利用する都市農業、(2)農民協同組合、(3)湾岸地域での住宅建設禁止、(4)自地域の諸問題を解決するために、幅広い技能や知識を持つ住民を組織する総合的地域変革ワークショップ等々への見学や視察を歓迎している。
アグロ・エコロジー開発は、米国の経済封鎖(化石燃料や食料・薬品・農薬輸入の制限)が大きな契機であるが、従来のエネルギー網から脱してエネルギー・システム全体の改革へ拍車をかけたのは、2005年のハリケーン「カトリーナ」が契機である。必要エネルギーの1/4を再生可能エネルギーから得る10年計画が立てられ、今も進行中だ。
インドのケララ州に誕生した左派州政府でも、大洪水に見舞われた州民は、社会意識を高め、キューバと同じ闘いを行った。キューバの経験は特殊ではなく、正しい社会主義を実践する社会や地域や国の構造的な特徴なのだ。
プエルトピアン(反社会主義的資本家)は、プエルトリコを米国マフィアと独占資本が支配していた革命前のキューバにしようとしているとクラインは語った。
クラインはプエルトピアンのユートピアと、アグロ・エコロジー運動の二つのユートピアの対立について書いている。米政府がプエルトリコに押し付ける野蛮な災害資本主義と、キューバやケララ州が推し進める災害に強い社会主義の距離は広く、両立などできない。前者は国家や企業の利益のために社会エネルギーを枯渇させる。後者は民衆の社会運動とともに歩み、新しい社会を創造する。(出典…Znet・ 2018年10月10日)