教育やメディアによって刷り込まれるネオリベラリズム
質問:現在の専制的政治家たち ― プーチン、ハンガリーのヴィクトル・オルバーン、トルコのエルドガン、イスラエルのネタニヤフ、トランプなど ― は国民に人気があり、実際民主主義的手段で権力の座に就きました。民主主義が狂ったのでしょうか。
チョムスキー:一般的に言えば、政治家が自分に投票した人々の声を代表せず、献金階層、富裕層、企業を代表する傾向は、世界的に見られます。リベラル・デモクラシーのもとでは、大衆は受け身で黙従する役割を担うだけ。資本家の階級意識が強くなった企業社会では、教育やメディアを通じて人々に刷り込まれています。
西洋民主主義社会では、民主度が低下、政治全般が私的権力に奉仕、人民的必要に対応しなくなっています。戦後数十年間続いた戦後社会民主主義的政治に対するネオリベラリズムの大攻勢から生じた結果です。
大恐慌と第二次世界大戦の結果、民主主義的勢力が発展、財界の抵抗はあったものの、政府は社民的政策を行った。1970年代の経済崩壊を契機に、資本側の階級戦争が本格化、政府の社民的政策を潰しにかかりました。
1978年、UAW(自動車労働者組合)会長ダグラス・フレイザーが「経営者は一方的階級戦争を選んだ。労働者、失業者、貧者、マイノリティ、若年層、高齢層、そして中間層の多くの人までに戦争を仕掛けた。戦後経済成長期に成立した労使合意や社会的合意をすべてかなぐり捨て始めた」と言ったが、気が付くのが遅すぎました。すでに戦前のニューディール時代後期に資本の階級闘争が始まっていたのですが、労働運動が強く、今のように一方的攻勢にならなかった。
EUに潰された欧州の民主主義
ヨーロッパでは、EUという非民主主義的制度によって民主主義が潰されています。選挙の洗礼を受けないトロイカ ― 欧州委員会、IMF、欧州中央銀行 ― が重要なことを決定するのですから。トロイカの鍵を握るのは、北部の銀行です。民衆には発言権がありません。だから民衆は、戦後欧州諸国を支配してきた中道政党政権にノーを突きつけたのです。
EUの加盟国支配には、一定のパターンがあります。財政危機を利用してネオリベラル的改革 ― 増税よりは公的支出の削減、社会的サービスの中止や減少、医療サービス削減、労組交渉権の制限、賃下げ、小さな政府、格差と貧困の増大、社会安全ネットの廃止などを押し付け、その結果、加盟国は経済成長と雇用を減らす政策に走り、国内は不安定化します。
英国ではサッチャー、ブレアの新労働党、その後の保守党政権の緊縮政策にそれが見られた。コービン労働党が抵抗していますが、労働党体制派とメディアがコービンの足を引っ張っています。
プーチンは国民の間で人気があり、クリミア人もロシア編入を歓迎しているようです。ソ連崩壊後、社会民主主義的発展の可能性がヨーロッパとの関係であったように思えたのですが、米国が後押しした市場改革でその可能性が潰れました。この市場化で経済が荒廃、何百万人の失業、少数者が国家資産を略奪する腐敗状態が生まれました。
プーチンがネオリベラル災害とロシア凋落を防ぐ救世主のような役割を果たしたのです。彼は専制的で、残酷な支配者ですが、国民の人気が高いのです。
「ユダヤ・ナチス」化するイスラエル
イスラエルでも、右翼民族主義と宗教勢力の連合が人気を得ています。右派のネタニヤフは、自分より右の脅威に動かされています。イスラエルは、パレスチナを征服し不法入植地建設を始めた頃から、随分状況が変化しています。他民族を軍事で踏みにじったことから生じる当然の変化です。
パレスチナ人を軽蔑しているイェシャヤフ・レイボウィッツという評論家が、そのことを指摘しています。彼は占領を厳しく批判していますが、それはパレスチナ人のためでなく、軍事占領がユダヤ人に悪い影響を与えると予測したからです。他民族を抑圧・殺害・追放するユダヤ人は「ユダヤ・ナチス」になると警告したのです。実際、そのとおりになっています。イスラエル国防軍は、世界をゾッとさせる点ではナチス軍隊にひけをとっていません。
欧州のレイシズムは同質集団に異質な人間が入ると始まる
クルド族へのテロ血に染まるトルコ
第二次世界戦以降複雑な歴史を辿ってきたトルコの近代史は、1990年代のクルド族に対する残虐な国家テロの返り血に染まっています。数万人が殺害され、数千の村や町が破壊され、数百万人が家を追われました。クリントン米政権がこの国家テロを支援し、使用武器の80%は米国が提供したものでした。
大手メディア支局がトルコにあったにもかかわらず、この国家テロと米国の支援に関してほとんど報道しなかった。しかし、人権監視団やトルコの知識人グループが、この国家テロを批判したばかりでなく、市民的不服従運動を展開、知識人たちは長期間投獄されました。このような立派な知識人グループは、他国に例を見ません。
世紀の変わり目のエルドアン政権初期には事態が好転しましたが、すぐにエルドアンが専制化しました。トルコはジャーナリスト迫害国となり、迫害は学者にも及びました。クルド族地区への攻撃も激化。世俗派リベラル左派と、主として農村部に集中する宗教至上主義的イスラーム主義とに分裂、エルドアンは後者に依拠して政治を行っています。文化的経済的に東西の橋になる存在のトルコなのに、専制化は残念です。
人口流出が続くハンガリー
ハンガリーは、文化的にも言語的にも孤島で、文化的業績があると同時にナチと協力したファシズムの汚点も持っている。国家衰退や消滅に怯える小国家で、移民がハンガリーを通過して西ヨーロッパへ流れることも不安を増幅しました。
農業生産性の低さと西ヨーロッパへの人口移動などで、国の人口が減少。オルバーンはこの不安を利用して、排外主義とレイシズムを使って、「ハンガリー救国」「伝統的価値観」を強調する「非自由主義的民主主義」を吹聴しています。
結語
ヨーロッパのレイシズムは、同質的な集団の中に異なる人間が入り、人種的「汚染」が始まると、それが俄かに顕在化するのです。
出典:Zコミュニケーションズ(2018・7・2)より一部抜粋。