【イスラエルに暮らして】ハエイ・サラ(ユダヤ人安息日)やりたい放題のユダヤ教徒 イスラエル在住 ガリコ美恵子

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イスラム・モスクを分断ユダヤ教徒の礼拝場に

 ユダヤの父と呼ばれるアブラハム。妻サラは127歳まで生き、ヘブロンで亡くなった。アブラハムは妻の死を嘆き、洞穴のある土地を買い、埋葬した。アブラハムも死後そこに埋葬され、サラから生まれた息子・イサックもそこに埋葬された。

 
 11月3日土曜日は、ハエイ・サラの日だった。ハエイ・サラとは、スィムハット・トラー(仮庵の祭の最終日)後から5週目の安息日に行われる、ユダヤ人の催事である。今年、ハエイ・サラに参加したユダヤ人の数は過去最高の4万人を記録した。

 多くのユダヤ教徒がこの日、ヘブロンで安息日を過ごし、旧約聖書の「アブラハムがサラを埋葬するために土地を買う交渉をする話」から、「息子イサックの嫁を召使に探しに行かせる話」までを朗読する。ユダヤ教徒は、安息日に労働につながる行為をしてはいけない。電気のスイッチを入れない。車に乗らない。金を払わない。電話も使わない。

 彼らは毎年ハエイ・サラの日、安息日に入る前(金曜の日没前)に各地から大型バスでヘブロンに行き、寝泊まりし、イブラヒム・モスクを占拠して礼拝する。

 アブラハムの墓、イサックの墓などがある土地に建てられたのが、イブラヒム・モスクとされている。アブラハムはイスマエルの父でもある。母がユダヤ人でなければその子どもはユダヤ人とされないので、イスマエルはユダヤ人ではなく、アラブ人である。アラビア語ではアブラハムをイブラヒムと呼ぶ。

 1994年ユダヤ人入植者がイブラヒム・モスクに侵入し、イスラム教礼拝者を銃撃した。死者29名、重傷者125名が犠牲となった。救急車で運ばれた後に亡くなった人を合わせると、死者は60名をこえた。

 このユダヤ人による銃撃テロは、思わぬ結果を導いた。イスラエル政府は、犯人バルフ・ゴールドシュテインがテロを行った場所=イブラヒム・モスクの地下(マクぺラの洞窟)にユダヤの父と崇められるアブラハムとその子孫の墓があることを理由に、イブラヒム・モスクの半分をユダヤ教徒のための礼拝場(シナゴーク)に改造し、ユダヤ人専用地としたのである。

ユダヤ教徒の行進にパレスチナ人の商店を強制閉店させる

 これ以降、イブラヒム・モスクの半分をイスラム教徒が、反対側の半分をユダヤ人が礼拝に使うようになった。しかし、ユダヤ教の催事には、イブラヒム・モスクの中央扉が開けられて、ユダヤ教徒専用になる。イスラム教の催事にも、同じように中央扉が開けられて、イスラム教徒専用になる。また、イブラヒム・モスクに隣接する、にぎやかだったアラブ人商店街・シュワダ通りはアラブ人通行禁止となり、店は全て強制的に立ち退きさせられた。

 ハエイ・サラの日、ヘブロン市内の入植地に泊まれない人々は、シュワダ通りにテントを張る。彼らは金曜の日没から土曜の日没まで、集団で飲み食いし、歌い、踊り、イブラヒム・モスクを全て使って礼拝し、ヘブロン旧市街とシュワダ通りで示威行進する。

 この行進を警備するためとして、イスラエル軍は地元パレスチナ人に対し、ヘブロン・旧市街への立入を制限する。ユダヤ人の行進ルートにあるパレスチナ人の商店は、閉店を強要される。昨年、ハエイ・サラに参加したユダヤ人の数は3万5千人だった。抗議したパレスチナ人が銃撃された。

略奪を黙認するイスラエル兵

 今年、行進ルートは大幅に拡大され、パレスチナ人の移動は極端に制限された。それだけではない。私が懇意にしている「ヘブロンの女たち」という店の女店主が泣いて訴えた。「店先にたくさん吊るしていたパレスチナ民族衣装を、行進中のユダヤ人が奪っていった」という。

 イスラエルの法律によると、ユダヤ人がパレスチナ人地区を行進するとき、イスラエル警察が店を閉めるよう頼むことはできるが、強制力はない。それを知っている友人である女店主は、断固として店を閉めなかった。しかし、行進中のユダヤ人に店先の商品を盗まれたのだ。彼女は護衛のイスラエル兵に「盗んだ商品を返すようにユダヤ人に言ってくれ」と訴えたが、兵士の返答は、「店を閉めろって忠告した。忠告に従わなかったのだから、警察に責任はない」。

 隣の店も、非暴力抵抗運動の一環として、閉店を拒否したが、19歳くらいの女兵士が高飛車な口調で店主に「身分証明書を見せなさい」と命令。店主は懐から証明書を出さざるをえなかった。私がその場面を撮影しようとすると、兵士に気づかれた。旧市街は暗いので、自動フラッシュが光ってしまったのだ。

 兵士は私に向かって凄まじい剣幕で言い放った、「任務の邪魔をするな。撮影は禁止だ」と。言い返せば撃たれたか、身柄拘束されただろう。イスラエルの国会で「任務中の兵士を撮影すれば禁固刑5年、撮影されたものによって兵士が罪に問われた場合、撮影者は禁固刑最高10年」という法律が審議されている。3回通過すれば成立するが、数カ月前に1回目が通過した。

抗議するパレスチナ人を銃撃

 パレスチナ人の店先に出してある商品を蹴ってばらまいていくユダヤ人の若者の首根っこをつかまえて「商品をもとに戻して店主に謝れ」と怒鳴り、ばらまかれた商品を拾う、良心的な軍警察官もいた。しかし大抵の兵士は、行進中のユダヤ人と同様にわが物顔だ。

 ニュースによると、ユダヤデモ隊は、行く先々でパレスチナ人の住居を襲撃しているという。パレスチナ人が抗議すると、軍は検問所を閉鎖して、抗議者たちを銃撃した。催涙弾も使われ、10人が重傷、とニュースは伝えている。

 翌日、ヘブロンの活動家=イッサ・アムルは「ユダヤ人入植者たちが去った後、シュワダ通りは、食べ残しのゴミであふれかえっている」と、山のようなゴミの写真をフェイスブックに投稿した。

 パレスチナ人が一番恐れていることは、ユダヤ人入植者によるヘブロン市内の占拠地域が広がっていくことだ。もっと恐れているのは、ハラム・アッシャリーフ(エルサレム旧市街のアクサ寺院)が、イブラヒム・モスクと同じように、ユダヤ人に占拠されることである。状況はひどくなる一方だ。

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