「時計がない」不安と戸惑い
拘禁生活も3カ月近くになると「これも悪くないな」と思う瞬間がある。8時・11時・16時と決まった時間に提供される食事は、収容者が手間暇かけて丁寧に調理するし、栄養士が栄養管理したメニューなので、味も良いし栄養面でも理想的なはずだ。メタボと高血圧が治ったという経験者の話もある。
10時、14時、18時には、室内体操を呼びかける放送が流される。防寒も兼ねてトレーニングは必須なので、この時間は「待ち遠しい」。というのも、指定時間以外にトレーニングをやっているのが看守に見つかると、注意・警告を受けるからだ。
収容者の体調管理は、看守の任務の一つ。体を動かすトレーニングは、推奨されこそすれ禁止される理由がいまだにわからない。複数の看守たちに理由を尋ねたが、「規則だから」以上の説明はない。留置所でこんな制限はなかったので、まさに「摩訶不思議! 拘置所わーるど」だ。
摩訶不思議といえば、拘置所に移って最大のとまどいは、時計がないことだった。7時起床から21時就寝まで、収容者のタイムスケジュールは厳格に決められており、午前・午後の点呼確認の時などは、確認窓の前に正座をしていないとエラいことになる。にもかかわらず、肝心の「時計」がどこにもないのである。
管理する側からしても不合理だ。留置所では、4~5個の時計がすべての房から見えるように配置されていた。このため拘置所の看守をつかまえて、再三「なぜ時計がないのか?」聞いたが、「規則だから慣れてもらうほかない」が最終回答だ。次の手として、看守が通るたびに「今何時か?」を聞くというささやかな抵抗を試みたが、規則が変わるわけもない。
大きくなる耳活性化する本能
ところが、時計のない生活を続けていると、体内時計が動き始めるから不思議だ。陽の傾きや周囲の音などを頼りに、なんとなく時刻がわかるようになり、だんだん正確になっていく。看守の足音を確かめながら早めにトレーニングを始めたり、起床時刻もほぼわかるようになっていった。
宇宙飛行士の金井宣茂さんは、3週間の国際宇宙ステーション滞在で身長が9センチ伸びたそうだが、拘置所では、耳が大きくなる。看守の足音を聞き分けられるようになるだけでなく、周囲の物音、風や鳥の音にも敏感になって、六感が研ぎ澄まされるようになるのは、娑婆と違って刺激が少ないからだろう。
刺激とストレスの多すぎる現代社会は、便利さの追求と相まって人間本来の五感や本能といった生きる力を奪っていることがよくわかる。
「実録公安取り調べ」として始まった獄中報告は、9回目を迎えた。逮捕から1年を迎えようとしており、記憶も曖昧になりつつあるので今回で最終回とする。今から思い返しても、留置所・拘置所で過ごした3カ月間は、発見の連続であった。留置施設には、娑婆ではなかなか出会えないさまざまな人々の生き様があり、彼らから教えられることも多かった。私にもう少し文才があればもっと生き生きと伝えられたに違いないことが残念だ。
3カ月の勾留生活は、私の人生を彩る豊かで確かな時間として刻まれた。この経験は、人民新聞の今後の活動の中でさらに深化したいと思っている。最後に、こんな駄文に最後まで付き合っていただいた読者の皆さんに感謝の意を表して、報告を終わる。