フランス黄色いベスト街頭運動 ギルバート・メルシェ(『オーウエル的帝国』の著者) 翻訳・脇浜義明

数十年の鬱積が暴動へ転化周辺国への連鎖も

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 遠くはインド洋の仏海外県レユニオン島から、普段は美しい田園風景の大小の町々を経て、ついには凱旋門までに達する異様なものが、仏を襲っている。

 バリケード、催涙ガス弾、車両の通行止めなどに見られる、数十年間鬱積してきた格差、不正、絶望が怒りへと転化していく空気だ。ジレ・ジョーヌ(黄色いべスト)(訳注:デモ参加者に与えられた呼び名)の多くは、今や民主主義は死に体なので自分たちの言葉は街頭行動で表現するしかないと、直観的に理解しているようだ。

 歴史というものはカタツムリのように歩みが緩慢だが、時々、急に事件を多発して社会を崩壊させ、怪しくも美しい混沌へと飛躍する。それが革命なのだろう。それを集団的DNAとしてもっている文化がある国は、恐れおののくことなく混沌とした飛躍を受け容れる力がある。仏はその一つであるばかりでなく、サン・キュロット(無産市民)が絶対君主の首をはねた最初の国だ。それが再び起きるのは考えられないことか?

 黄色いべスト運動を革命と呼ぶのは早計だが、この予期せぬ草の根運動の自然発生が仏を革命の初期段階の軌道に乗せたと言えるだろう。運動は、ガス料金値上げ反対という非政治的抗議運動として始まったが、3週間で、社会構造的変化とマクロン大統領辞任を要求する運動へと変形した。

 仏政府は、黄色いべスト内部の過激分子が混乱をばら撒いて国家を危機に陥れようとしている、と言っている。反乱者の黄色いべストは、ブルーカラー労働者と、政治家やCEOの立派な背広に反感を持つ高齢退職者や学生を象徴している。彼らは政治家、いや共和国から「裏切られた」という感情をもち、マクロンは金持ち階級の大統領で、しばしば「民にケーキを食べさせよと」ととんちんかんなことを言ったマリー・アントワネットのように、王族のような振る舞いをしている、と見ている。

 運動を動かす燃料は、社会的格差に対する怒りである。反EUではない。地政学的理由から、むしろEU統合を支持している。EUがなくなれば、ヨーロッパの国は世界舞台での発言権を失うだろう。もし黄色いベスト運動がEU域内に広まれば、EUは、金持ち階級のEUから、人民による人民のためのEUに変わる可能性がある。

無産市民による反資本主義の大衆運動

 黄色いべスト運動は、指導部もヒエラルキーもない完全な水平運動である。今のところ独自性を維持、「アラブの春」のように大きな勢力にハイジャックされていない。極右の国民連合からも、左翼のメランションの「不服従のフランス」からも。また、大労組との連携も拒否している。わざわざ説明していないが、反資本主義運動である。

 それはポピュラー(大衆)運動だが、ポピュリスト(大衆迎合・利用)運動ではない。欧州と米国のポピュリスト=民族主義者たちは、黄色いペスト運動を我田引水的に捻じ曲げて、「自分たちと同質の運動」と吹聴している。イタリア、オーストリア、ハンガリー、英国、米国、ブラジルなどで台頭しているポピュリスト=民族主義者と異なり、黄色いべスト運動は、人種主義とネオナチの悪臭を漂わせる反移民、反EU運動ではない。

 資本主義と新自由主義的世界システムは、生態系破壊と地球温暖化加速で世界の危機を招いているが、黄色いべストも地球温暖化を危機として捉える。しかし、それ以上に民衆が今晩食べるパンの心配を優先する。空っぽな胃袋で地球崩壊危機の心配をする余裕は生まれないと主張する。

 黄色いべスト運動を1968年の5月革命に喩える人々が、運動の中にもいる。しかし、私は肯定できない。68年運動は、起源的には、ネオマルクス主義思想に鼓舞された学生たちの運動であった。世界全体、特に米国では、あのウッドストック大音楽祭に合わせて踊る、平和と愛をテーマにした世代文化的雰囲気があった。それはミニ文化革命のようなもの、若い世代が硬直した親世代の文化に反乱する衝突であった。だから、親世代の象徴的人物ドゴールが攻撃の的になった。先進資本主義的世界で性的解放、自由恋愛などがテーマとなっていた。

 しかし、人類存続の危機が議論される暗い時代となった現在、そんな快楽主義的議論は姿を消した。黄色いべスト運動は、自由恋愛を求めているのでなく、その日のパンを求める運動で、運動の担い手も高齢者が多い。その意味で、68年のブルジョアジーの子どもたちの反乱より、1789年の仏革命のサン・キュロットと共通している。

民衆はある限界を超えると暴力と破壊力で突破口見い出す

 仏主流メディアは、黄色いべスト運動を「破壊行為者」と呼ぶ。そう呼ぶことで、運動の社会的・政治的意味を骨抜きにしようとしている。破壊行為者は理由もなしにやたらと破壊し、警察と喧嘩したがるかもしれないが、黄色いべストは、例えば高級店とか銀行など資本主義の象徴を破壊したり、国家暴力を擬人化した共和国機動隊と衝突するが、めったやたらと破壊と衝突をしているわけではない。

 マクロンはガス料金値上げを見送ったが、もう手遅れだし、その程度の妥協では収まらない。運動の要求は成長し、富裕税導入、最低賃金と退職手当の引き揚げなど、財政変革を含むようになっている。

 マクロンは、要求を受け入れて首相を更迭し、議会を解散、総選挙をやるかもしれないし、非常事態宣言を出して弾圧を強化するかもしれない。国軍を導入することもありうるだろう。そうなると、非常事態宣言どころか、戒厳令である。そこまでして黄色いべストと渡り合うと、1789年のルイ16世と同じ失敗の道を辿る恐れがある。あの時、国王が妥協していれば、英国と同じように憲政君主として存命できたかもしれなかったのだ。

 革命は社会的・歴史的真空からは生まれない。しかし、この非日常的な出来事の導火線に火がつくのはたいてい突然であり、予期できない出来事である。民衆は、普通、耐えがたきを耐え、忍び難きを忍ぶものだが、その過程で、つまりある閾を超えると、社会的時限爆弾にスイッチが入る。そのときには、権力者が話し合いや妥協を示しても無駄である。ある閾を超えると、暴力と破壊だけが突破口となる。1789年のサン・キュロットも、1791年のハイチの奴隷も、1917年のロシアの農奴も、1949年の中国の労働者と農民も、この我慢の臨界質量に達したのであった。

 黄色いべストがそういう革命へ進むかどうかは、今後を見るしかない。

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