控訴の争点として、本件の争点は「山田さんが自己名義の総合口座開設に伴って交付されるキャッシュカードを第三者に利用させる意図があったか否か、である」と弁護人は考える。一審判決は「山田さんが本件カードを送った支援者は自身の使者または代理人であり、第三者ではないから、山田さんは本件キカードを第三者に利用させる意図はなく、よって無罪である」との主張に対して有罪にしたことであり、これを争うことになる。
原審判決の誤りとして
(1)「カードを所持しそれを使用していた使用期間が『長期なのか短期なのか』などは、検察官も弁護人も主張していない。ましてや、カードの所持が短期か長期かが、第三者であるのかそうでないのかなどの基準や法理も存在していない」。さらに、「同人の配偶者や同居の親族等に一時的にカードを渡して出金してもらうことが前期規定に反しないとされる場合があるかどうかは措くとして」などと、その判断根拠も示そうとしていない。
(2)名義人以外の者がカードを所持していた期間の長短によって第三者に該当するかどうかを判断しようとすることは、第三者の判断基準になりえない。長期間にわたって名義人以外の者にカードを所持させるということは、社会的にありふれたことである。
例えば、会社名義のカードを所持し使用しているのは、その会社の経理担当者であり、いうまでもなく名義人ではない。弁護士は、例外なく自己名義の預かり金口座を持ち、カードを発行している。しかし、そのカードを現実に所持し使用しているのは、その弁護士の事務員である。
裁判所も、例えば修習貸与金の振り込み名義人は「サイコウサイ」と表示される通り、最高裁名義の口座を持ちカードを発行しているであろうが、その所持及び使用は長期間にわたり、出納課の職員である。
以上のように、長期間にわたって名義人以外の者にカードを所持させることは、この社会ではありふれたことであり、株式会社や弁護士、裁判所が詐欺罪に問われることはない。
(3)名義人以外の者がカードを所持していた期間が長期に当たるかどうかは、カード発行時点で決まっていないことが多い。信頼関係が長く続けば長期間にわたるであろうし、信頼関係が破綻すれば短期間で終わる。結果的に長期間にわたったからといって、事後的にカード発行が詐欺罪になるというのはおかしい。
(4)山田さんがカードを送ったのは支援者であって第三者ではない。(ア)原審は支援者を彼の使者又は代理人ではないと認定していない。そうすると、支援者は彼の使者または代理人であることを前提とすることになる。(イ)改めて本件争点を確認すると、彼が自己のカードを第三者に利用させる意図であったか否かだが、第三者とは誰かが問題になる。この問題に答えずに、彼を詐欺罪で有罪にすることはできない。
詐欺罪は成立せず無罪である
(5)第三者とは誰かについて、最高裁も明確にしていない。最高裁判例の事案については、他人に譲渡する目的で交付されたものであり、全くの別人格の第三者が使用していたものである。しかし彼の場合、全くの別人格と言えず、支援者であり、彼の使者または代理人であり、第三者とは言えない。これは法曹界の共通理解であり、通常一般人の共通理解でもある。彼がカードを送った支援者は第三者ではない。
(6)本件には実質的な違法性は存在しない。銀行口座が犯罪などに悪用されたわけでもその抽象的危険が生じたわけでもない。検察官もそのような主張も立証もしていない。原審でも「本件については、本件口座や本件カードが、被告人が言うような目的以外に用いられた形跡は認められない」と認定している。
(7)彼の行為で、刑法的観点からみて許されざる結果が生じたわけではない。また、レバノン在住の邦人に必要な医療費や生活費の支援という目的のために、使者または代理人たる現地支援者が使用するカードを発行するのは、その目的からして正当で、ごく普通の行為で、社会的通念上相当である。実質的な違法性は存在しない。
(8)以上により、山田さんの行為には詐欺罪は成立せず、無罪である。